筆頭聖女のジョブチェンジ ~追放された元聖女は、男装して騎士を目指すことにしました!~
柊しゅう
第1章 追放
001 筆頭聖女は脳筋すぎる
聖女――それは、人々に癒やしをもたらす存在。
あるときは人々の病や怪我を治療してまわり、またあるときは不作の地に恵みをもたらす。精霊の加護を受けた彼女たちは、人々にとって大切で尊いもの。汚してはならない不可侵の存在であることは、誰にとっても当たり前のことだ。
……だが、ルミナス王国の筆頭聖女――レネットだけは、その異端であった。
「れ、レネット聖女、なりません! 危険です!!」
「大丈夫ですよ。もし怪我をしても、自分で治せますので」
レネットは、注意をする護衛騎士に向けて優しく微笑んだ。
キャメルブラウンの美しい髪は、長髪を常識とする他の聖女と異なり、肩くらいまでで短く切りそろえられている。
格式高い純白の衣装をまとった姿は、まさしく聖女そのものであるが――ただ彼女自身はそれが汚れることなど、つゆほども気にしていない様子だった。
――彼女は、聖女でありながら自身で剣を持つ。
それはひとえに、「騎士たちが怪我するくらいなら、自分の身体を強化して一人で戦った方がリスクが少ない」という功利主義的な理由だが、付き合わされる護衛騎士はたまったものではない。
対峙するのは、
「てやっ!!」
間の抜けた掛け声とともに、その小さな身体から繰り出されるその鋭い斬撃は、一角兎の角を叩き潰した。身体強化魔法の恩恵で、その力は凄まじい。次に突進する一角兎も、次々と薙ぎ払い、その
その結果、後ろで控える護衛騎士の力を借りずとも、レネットは十数体はいた一角兎をひとりで殲滅せんとしていた。飛び散る真っ赤な血しぶきが白の生地を汚すが、レネットの手は止まらない。
だが、一体の一角兎がレネットに向かって急な角度から飛び込む。少し反応が遅れたレネットは、咄嗟に身を逸らしその鋭い角を回避するも、爪で引っかかれてしまう。
「――っ、いてっ」
小さな切創が腕にあらわれ、薄っすらと皮膚が赤く滲む。
仲間を殺された一角兎は、なおも怒りのままにレネットへと攻撃しようとしていた。
「レネット様っ!」
一人声を荒らげながら、赤髪の騎士が飛びかかろうとする一角兎を斬った。その一太刀で一角兎は地面に崩れ落ちる。
「ありがとう、ブラッドリー」
「あのような無謀な行為はやめてほしいと、何度も申し上げておりますよね!?」
「ふふ、ブラッドリー、私は何も危ないことはしていませんよ。この通り、かすり傷です」
彼の制服には、精霊を象った襟章がつけられており、レネットの専属護衛騎士団の一員であることを示していた。
ブラッドリーはこの護衛騎士団の団長だ。レネットが現在の「筆頭」の肩書を手にする前からの付き合いで、弱冠25歳という若さでこの立場についた。他の騎士と同年代か、それよりも年下ではあるが、レネットに対して強く注意をできるのは今のところ彼だけだ。
「怪我をしている時点で駄目に決まっているでしょう!」
「でも私は自分で治せますし……。精霊さん、お願い――」
レネットが精霊に問いかけると、淡い光が傷の周囲に集まる。
これこそが聖女の使う力の一つ、治癒魔法だ。あっという間に腕についた細い傷は塞がり、腕にはその痕すらなくなった。
「ほら!」とレネットはブラッドリーにその一部始終を見せるが、彼の怒りが収まる様子はない。
これ以上はいくら抵抗しても無駄だと悟ったレネットは、ついに折れた。
「……ごめんなさい」
「はぁ……本当に反省していらっしゃるのか……。
ですが、本当にご無事でよかったです。あなたに何かあったらと思うと、私は……」
ようやく反省の言葉を口にしたレネットに、ブラッドリーは深いため息をついた。
だがこの反省も、明日には忘れていることだろう。レネットはそういう聖女なのだ。ブラッドリーはそのことに辟易としつつ、だがその健気でお転婆なレネットの姿に、ほんのりと笑みを浮かべるのであった。
――レネットは精霊に愛されている。
彼女は孤児院で
そんな彼女が筆頭聖女という名誉ある立場に登りつめたのは、13歳の誕生日の月のこと。本来であれば、出自も多分に影響する任用のはずだが、レネットはそれらをすべて実力だけで覆した。
聖女の力の根幹たる精霊。その愛子であるレネットは、他のどの聖女よりも強力かつ高速に魔法が使用できた。
今日の魔物の討伐でも使用した身体強化魔法は、非常に高難度の術式だ。
レネット以外にも使える者はいることにはいるが、「他者にのみ」や「少量のみ」といった修飾語がついてしまう程度だ。
だがレネットは、一人で魔物の群れを壊滅させられる程度には、自身の力を底上げできる。彼女はそれを軽々と行ってみせたが、それは彼女自身の優れた才と、そのたゆまない努力の賜なのである。
その凄まじいまでの聖女の力と、それを武器にした常識外れの行動。
それこそが、レネットを「脳筋聖女」とまで言わしめた要因なのである。
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