017 聖女様(2)

(聖女……! どんな人なんだろう)


 レネットは、ドキドキしていた。

 エクレール王国の聖女に会うのはレネットでも初めて。ドアの前に立ち、ひとつ深呼吸。緊張と興奮が入り混じったような感覚だった。

 今までのレネットであれば、特段心配することはなかっただろう。だが現在のレネットは、その聖女から追放された身だ。それは案外トラウマとなっており、「もし怖い人だったらどうしよう」なんて心配が頭の中に次々と浮かんでくる。


 だがそれと同時に、ここの聖女とも仲良くなりたいという気持ちもあった。

 それはまだ、レネットが「聖女」に対して諦めを抱いていないということである。彼女は性善説を信じている。聖女――いや、世の中の人の大半はいい人のはずである。


「よしっ」


 そう頭の中で整理をつけると、レネットはコンコンと木製の扉をノックした。中からは返事はなかったが、人の気配はあったので恐る恐るノブを回した。


「し、失礼します……!」

「……どうぞ」


 医務室の三分の一ほどしかない、狭い部屋。突き当りには窓、左右の壁面には天井まである棚。棚の中には、いろいろな道具や薬草なんかの材料が無造作に並べられており、とても圧迫感がある。その奥にはまた別の扉があって、ここは医務室と繋がっているのだろう。


 そしてその棚と扉に挟まれた小さなスペースにある机と椅子。そこに座っていたのは、青色のカジュアルなドレスを身に着けた女の子。クリーム色の髪が腰辺りまで伸び、目はナツメのような丸っこい。


「僕を治療してくれたと聞きました」

「……そう、それで?」


 眉を吊り上げ、なんだか不機嫌そうにする聖女に、レネットは後ずさりした。


「アルトゥール教官から、挨拶をって……」

「そんなの、別に必要ないのに」


 彼女は、レネットの言葉を遮るように言った。

 しばし沈黙が部屋の中に降りるが、少し経ってレネットはこの部屋に来た目的を思い出す。


「い、いえ、治してくれて、ありがとうございました」


 レネットは、ぺこりと頭を下げた。

 運動のしすぎで倒れたのは初めてだったし、なんなら今まで怪我をしても自分で治してきたから、他人に治療されるなんてことはなかった。今自分の体調がすこぶる良いのも、彼女のお陰なのだろう。


「仕事だから、やったまでよ。お礼なんて要らないわ」


 小さくため息を吐いた聖女は、机に向き合ったまま言った。


「そんなことないです! あ、あの、僕、レインって言います。また何かあったときは――」

「それで話は終わり?」


 話を遮って、煩わしそうにそう言った。

 それに対してレネットは、ただ「はい……」とだけ言うしかできなかった。

 お礼を伝えるという目標を早々に達成したため、これ以上彼女の邪魔をしないようにとレネットは後ろ下がった。


「お邪魔しました」

「レイン君」

「は、はい!」


 退室しようとドアノブに手を掛けたところで、逆に彼女から呼び止められる。

 彼女はレネットの方を向いて、その不機嫌そうなままの表情で口を開く。


「アシェラよ」

「えっと……名前、ですか?」

「それ以外にある?」

「いえ、そんなことないです! お邪魔しましたっ!」


 怒られたような気持ちになって、レネットは慌てて部屋から飛び出た。

 バタンと扉が勢いよく閉まり、その風圧でレネットの茶色い髪がわずかに揺れる。ふぅ、と一息ついたところで、レネットは今までの会話を思い返す。


(ちょっと怖かったな……。でも、意外と優しい人……?)


 終始不機嫌そうではあったものの、なぜか名前を教えてくれた。これがどういう意味なのかは分からないけど、名前を知れてちょっぴり嬉しい。

 なるべく気にしないようにはしていたが、部屋の中では精霊がたくさん飛んでいたので、それなりに力も強いのだろう。

 まだアシェラのことはよく知らないが、ちょっとだけ興味を持ったレネットであった。

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