006 見習い騎士

「こ、攻撃するなんて、ズルいじゃないですか!!」


 敗北してしまったレネットは、今にも泣きそうな顔で白サッシュの騎士を睨みつけた。

 だが本当に泣きたいのは、白サッシュの騎士――彼の方であった。


 レネットは「一発でも攻撃を当てる」という条件こそ達成していないが、そもそも先に「攻撃を防ぐだけ」というルールを破ったのは白サッシュの騎士のほうだ。

 もちろんそんなことは自分自身が一番よくわかっていた。あまりにも激しい攻撃を防ぎきれなくなって、思わず抵抗してしまったのだ。大人気なかったと思う反面、今しがた起きた出来事を信じられないでいた。


「……すまん、そうだな」

「僕は勝てませんでした……」

「いや、そもそも俺の反則負けだ。お前の勝ちだ」

「ほ、本当ですか……?」


 実感のない勝利にレネットは困惑気味に首を傾げた。


「この試験で大事なのは、実のところ勝ち負けではなく、それに至るまでの過程だ。戦いの手法、思考プロセス、理念――それらを総合的に見るのが目的だ」

「……過程ですか」

「そうだ。この俺にお前は剣を振らせたんだ。もっと自分を誇れ」


 白サッシュの騎士は、レネットの肩に手を置いた。

 彼は……あえて言うならば、ヤケクソだった。


「――ああそうだ、お前は合格にしてやる。今日から見習いだ」


 一歩間違えれば、一撃入れられていた――それもこの小柄な少年相手に。思わず抵抗してしまったのは、守り続けることに恐れを感じたから。長引く防戦に敗北という文字がチラついたのだ。

 でもそれは口には出さない。無駄なプライドだとは分かっているが、それを捨てされるほどに出来た人間ではないから。


 だが対するレネットは、


「本当ですかっ……!!!」


 噛みしめるように喜んでいた。

 レネットにとっては、それは信じられなかった。聞き間違えじゃないかと思って、何度も何度も頭の中でその意味を反芻した。でも、嘘じゃなかった。

 レネットは目を見開きながら、白サッシュの騎士を見つめる。


「あのっ……! ありがとうございますっ!!」

「おまっ、また泣いてるのか!?」


 彼に言われて初めて、目に涙が溜まっていることに気づく。追放されたときとは違う、とても幸せな涙だった。自分の存在意義を否定され、さらに何度も何度も追い返され、どこにも行く宛のなかったレネットに、ついに新しい居場所ができた瞬間だったからだ。


「……泣いてません、ただの汗です。ぐすっ」

「そ、そうか。まあそれほど喜んでくれるなら、良かったよ」


 未来の騎士がこんなことで泣いているなんて、示しがつかない――そう思ったのだろうか、レネットは咄嗟にそんな嘘をついて誤魔化す。だが恐らくは無駄な努力だ。

 流石に泣くほど喜ぶとは思っていなかった白サッシュの騎士は、戸惑いながらもそう答えた。


「あの、なんで僕を許可してくれたんでしょうか」

「どうせ三分の一が途中で辞めていくんだ。一人や二人増えたところで変わらないさ。

 ……その点、お前は安心だな! 『お金のために騎士になりたい』なんて、少なくとも俺は初めて聞いたぞ。心の中で思っていても、普通は隠すものだ」


 高笑いをする白サッシュの騎士だったが、一つだけ勘違いをしているようなので、レネットは声を張り上げて訂正する。


「違います! 生活のため・・・・・、です!」

「どっちも一緒だろう」


 確かに言われてみればそうだ、とレネットは反論することを諦めた。

 やっぱり、もっと「理念が~」とか「平和の為に~」とか、それっぽいことを言っておくべきだった、と少し後悔するレネットだったが、白サッシュの騎士はその考えを即座に否定する。


「でも正直なのは嫌いじゃないぞ。したり顔で『国の為に働きたいです!』なんて言う奴より、よっぽど信頼できる」

「じゃあ……僕の答えは正解だったんですね」

「そうだな、誠実なのは良いことだ。綺麗事でへつらう人間ほど、すぐに辞めていくんだ。そういう奴を俺は何度も見てきた」


 レネットは彼の目を見つめた。

 なぜだか遠い目をしているような気がした。


「お前……嬉しそうだな」

「そりゃだって、僕も騎士になれるんですから!」


 さきほどまでの泣き顔はどこへやら、けろっとして笑顔を見せるレネットに、白サッシュの騎士は呆れたように言う。


「言っておくが……騎士ってのは大変なんだぞ。命懸けの肉体仕事だし、かと思えば地味な事務作業も大量にある。見習い期間は、それに耐えられない奴をふるい落とすためのシステムでもあるんだ」

「それは……脅しですか……?」

「違うが、ある程度覚悟はしておくと良い。――っと、着いたぞ」


 身震いするレネットはさておき。

 そうこうしているうちに、二人はまた別のある建物の前に到着した。3階建ての横に長い建物だ。


「着いたぞ」

「なんですか、ここ?」

「宿舎だ。……お前、どうせ住むところも無いんだろう?」

「……はい」


 失礼すぎる言葉だったが、全くの正解なのでレネットは反論することができなかった。「その必死さを見てると分かる」と付け加える白サッシュの騎士。

 ワクワクとドキドキが半分ずつ、高鳴る鼓動を感じながら、レネットは宿舎の中に立ち入った。

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