004 騎士募集

「えっ、もう募集してないんですか……?」

「ああ、ちょうど三日前が期限だよ。また来年頑張んな」


 意気揚々と話しかけたレネットに、騎士はきっぱりとそう答えた。募集期間はちょうどこの日から三日前に終了しており、すでにレネットが騎士になる道は閉ざされていたのだった。


 このときレネットは、男の子の格好をしていた。なけなしのお金で購入した古着のズボンにスカートから履き替え、辛うじて手にしていたハサミで髪をばっさりと切った。

 これはひとえに「舐められないため」であり、少しでも仕事を得られるチャンスを高めるための努力の一つだった。ちなみに、荷物運びの仕事に申し込んだ時に「嬢ちゃんじゃ無理だよ」と取り合ってもらえなかったときに思いついた手段である。本当は身体強化すれば余裕なのに。


 まだ十五歳という若さのレネットは、知らない人から見れば「可愛らしい顔をした少年」といった感じだ。同い年の中では比較的背の高い方であることも相まって、目の前にいる騎士も特に怪しむ様子はかった。


「そんな……」

「おい、別に道が絶たれたってわけじゃないんだ。また次応募すればいいだろう?」


 もう辺りはすっかり暗くなってしまった。

 内心の緊張を表に出さないようポーカーフェイスを決め込んでいたレネットだったが、ついに耐えきれなくなって、思わず感情が溢れ出してしまう。


「それじゃっ、ダメなんです! わ……僕には時間がっ!!」

「そうはいっても、もう終わっちまったからなぁ……」


 レネットの瞳からは、自然と涙がこぼれていた。大粒の涙が、ぼろぼろと。

 もちろんこの騎士の言う通り、まだ全ての道が絶たれたわけではない。だが、国外追放されたこと、あらゆる人から門前払いを受けたこと――それらもひっくるめて、思いの外レネットにとっては辛いものだった。今まで精霊の前ということもあって気丈に振る舞っていたが、ここにきて大きく爆発してしまったのだ。


「僕は騎士に絶対になりたいんです……お願いします……!」

「困ったな……」


 レネットは騎士に擦り寄って懇願する。それはもう、彼に密着するほど。それくらいに必死だった。

 だが、この騎士もただの門番。彼一人の一存でどうにかできるような問題ではなく、ただ途方に暮れるしかなかった。




「――おいおい、なんの騒ぎだ?」


 そんな中、突然二人の間に声が差し込む。レネットは顔を上げて、目の中に溜まった涙を腕で拭う。

 そこには、もう一人別の騎士が立っていた。ゆらゆらと揺れるランプの光に映し出される、金色の髪に茶色い瞳。輪郭がはっきりとした整った顔立ちだが、笑顔を浮かべる様子はなんだか軽薄そうだ、とレネットは思った。

 彼は二人の様子を一瞥しつつ、事態の説明を門番の騎士に求めた。


「教官、実は――」


 教官と言われた彼の制服には、白いサッシュが入っていた。一目で上官だということが分かったが、一方で部下であるはずの門番の方は、それなりにフランクな感じで教官相手に説明をしていた。


「――ってわけで困ってるんですよ。何度も説明はしているんですが……教官の口からなんとかいってやってくれませんか?」

「ふむ、なるほど……」


 白サッシュの騎士は、大まかな状況を理解すると、レネットのもとへと歩みよった。

 そして、目の周りを赤くしている彼女に対して、優しい声で語りかける。


「かわいい顔してるな。まるで女の子みたいだ」

(しまった! バレた!?)


 レネットは、びくりと体を震わせた。

 完全に変装がバレたと思ったレネットは、次に誤魔化す言葉を考え始めていたが……どうやらそれは杞憂だったようだ。


「わりぃ、冗談だよ。気にするな」

「……ちょっと、からかわないでくださいっ!」


 白サッシュの騎士の言葉は、あくまでレネットを泣き止ませるための軽口だったようで、彼はそのまま笑いながらレネットの肩を叩く。

 レネットはそう声を荒らげたが、内心ではほっとしていた。特にバレた様子はなさそうだ。


「男の子なら泣くんじゃない。お前、騎士になりたいんだろ?」

「はい、わかりました……ぐすっ」

「まず名前はなんだ?」

「レイン、です……」


 レネットは事前に考えておいた偽名を名乗った。名前の前半をそのまま取っただけの安直なネーミングだが、白サッシュの騎士は怪しむことはなかった。


「じゃあレイン、出身は?」

「ルミナスから来ました」

「ほう……あそこはいい所だな。自然豊かで、食い物も旨い。精霊が多い土地だと聞くが、そのお陰だろうな」


 レネットは「精霊」という言葉に、またもや内心どきっとするが、なるべく顔に動揺が漏れないように取り繕う。


「それでだ、レイン。君に一つ聞くが、騎士になりたい理由はなんだ?」


 白サッシュの騎士は、突如鋭い目つきでレネットに問いかける。いままでの質問が軽いジャブだとすれば、これはストレート。白サッシュの騎士がレネットに対して深い探りを入れていることは明らかだった。

 その眼光に思わず息を呑んだが、――小細工は通じないと悟ったレネットは、正直にその理由を答えた。


「――生活のためです!」


 そう答えると、訪れたのは一瞬の沈黙。

 少ししてから――白サッシュの騎士は、ぶふっと吹き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る