026 野外訓練(3)
「うわあああああッ!!!」
最初の突撃で、一人の教官が巻き込まれた。不意打ちを受けた形となり、回避行動すら取れなかった。彼の体がふわりと空を飛ぶ、遠く離れた場所にずどんと落下する。
「クソ……なぜこんな浅い場所に……!?」
その魔物は、大人よりも大きいくらいの体高を持つ鹿だ。しかし、その尻尾の部分はまた別個の生き物のように蠢いている。口があって、鋭い歯が覗いている様子はまるで蛇のようだ。
名前はサーペンティア。
尻尾の部分から毒を発射することができ、触れた箇所から広がるように痛みや麻痺を引き起こす。毒そのものはそこまで致命的なものではないが、それで怯んだところを一気に攻撃されるという点で十分脅威だ。
本来は森の深淵部に生息し、見習い騎士たちが訓練を行うような地点で遭遇することはないはずなのだが……
「動くな……ゆっくり下がれ」
睨みつけるように辺りを見渡すサーペンティアに、息を呑む見習い騎士たち。ここで一気に逃げようものなら、更に刺激を与えてしまい逆効果だ。
アルトゥールの静かな声に、彼らはゆっくりと後ずさりする。
――バキッ。
だがしかし、誰かの踏んだ小枝の折れる音が響き渡る。
それは些細な物音に過ぎなかったが、きっかけとしては十分だった。小康状態に陥っていたはずの緊張が、一気に爆発する。
「逃げろおおおお!!!」
「うああああぁぁぁぁぁ!!!」
サーペンティアが再び暴れ出したところで、見習い騎士たちはパニックになった。叫び、逃げ惑い、散り散りになっていく。そんな彼らの背中を見て、サーペンティアは更に興奮する。
サーペンティアの攻撃方法は、突進が主だ。枝分かれした巨大な硬い角が武器となり、尻尾から発射される毒液とともに相手へと襲いかかる。
そしてそのターゲットは、案の定逃げ惑う見習い騎士の一人であった。角の鋭利な部分を地面と水平に突き立てて、その背中めがけ全速力で直進。人間の足、しかも足元の悪い山道では叶うはずもなく、サーペンティアの餌食になろうとしていた。
「やめてっ!!!」
だがしかし、サーペンティアの進行は突如食い止められた。
彼らの間に割り込んだのは、剣を構えたレネットだった。実戦用にと貸与された真剣。それをサーペンティアの角に突き立て、その身一つで突進に抗っていたのだ。
「僕は大丈夫だから、早く逃げて!」
「……う、うん」
レネットは背後でへたり込む仲間に声を掛けた。しばらくは呆然とした表情だったものの、すぐに今の状況を理解し、猛ダッシュで逃げていった。
レネットの力の源泉は、もちろん精霊だ。身体強化魔法をフルで掛けて、サーペンティアの巨体を受け止めたのだ。
聖女の力は使わないと決めていたが、こうなれば仕方がない。今は緊急事態なのだ。
その光景を見たアルトゥールは、目をひん剥いて驚いていた。レインは、見習い騎士の中でも最低クラスの筋力のはずだ。そんな小柄な少年が、自身よりも数倍は大きい巨体の突進を腕っぷし一本で受け止めているのだから。
「レイン、あいつ……!」
そうアルトゥールが叫んだところで、レネットの体が浮かぶ。剣を引っ掛けるように角ですくい上げたサーペンティアに、容赦なくレネットの体は持ち上げられた。
身体強化魔法は、あくまでその人の筋力を高めるだけ。体重が増えたりするわけではないから、このような力の掛け方にはすこぶる弱いのだ。
「レイン!!!」
レネットはぷらんと角にぶら下がる形となり、サーペンティアの首の動きにつられて振り子のように揺れる。しかしそれも厄介に思ったのか、ぶるんと縦に首を振ってレネットを振り飛ばした。
その反動で、簡単に吹き飛ぶレネットの体。その衝撃で握っていた剣が吹き飛ばされてしまった。
落ち葉の上にざざっと剣が転がり、それよりも前方にレネットの体がある。
まずい。そう直感的に理解したレネットは、むくりと頭を持ち上げると必死に剣に向かって這い寄った。
(………………――――ッ!!!)
だが、サーペンティアはもう目の前にいた。
その角の先がレネットに向けられる。匍匐前進でたどり着き、剣はなんとか握ることはできたが、まだ立ち上がることはできていない。地面に手を付いた状態で、ここから攻撃を受け止める体勢には移行できない。
(こ、怖すぎ……!)
サーペンティアの殺意に満ちた鋭い目つきに、レネットの体の力はきゅうと抜けた。回復魔法を使えばなんとか耐えられるかな、なんて考えつつ、攻撃を一度食らうことは心のなかで覚悟していた。
再び角で突き上げるための予備動作をはじめたところで、レネットは目をつぶり衝撃に備えた。
――――しかし、来なかった。
サーペンティアは、突然レネットとは全く別の方へと突進をはじめたのだ。レネットのすぐ横を茶色い体が通り抜け、土埃がぶわっと舞う。
そしてそのまま、サーペンティアが向かっていった先は……
「あ、アシェラ聖女!!!」
レネットよりも遥かに後方で、はじめに負傷した教官へ治療を施しているアシェラの姿がそこにあった。
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