005 実技試験
「ぷっ――ははははは! お前、面白いやつだな!! 気に入ったぞ」
レネットの背中をバンバンと叩きながら、げらげらと笑う白サッシュの騎士。その力は思ったよりも強く、全身に大きな衝撃を感じる。
「えっと……」
「普通は嘘でも『戦う姿に憧れました~』とか『国のために頑張りたいです~』って言うもんだ。なのに、お前……生活のため、だと……!」
相変わらずくすくすと笑う白サッシュの騎士を見て、レネットは眉をへの字にして落ち込んだ。服装から想像するに、彼がこの訓練場においてそれなりの役職であることは想像できる。そんな人物から腹を抱えるほど笑われたとなると、騎士になることは絶望的だと思ったからだ。
「あの……おじゃまして、すいませんでした」
ぺこりとお辞儀をして、その場を立ち去ろうとしたとき、
「おい待て。……お前勘違いしているな」
「えっ?」
白サッシュの騎士に引き止められた。レネットはぴたりとその足を止め、もう一度彼の方を振り向いた。
「特別だぞ? こっちへ来てくれ」
「あの……どういうことだか、僕にはさっぱり」
手招きされ、レネットは怪訝な顔のまま白サッシュの騎士へと歩み寄る。からかわれているのかと思ったが、どうやらそうではないようで、彼はレネットの頭をくしゃりと撫でた。
「本来、騎士候補生になるためには実技と筆記の二つの試験がある。それをお前はみすみす逃したわけだが……俺の権限で、予備試験を認めてやろう」
「……えっ、いいんですか」
「やめるか?」
「いえ、やります! やらせてください!!」
突然の展開、レネットの表情はぱあっと花開いた。それを見て白サッシュの騎士はニヤリと笑う。
「ちょっとこっちへ来い」
手招きする白サッシュの騎士に、わくわくと胸踊らせながらレネットはついていくのだった。
◇
「ここは……?」
「訓練場だ。ここで日々の練習や試合を行っている」
二階建ての赤い屋根の建物にぐるりと囲まれた、中庭のような空間。地面は石畳で舗装されており、ところどころに掛けられた松明がゆらゆらと赤く燃える。
その中央に来たところで、レネットにあるものが手渡される。
「剣、ですか」
「訓練用だ。刃は潰してある」
ずっしりと重たいその感覚は、レネットにとっては馴染みのあるものだった。ぎらりと輝く刀身、確かに刃は潰されているが、それ以外は真剣となんら変わりないものだった。これで斬ることはできないが、鈍器としてなら十分な武器となり得る。
「これが……試験ですか」
「そうだ。特別に俺が試験監督をしてやる。筆記試験は免除だよ」
白サッシュの騎士も、いつの間にか同じ訓練用の剣を手にしていた。その瞬間ぴりりと空気が張り詰め、レネットはごくりと生唾をのみこんだ。
「おいおい、そう緊張するな。俺からは攻撃はしないから安心しろ」
「だったら……僕は何をすれば」
「斬り掛かって来い。俺はそれを全力で防ぐだけだ。一発でも攻撃を当てられたらお前の勝ちでいい」
なるほど、とレネットは再び自身の手元にある剣を見つめた。
普段使っていたものと形も似ているし、何より今のレネットには精霊という心強い仲間がいる。技術は小手先のものだが、これさえあればなんとかなるはずだ。
「分かりました、頑張ります!」
「俺を殺す気でかかってこい。では始めるから――」
「はいっ!!」
レネットは剣を両手で構えると、即座に魔法を使う。精霊の力を借り、施される身体強化。体がふわっと軽くなったような感覚になり、その勢いのまま正面へ駆け出す。
そのままレネットは突っ込むと、正面に対峙する白サッシュの騎士へと思いっきり斬り掛かった。
「てやっ!!」
まだ言葉の途中だった白サッシュの騎士は、準備がまだできていなかったようで、戸惑いながら咄嗟にレネットの剣筋を受け止める。
奇襲を受けた形となった白サッシュの騎士は、その思いの外強い力に困惑しつつ、レネットに対して怒鳴った。
「おい、ちょっと待て。ちゃんと俺の話を聞け!!」
「す、すいません……」
「まあいい、そのまま打ち続けろ」
呆れた表情を浮かべる白サッシュの騎士。だが内心は驚いていた。
目の前の少年は、比較的小柄な体格。顔もまるで女の子のように丸っこくて、腕もこんなにも細くて……。
そんな子供が出せる力なんてたかが知れていると、彼は見くびっていた。
だからこそのこの試験内容なのだが――今食らったこの一撃、それは非常に鋭いものであった。
(なんだコイツは……どっからこんな力が出ているんだ……?)
絶えず訪れる斬撃。白サッシュの騎士は、それらを刀身で受け止めながら躱していく。その一発一発は非常に鋭く、スピードも速い。受け止めるその手が痺れるほどに、重みも凄まじかった。
だがこの少年の姿勢を見ると、ある程度基本はなっているのだろうが、逆に言えばその程度。重心の移し方や、効果的な力の掛け方など、少し齧ったくらいの初心者にありがちな戦い方だ。
それなのにこの少年の出す一撃は、強さだけ見れば、まるで熟練のそれ。とてもこの見た目の少年が出して良い強さではない。
その奇妙なアンバランスさに、彼は非常に困惑していた。
「てやっ! てやっ!!」
一合、また一合と剣がぶつかり合い、その度に激しい金属音が鳴り響く。
間の抜けた声に惑わされそうになるが、そう油断していると負けそうだ。「これも作戦なのか……?」とよくわからない想像をしてしまうほどには、困惑していた。
だがその瞬間、少年が大きな隙を見せた。
一振りとその次の一振りの合間。姿勢が移行するとき、ほんの僅かな時間ではあるが少年の左半身側ががら空きになった。
白サッシュの騎士は、瞬時の判断でその隙を見事についた。
――カキンッ!!
激しい衝突音ののち、レネットの持つ剣は跳ね飛ばされ、宙を舞った。やがてカランカランと落下し、地面に剣が転がる。
……誰が勝利したのかは明らかだった。
呆然とその様を見つめるレネットに対し、どういう声を掛ければいいのか、白サッシュの騎士は迷っていた。
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