003 隣国・エクレール
「……はあ、これからどうしよう」
大きなため息をついたレネットは、大きな鞄を引っ提げて、街をただ目的もなく彷徨うことしかできなかった。
あの日の翌日、ベナシュ王子の宣言どおり、レネットは本当に追放された。馬車に半ば強制的に乗せられ、彼の息のかかった騎士たちに監視されながら、国境まで送られたのだ。誰とも会うことを許されず、気分はまるで罪人だ。
持ち出せたのは少し大きめの旅行かばん一つだけ。最低限の生活必需品や着替えなどが入っているだけで、到底これから先生きていけるような用意はない。
そんなレネットが流れ着いたのが、隣国エクレール王国の南にある宿場町。国境近くということもあってそれなりには栄えているが、いかんせん領土の端っこにあるせいで、どうにも辺鄙な場所という印象は拭えない。
そんな町を流れる川、そこに架かる小さな橋の上で、レネットはなにをするでもなく郷愁に浸っていた。要は現実逃避だ。
「……慰めてくれるのね」
何度目かわからないため息を漏らしたレネットの周りには、いつのまにか沢山の光の粒が集まっていた。精霊である。
その沈んだ気持ちを察しているのか、精霊たちはただただレネットの周辺を飛び回っている。
精霊たちは、レネットの友達だ。幼いときからそうで、それは今も変わらない。「精霊の寵児」などとよくもてはやされたものだが、レネットにとってそれは違う。あくまで対等な関係であり、お互いに力を貸し借りしているだけにすぎないのだ。
だからこうして……レネットが沈んでいるときには、力を貸そうと寄り添ってくれる。
ただ下級精霊であるこの子たちは、ただぷるぷると震えるだけ。特になにかが発生するわけではないのだけれど、レネットにとってはその気持ちだけで十分だった。
レネットはその美しい光景に笑みをこぼす。
淡く光る精霊が舞い踊る姿は、まるで煌めく流星のよう。
他の聖女にはここまではっきりと姿が見えないらしく、この景色はレネットだけのものだ。
「いや……なんだか多すぎないかしら」
なんだか、普通よりも精霊の数が多い気がするのだけれど、気の所為なのだろうか。レネットの視界は眩しいくらいになっていた。
(きっと精霊の多い土地なのね!)
そう頭の中で片付けたレネットは、地面に置いていたカバンをさっと持ち上げる。
くよくよしていてもしょうがない。大量の精霊たちに勇気づけられたレネットは、先ほどとは違う軽やかな足取りで、街の中心部へと歩き始めた。
「まずは仕事を探さないと」
◇
「さあ、帰った帰った」
「そんなっ! お願いします、たくさん頑張るので!!」
「邪魔だ、他をあたんな!」
レネットの職探しは難航していた。
商店、飲食店、はたまた力仕事まで。たくさんのところを巡ったが、生憎この辺りは必要な仕事よりも人の方が多い状態。ぼろぼろの身なりのレネットを受け入れてくれるところは、そう簡単には見つからなかった。
「……ダメよ、私は怒ってないから」
荒々しくレネットを追い払った店主のもとに、精霊が殺到する。慌ててレネットはそれを止める――当の店主本人は精霊の姿が見えないので、このことには気づいていないが。
先ほどからずっとこんな感じだ。仕事を断られては、その対応に精霊が憤り、レネットがそれを諌めるという流れだ。
腹が立たないかと言われれば嘘になるが、向こうにも事情があるのだから飲み込むべきだろう。けしかけたいわけじゃない。
相変わらずふよふよと漂う精霊たち。
彼らのおかげで心細くは無かったが、漠然とした不安は相変わらず胸に残り続けた。
「仕事を探すのって大変なのね……」
夜が間近に迫っており、辺りはどんどんと薄暗くなってきている。孤児院育ちということもあり、それなりに一人でも生きていけるという自負があったレネット。だが七度目の拒否を食らったところで、さすがのさすがに弱音を吐いた。
筆頭聖女をクビになったレネットは、今やただの一般人。唯一の武器である「聖女」という肩書も力も、国外追放という処分を受けた身であるため、当然表立っては使えない。
冤罪ではあるのだが、レネットは罪人だ。いくら他国であったとしても、このことが露呈すれば受け入れてくれる場所はないだろう。だから絶対に隠し通さねばならない――「聖女」であるということを。
「……――ぶわっ!」
だがそのとき、突然レネットの視界が真っ白で埋め尽くされる。
びっくりして咄嗟に顔へ手を伸ばすと――それは一枚の紙だった。慌てて紙を顔から引き剥がすと、先程までの景色が戻ってきた。どうやら風で飛んできたビラが、レネットに直撃したようだった。
「びっくりした……なにこれ」
なんとなしにビラを見るレネット。
それは、絵も色もない、質素なデザインのものだった。だが一方で、中央にでかでかと書かれた、ひときわ目立つ文字が注目を引いた。
〈騎士、求む!〉
そこには、そう書かれていた。
そして、下の方には小さい文字で、
〈平民、貴族、旅人、浪人――出自、身分は一切問わず。必要なのは、根気と覚悟だけ。受付は訓練場まで〉
「これだわ!!」
ここでピンときてしまったレネット。
彼女はビラを空高く、沈みかけた太陽に向かって掲げ、飛び跳ねた。そしてその文字を何度も頭で反芻する。
(これが運命の出会いってやつね……!)
彼女には、後ろ盾もなければ、これからの行先も無かった。この国で生きていくアテも、なにもかも。今までの努力なんて、まるで役に立たない世界だ。
……しかし、騎士ならば、身分も出自も関係ない。腕っぷしだけで稼げ、最低限の身分と新しい名前も手に入る。たとえ、隣国から来た聖女崩れだったとしても。
その上だ。レネットは剣の心得がある。
魔物の討伐というのは、聖女の役目のひとつ。……いや、後方で援護だけをしているのが普通なのであって、間違ってもレネットのように前線で戦うことは、圧倒的に聖女としては明らかに不適格だ。しかしこれは、騎士としては十分役に立つ経験だ。
もちろん、レネットの細い腕に強力な魔物と渡り合えるような力があるわけでもなく、身体強化魔法を使用したドーピングだ。技術も凄まじく高いわけではないのだが、十分に戦力になれる……はずだ。
「ふふふ……燃えてきちゃった。――これこそが、私の第二の人生!」
きっと、そうに違いない。
だからこそこの手で、新しい生活を掴み取ってみせる!
レネットはそう心に決めると、ばっと駆け出して訓練場へと一直線に向かう。その表情は、国外追放になった者とは思えないほど希望に満ち溢れていた。
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