002 国外追放になりました
「筆頭聖女レネット、お前のような悪女は王宮には要らない!」
魔物の討伐を終え、城へと帰還したレネットは面食らう。藪から棒のその言葉に、レネットは思わず聞き返した。
「わ、私が何かしたのでしょうか……?」
「黙れ、とぼけても無駄だ!」
王宮の中にある談話室。冷淡に言い放たれた彼の言葉に、レネットは唖然とした様子で怒りに満ちた顔を仰ぎ見た。
彼女の戸惑いの声をぴしゃりと切り捨てた彼の名はベナシュ――このルミナス王国の王子であり、このレネットの婚約者でもある。金色の美しい髪を揺らしながら、激しい剣幕でレネットを捲し立てる様は、仮にも未来の妻に向けられた態度とは、到底言いがたいものだった。
「私は……もう耐えられません……!」
そして、ベナシュ王子の横に座るのは、同じ金髪の気の強そうな聖女――リディアだ。彼女はわざとらしく顔を覆うと、弱々しい声でベナシュ王子の肩へ擦り寄った。それも、べたべたと体に密着するように。
レネットは相変わらず、その状況を理解できなかった。仮にも王子は、おいそれと他の女性が気安く触って良い存在ではないはずだ。
(これは一体、どういうことなの……?)
ベナシュ王子は椅子から立ち上がると、困惑したレネットをよそに、彼女のもとへとゆっくり歩み寄る。
「お前は――聖女の品位を貶めている。そして、リディアをいじめ、あまつさえ不正をして筆頭聖女の立場を手に入れるなど、言語道断だ!」
「わ、私は、そのようなことはしていません……!」
私が聖女の品位を貶めた? 不正をして筆頭聖女の立場を手に入れた? それに……リディアをいじめた?
レネットはますます困惑する。王子が口にする”悪事”とやらは、どれもこれも身に覚えのないことばかり。レネットはただただ、聖女としての仕事を全うしてきただけ。
弁明するレネットをよそに、まるで罪人だと言わんばかりに、二人は尚も責め立てようと声を荒げる。
「お前のような貧民街生まれが筆頭に――いや、そもそも王宮勤めの聖女になるなんて、はじめからおかしいと思ったんだ!」
「ええそうです、そうに違いありません!」
「不正なんて……私は、自分の力で筆頭聖女に――」
「だったら、お前はいつもなぜ剣を持って現場へ行く? もしかして、聖女の力が弱いことを、戦いの中で隠そうとしているのではないか?」
レネットの持つ剣は、それは「聖女」には似つかわしくない無骨な長剣だ。これはレネットが自分で戦うための攻撃手段のひとつなのであって、決して聖女の力が弱いことを誤魔化すためにあるのではない。
そもそも、不正なんてできっこないということは、同じ聖女であるリディアもよく分かっているはずだ。
「それに……私は、たくさんの嫌がらせを受けました。物を隠されたり、階段から突き落とされたり、……今まで我慢してきましたが、もう限界です」
「お前の所業は全てリディアから――いや、他の聖女達からも聞いている。誤魔化そうとしたって無駄だぞ」
「そんなこと……」
リディアがすらすらと口にした行為は、すべて事実無根の話だった。だが強い口調で捲し立てられ、レネットは完全に反論の余地を失っていた。
この部屋にいるのは三人だけ。レネットの味方をする者はおらず、ただただそれを受け入れることしかできなかった。
「聖女レネット――お前を国外追放とする!」
途中からレネットは何も覚えていなかったが、この最後の言葉だけは強く頭に残った。国外追放――それが、レネットに与えられた仕打ちだった。
レネットは拳をぎゅっと強く握り、こぼれていた涙を手で拭う。
(私は何も間違ったことはしていない。これも、何かの間違いだって……きっと)
そしてレネットは立ち上がると、ペコリと頭を下げた。
これは唯一できるかろうじての抵抗であり、筆頭聖女としての意地と誠意でもあった。
「……分かりました」
「はっ、聞き分けが良いな。身支度の時間はくれてやる。明日の朝までに、この国から出ていくんだな」
だがそんな淡い希望すらも、すぐにかき消される。
レネットに与えられた時間は、丸一日にも満たない短い時間だった。ただただ、人のため、国のためを想い、あらゆる努力と奉仕をしてきた毎日だった。そうしてレネットが積み上げたものは、この一瞬にして崩れ去ることとなる。
「アンタみたいな脳筋、どこが聖女なのよ!」
リディアとベナシュの二人が退室するとき、横を通りすぎるリディアが耳元で囁いた。
その瞬間レネットは悟った――これはすべて仕組まれたことなのだと。
いじめも不正も、それらは全て口実。事実かどうかなんてどうでもいい。少なくともこの二人は、レネットを本気で追い出そうとしているのだ。
確かにリディアは、孤児院育ちのレネットよりも身分は遥かに高く、それに伴いプライドは高い。だがそれと同時に、リディアは優れた聖女であった。レネットには劣るとしても、国内で指折りに入るほどの強い力を持ち、そして練習や勉強を欠かさない努力家でもあった。
だからこそレネットは、リディアのことを尊敬していた。もちろん彼女が筆頭の立場を狙っていたことは知っていたし、その嫉妬から心無い言葉を言われることもあった。だが聖女としての志こそは共通していると思っていたし、ずっとそれに疑問を抱くことはなかった。
なのに……それなのに……
「リディア……。私が、あなたに何をしたっていうの?」
レネットが吐き出した言葉は、誰にも聞かれることなく、ただただ霧散していくだけだった。
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