018 夕食

「……取りすぎた」


 訓練が終わり、日が傾き始めた頃。夕食のため食堂へと来ていた。

 美味しそうな食材が多いとついつい取りすぎてしまう。そんな失敗を日々繰り返してもなお、レネットはのお皿には山盛りの食事が。

 山盛りになった大皿に目を輝かせつつ、そしてそこそこ後悔をしつつ。レネットは適当な椅子へと座った。


「はぁ……」


 アルトゥールから「今日一日はずっと部屋で待機するように」とキツく言われ、渋々ベッドの上に寝っ転がっていたこの日。

 部屋に帰ったら帰ったでエルヴィーラから説教を受け、それを過ぎれば今度は「私も訓練受けたかったなぁ……」と悶々とする数時間。

 ようやくそれを耐え忍び、待ちに待った夕食かと思えば、周囲には訓練終わりの見習い騎士の姿。その楽しそうな表情を見て、少し前の悲しい気持ちが蘇り、レネットはさらにダメージを受けた。


 レネットは悔しかった。

 自分の体力不足が憎かった。かといって、魔法で身体強化を掛けるのはズルい。ズルをしてまで、騎士になりたいとは思っていない。

 もちろん性別の違いというのも多少はあるのだろう。だがそれよりも、今まで魔法で楽をしてきたツケが回ってきた。レネットはそう痛感していた。


 とはいえ、今日明日でどうにかなるような問題でもない。

 そんなやり場のないフラストレーションが、このやけ食いに走った原因でもあろう。食べ切れるとは言っていないが。


「レイン……大丈夫だったか?」

「ロミル!」


 レネットの背後から声を掛けるロミル。数時間ぶりの再開に、レネットは飛び上がって喜んだ。


「僕は元気だよ。訓練に参加できなかったのは悲しいけど」

「急にぶっ倒れるからびっくりしたぞ。まあ、ずっと死にそうな顔はしてたけどな」

「えへへ」

「褒めてねえよ」


 すかさずツッコミを入れるロミル。

 すっかりこの一週間ほどで二人は仲良くなっていた。そんな彼の表情は、まるで弟を世話する兄のよう――実際は同い年なのだが。

 なんやかんやロミルは、体の少し小さいレネットを気にかけているのだ。見習いであっても、騎士というのは大変な仕事。さすがの彼もレネットがぶっ倒れたときには驚いたが、こうしてけろっとした表情を見れば、そんな心配も今やすべて吹き飛んだ。


 そんなロミルだったが、突然神妙な表情になったかと思うと、レネットに向けてひそひそ声で問いかける。


「なあレイン、アルトゥールさんと何か話したか?」

「えっと……まぁ」

「なんて言ってたんだ」


 妙に真剣なそのトーンに、レネットは思わず後ずさり。椅子に座っているのに後ずさりというのも変だが、おしりの端っこが座面ぎりぎりになるまで後ろに下がった。

 急な表情の切り替わりに戸惑うレネット。まるで取り調べを受けているような気分だった。ロミルがなぜこれほどアルトゥールのことを探りたがるのか、レネットにはその理由が分からなかった。

 とはいえ、そう大したことを話したわけではない。レネットは正直にそのことを伝える。


「と、特には……」

「本当か?」

「本当だってば! アルトゥール教官とは、ちょっと喋っただけだし」


 そうレネットが声を荒らげたところで、ロミルの背後に人影が迫っていることに気がついた。


「なんだ、俺の話かー?」

「あ、アルトゥールさん!!」

「アルトゥール、な」

「すいません、アルトゥール教官!」


 その人物とは、まさに話題に上っていたアルトゥールだった。彼は二人の間に立つと、手を机の上についた。

 ぴしっと姿勢を正し、恍惚とした眼差しのロミル。レネットは呆れた表情でその二人のやり取りを傍観していた。


「レイン、調子はどうだ?」

「あ、はい……えっと、もう元気です!」

「それはよかった。だが……その量はちょっと関心できないな。もっとたくさん食べたほうがいい」


 アルトゥールは、レネットの皿を指さした。

 レネットからしてみれば、これでもかなり多く取ったつもりだった。


「これで、ですか? 僕、これでも結構取りすぎちゃって……」

「無理強いはしないが、食事は大事だぞ? たくさん食べて、たくさん寝るのが一番だ」


 だけども確かに、ロミルのお皿を見れば、自分の分よりもさらにたくさんの料理が盛られていた。ぐぬぬ、と唸るレネット。

 とはいえ、今のレネットの胃袋のサイズ的にこれを食べきることすら困難だ。

 食べ切れるかどうか分からない、しかし、体は鍛えたい。そんな相反する気持ちに、レネットは料理を前にしてフリーズした。


 そんなレネットは置いておいて、アルトゥールは続いてロミルに対して話しかける。


「君、名前は?」

「は、はい、ロミルと申します!」

「覚えておこう」


 ニヤリと笑うアルトゥール。

 彼のその言葉に、ロミルの口角はぴくぴくと痙攣していた。よほど嬉しかったのだろう。


「レインとは友達か?」

「えっと、はい、そうです」

「そうか。俺もレインのことは気にかけているんだ。今後も仲良くしてやってくれ」


 そう言って、アルトゥールはバシバシとロミルの背中を叩いた。かなり力は強かったにも関わらず、ロミルはやはり恍惚とした表情で喜んでいた。


「たくさん食べろよ。また明日な」


 それだけを言って立ち去るアルトゥール。おそらくはレネットのことを気にかけて来たのだろう。まるで嵐のような彼の来訪に、ロミルはしばらくその余韻に浸っていた。

 だが少しして気持ちも落ち着いてきたところで、ロミルはふと気になったことをレネットに対して問いかける。


「なあレイン、なんでアルトゥールさんはこんなにもお前のことを気に入っているんだ?」

「そ、そうかなあ。普通だと思うけど」

「そんなことねえよ。お前のことを『気にかけてる』って言ってたじゃねえか」


 またしても尋問のような鋭い目つきに、思わず後ずさりするレネット。椅子から転げ落ちそうになった。

 レネットはそんな彼に対して、正直に今日に至るまでの経緯いきさつを答える。


「えっと、うーん……アルトゥール教官に試験してもらったから……かなぁ?」

「ちょっと待て、どういうことだ?」

「僕、なにか変なこと言った?」

「変もなにも、アルトゥールさんは試験日にはいなかったんだぞ? レイン、その話もっと詳しく聞かせてくれ」


 食い入るようなロミルの攻勢。レネットは心のなかで「言わなきゃよかった……」と今更ながら後悔した。

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