019 【Side.アルトゥール】左遷された王子
アルトゥールは、このエクレール王国の第三王子だ。
彼は幼い時から騎士を志し、ひたすら武芸に身を捧げた。王位継承権もあることにはあるが、兄が二人いることもあってか、そのような権力争いには昔から微塵も興味がなかった。
戦争や内乱の無い、比較的平和なこの時代において、騎士に求められる仕事は魔物の討伐である。
魔物とは、その体に高い魔力を宿す敵対的な生物のこと。人里で発見されるなどすると、人命にも関わるため速やかに処理される。
もちろんこの魔物の討伐には、命の危険がつきまとう。人よりも身体能力が高い場合が往々にしてあり、その上で非常に敵対的。当然、毎年のように怪我人や死者も出るのだが、アルトゥールはその優れた剣技とリーダーシップによって、着実に戦果をあげていた。
そんな彼の一番の功績は、数年前に起きた魔物の大量発生の際のことだ。
未だ原因は分かっていないが、王都の近辺の森林地帯で巨大なトカゲ型の魔物が大量に発生したという異常事態。
そのあまりの量に撤退の指示も出ていたが、アルトゥールはそれを無視した。ここで食い止めなければ、すぐ背後に迫る都市部へ、そしてそこに住まう住人にまで多大なる被害が及ぶからだ。
この時アルトゥールは騎士団長になったばかり。だが部下からの信頼は厚く、この行動は隊の総意でもあった。
文字通り懸命に戦った騎士たちは、その甲斐あってか魔物を制圧することが出来た。もちろん多大な犠牲もあったが、魔物が王都に達することはなかった。
このことから、アルトゥールは「王都を救った英雄」として称えられ、その名が一気に国中へと知れ渡ることとなった。
――だが、それを良く思わなかった者がいた。
この国には、第一王子と第二王子での間で王位継承戦があり、双方それぞれを支持する派閥がある。というかむしろ、この派閥の方が争いの主体であり、多くの貴族が自身の利害のために派閥同士で競い合っている。
アルトゥールの兄にあたる二人の王子は、この派閥とは距離を置いていたものの、多くの有力貴族が所属するそれは非常に大きな力を持っていた。
そんな各派閥は、武勲を収めたアルトゥールをよく思わなかった。
第一王子と第二王子の二陣営で争っていたところに、突如表れた英雄。もちろんアルトゥール自身にそのようなつもりは無かったのだが、結果的にこの戦いに水を差す結果となってしまった。
競争相手が増えることを望まなかった双方の派閥は、一時的に結託して、アルトゥールを糾弾した。この王位継承戦の舞台から去ってもらうために。
具体的には、撤退の命令に従わず部下に犠牲を出したことが理由として、アルトゥールに責任を取るように求めた。
もちろん、これはアルトゥールの独善的な判断ではなく、部下含めた部隊全員が決めたことであったし、彼らが戦わなければ民間人を含め更なる被害が巻き起こっていたことは言うまでもない。だが、そんなことは彼らにとってどうでもよかった。
双方の派閥が求めたのは、アルトゥールの降格、そして左遷。
この流れに第一王子と第二王子は憤慨し、その要求を取り消すように求めたが――当のアルトゥールはそれを甘んじて受け入れた。
もちろん、彼が権力に執着しない人間だったからというのもある。ただそれ以上に、アルトゥール自身が部下の犠牲に対する責任を重く感じていたからでもあった。
結果、これら全ての責任を取る形で、アルトゥールは国の東部へとその身を移した。
王都からはそれなりに離れた地方都市。魔物の数も比較的少ないこの地域では、その分だけ魔物の討伐が必要ない。故に彼は、前線からは一旦退き、騎士の養成施設で教官を務めることとなった。
それは未来の騎士に、自分の技術と信念を叩き込むため。
左遷先とはいえ、アルトゥールの騎士に対する情熱が消えることはなかった。
だからこそ彼は、毎日剣を振り続ける。
◇
「――ってのが、アルトゥールさんがここにいる理由だ。な、すげえ人だろ?」
普段よりもやけに饒舌に、そして熱くアルトゥールについて語るロミル。これほどまでにスラスラと話が出てくるなんて、よほど彼のことが好きなんだろうとレネットは思った。
「へえ、そうなんだ」
「レイン……お前、もっとこう、ないのか? 驚くとかさ」
レネットはときどき相槌を挟みながら、その話を興味深く聞いていた。
だがそんなレネットに対し、ロミルは呆れたような表情をして詰め寄った。
「ええ? びっくりしたよ?」
「いやそうじゃなくてさ、なんというか……『あのアルトゥール教官が、まさかこの国の王子様だったなんて』ってのは無いのかよ!」
「いや……なんかごめん」
レネットの言っていることは嘘じゃない。話を聞いてびっくりしたし、「あのアルトゥール教官が、まさかこの国の王子様だったなんて」と思った。そして「そんなすごい人にまさか出会えるなんて」と今更ながら感動した。
だが……筆頭聖女であった彼女の周囲には、たくさんの権力者が集まっていた。もちろんそこには、ルミナスの王家の人間も含まれていた。
最初から、貴族がどうとか、王族がどうとかに興味がなかったし、それ故に地位の高い人間に対して免疫がある。
そもそも、エクレール王国出身ではないレネットにとって、この「英雄」の話も馴染みの薄いものだ。
あんまりこの話を聞いたところで現実味がない。
つまり、アルトゥールが王族であったとしても、レネットの中での評価が揺らぐことはない。
下がることもなければ、大幅に上がることもない。良くも悪くも、レネットの中での印象は今まで通りである。
――しかしただ一つだけ、レネットは思い出したことがある。
「アルトゥール教官が言ってたのは、あのことだったのか……」
レネットの頭に浮かんだのは、試験が終わった直後に交わした会話。「俺を知らないのか……?」と、レネットに向けて狼狽していたアルトゥールの姿だった。
確かにこれほどの英雄なら、知らない人のほうが少ないはずだ。隣国から来た人間なのだからしょうがないにせよ、その存在を知らないというのは失礼だろう。
(……悪いことしちゃったかも)
もう既に一週間以上経過してしまっているが、今更ちょっぴりと後悔するレネットであった。
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