028 野外訓練(5)

「大丈夫です! もう毒じゃないです!!」


 走り回りながら、そうアルトゥールに呼びかけた。

 実のところ、毒はかなり最初の段階で無効化されていたのだ。


 最初の攻撃を受けた際、レネットは自身に身体強化魔法を使用するだけではなく、サーペンティアに対して浄化魔法を使用していた。通常は、毒や麻痺に起こされた人を治療するためのものだが、サーペンティアの持つ毒腺を無効化するのにも役立つ。

 時間が経てば当然毒も復活するのだが、この短時間であれば問題ない。唾と同じである。


(確かに、痛みはない。痺れもないぞ……)


 改めて自分の体――特に、毒液を直接浴びた顔面を確認するが、別段異常はない。


「でも邪魔ですよね!? ……っと」


 レネットは、まず突撃してくるサーペンティアを剣で一度受け止めた。角と切っ先がぶつかり合い、激しい火花を散らす。

 そして、相手に振り切られる前に、レネットは行動を起こした。


 まずは、剣を上に振り上げ、サーペンティアの顔をわずかに縦に揺らす。その隙に、半円を描くような軌道で剣を顔めがけて振るう。

 致命傷を与えるにはリーチが足りなかったが、小さな傷を左目の近くに作ることに成功した。反撃を喰らい、雄叫びをあげるサーペンティア。


 そうして生まれた一瞬の隙。

 レネットはふと地面を蹴り上げると、ふわりと高く舞い上がった。

 おおよそ人間の芸当ではない高さだが、涼しい顔をして宙に浮かぶレネット。くるりと半身を翻し、軽々とサーペンティアの上を通過する。


(……今っ!!)


 空中で重心をコントロールしつつ、剣の柄をぎゅっと固く握りしめる。

 そして、そのまま放物線を描き自由落下をしたかと思えば、サーペンティアの尻尾目掛けて切っ先を一気に振り落とした。


「ギャアアアァァァァーッ!!!!」


 甲高い声で叫びを上げるサーペンティア。

 位置エネルギーを伴ったその重たい一撃は、ぐにゃりと揺れる尻尾を一刀両断した。鮮血が飛び、茶色い地面を赤く濡らす。


 地面にストンと着地したレネットは、そのままサーペンティアを見据えた。


「こっち!!!!」


 ちょこまかと逃げ回られ、あまつさえ自らの武器の一つを切り落とされ、怒り心頭のサーペンティア。

 易々とレネットの挑発に乗ったそいつは、地面をぐっと踏みしめると、くるりと方向転換をした。


 向かう先はレネット、ただ一人だ。

 もはやサーペンティアは、明らかに冷静さを欠いていた。行動原理は、ただ怒りのみ。視界の端はもう見えていない。狙うは、小柄な見習い騎士の背中だ。


 ――だからこそ、横から飛び出してくるアルトゥールの存在を想定できていなかった。


「喰らえ――!!!」


 レネットは、見事にアルトゥールの側へとサーペンティアを誘導することに成功した。

 そして振るわれた、重たい一撃。サーペンティア自身の巨体とスピードも仇となった。その一筋は見事に首筋を捉え、骨を断ち切るほどの勢いでサーペンティアを貫いた。


「ピャッッ!!!!!」


 首を深く切られたためか、断末魔は一瞬だった。

 すぐにその場で崩れ落ちたサーペンティアは、そのスピードのまま森の中をゴロゴロと転がった。


「やったか……?」

「アルトゥール教官、お見事です!」


 アルトゥールは地面に横たわる巨体を遠巻きにしつつ、自身の元へとやってきたレインの姿を仰ぎ見た。


「いや……」


 お見事、という言葉にアルトゥールはツッコみたかった。

 なぜお前はそれほどの力が出せるんだ? なぜそれほどの力を隠しているんだ? そしてなぜ、お前はそれほどにまで冷静なんだ?


 次々と浮かぶ疑問に、何を最初に尋ねれば良いかわからなくなり、アルトゥールは少しして思考を放棄した。


「……なんでもない」

「そうですか?」


 こくりと首を傾げたレネットの姿に、アルトゥールは微妙な顔をした。素直に喜べないというか、なんというか。

 後できっちり問い詰めようと、心の中で決意した。


 ただ少しして、アルトゥールは思考の端に置いてあったもっと大事なことを思い出す。


「レイン、聖女のところへ行くぞ!」


 アルトゥールは、地面に倒れたままのアシェラの元へと駆け寄った。

 白かった制服は自身の血で真っ赤に染まっており、とても無事なようには見えなかった。しかし、


「――傷がない。まさか」

「アシェラ聖女も、教官も、無事に生きてますね。良かったです! 訓練場まで運びましょう」


 レネットはそうゆっくりと言った。

 アシェラの体は、血で汚れてはいたものの、そこに傷は一切なかった。始めに吹き飛ばされた教官の方も、同じ様子だった。

 そしてかすかに上下する胸で、きちんと呼吸もしていることがわかる。意識はないが、命はちゃんとある。


 追求したいことがさらに増えて困るが、どちらにせよそれは後だ。

 まずは二人を安全な場所に運ばなければいけない。


「あ、ああ、そうだな。運ぶぞ」


 戸惑いを隠しきれぬまま返事をしたアルトゥールに、レネットは「はい!」と元気よく返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る