020 隠し事(1)
レネットは今日も今日とて訓練に励む。
この日からは、訓練用の剣を使った実践練習が始まった。レネットが心待ちにしていた訓練のひとつだ。
見習い騎士同士、一対一で向かい合って戦うというシンプルなものだ。相手の体に当てることができれば勝ち。
「てやっ、てやっ――!!」
目を輝かせながら模擬刀を振るうレネットだったが、その切っ先はすべて弾き返されている。
相手はロミルだが、今のところ三戦三敗。あくまでレネットは男の子だとして振る舞っているが、実際には女の子なのだ。同年代の男の子には、体格も力も負けてしまっているのは当然だろう。
もちろんレネットが身体強化魔法を使えば話は別だが、それでは練習にならない。あくまでレネットは地の力のみで勝負するつもりなのだ。
「レイン……大丈夫か?」
ぜえぜえと肩で息をするレネット。試合を重ね疲労が募る。その全く力のこもっていない剣筋は、本気を出さずとも簡単に受け止めることができた。
いくら訓練だと言っても、こんなにも疲弊している相手を一方的にボコボコにするのも気が引けるものだ。ロミルはあくまでレネットのへなへなの打撃を受け止めるだけで、反撃まではしなかった。
「はぁ……はぁ……――ちょっと! まだ試合中だってば!!」
「お前、教官から言われたこともう忘れたのかよ。一旦休憩だ」
頑なに試合を続けようとするレネットだったが、対するロミルは切り上げるように言った。というか、そもそも訓練にすらなっていない。
初日に倒れてからというもの、気絶とはいかずとも行動不能になってしまい、アシェラ聖女のお世話になることが何度かあった。
また倒れられても困るので、アルトゥール含めた教官達からは「疲れてきたらちゃんと休憩をとれ」と口酸っぱく言われているのだが……レネットがそれを守ろうとする様子はあまりない。
いや……頭の中では分かっているのだが、日々の訓練に前のめりすぎて、疲れてきた頃にはもう手遅れになってしまうのだ。
「………………………………分かった」
「水飲むか?」
「……うん」
本当に渋々と様子で、レネットは持っていた剣を置いた。
自分でもこれ以上戦えないことは分かっていた。分かってはいたけど、周りとの体力差や体格差を埋めるので必死なのだ。
聖女の力は大っぴらに使えない。少しだけなら大丈夫かもしれないが、たくさんの魔力を使うとそれだけ精霊が反応する。それはつまり、レネットが元聖女であることが周囲にバレてしまうリスクになる。
「美味しい」
「そうか、戻ったら続きをやるぞ」
革の水筒から水をごきゅごきゅと喉に流し込む。冷たい感覚が胃の中まで伝っていき、体の火照りを落ち着かせてくれる。
そんなレネットを、ロミルは焦らずに待ってくれていた。ここ最近はお目付け役のような立ち位置になっているような気がしなくもない。
呼吸も落ち着き、すっかり元気になったレネット。
張り切りながら訓練に戻ろうとしたが、突然呼び止められる声がして振り向く。
「レイン、ちょっとこっちへ」
「アルトゥール教官!」
そこにはアルトゥールが立っていた。
今日は彼が担当する訓練は無いはずだ。レネットは疑問に思いながらも、その手招きに応じるようにスタスタと近寄る。
「ロミル、君は訓練に戻ってくれ」
「は、はい!」
「アルトゥール教官、どうかしましたか? 僕も訓練に戻りたいです」
早く訓練に戻りたくて、そわそわするレネット。それに対し、アルトゥールは大きなため息をつき――そして、レネットを壁に押しやるようにして、ドンと壁に片手を付いた。
「えっ……」
いわゆる壁ドンのような形で、アルトゥールはレネットの顔を上から覗き込んだ。その突然の行動に驚いたレネットは後ずさりをするも、すぐ背後に壁があって、これ以上はもう逃げれない。
アルトゥールの顔をまじまじと見つめて、改めて「かっこいいなぁ」と若干現実逃避気味に思うと同時に、笑顔が消え失せたその表情に強い緊張を感じた。色んな意味でドキリとして、心臓の鼓動が急に高鳴る。
「レイン、お前は……何を隠している?」
その声は、普段の明るくて熱血的なものとは大きく違う、低くて冷淡なものだった。
そしてレネットの心臓は更に大きく鳴った。隠していること――それは色々とあるが、どれも言えないことだ。
だって言ってしまったら、騎士をやめさせられるかもしれない。この国にいられない可能性だってある。
レネットにとってここは、せっかく見つけた第二の人生なのだ。そう簡単に諦められるようなものではない。
「えっと……」
レネットは次の言葉を選びつつ、アルトゥールがどういう意図でそれを聞いてきたのかを探ろうとしていた。目をきょろきょろと泳がせながら、頭をフル回転させて。
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