021 隠し事(2)

「普段の訓練ではわざと力を抜いているのか?」

「そ、そんなことないです!」

「なら、試験の時のお前はなんだ? まったくの別人だぞ。双子の兄弟でもいるかのようだ」


 アルトゥールが思い出すのは、初めて二人が出会ったあの試験の日のこと。

 粗削りながらも、アルトゥールを圧倒し、反撃という名のカードを切らせた凄まじい剣技。あの時の重く鋭い衝撃の感覚は、まだ彼の手の中に残っていた。

 それにくらべて、普段のレインはどうだ? 体力もなければ、瞬発力があるわけでもない。おまけに定期的にぶっ倒れる始末。

 やる気があるのは結構だが、到底試験に通過できるようなレベルではないはずだ。


「あの日は必死だったので……」

「火事場の馬鹿力ってやつか。はは、そんな言い訳が俺に通用すると思うか?」

「ひぃ!?」


 顔は笑顔だけど、目は全然笑ってない。

 ぎろりと睨みつけられて、レネットはさらに飛び上がった。逃げようとしたけど、背後にある建物の外壁が相変わらず阻んでいる。


「言ってみろ。お前が隠している秘密はなんだ?」


 追及の手を緩めないアルトゥールに、レネットはごくりと唾を飲んだ。


「……言えません」

「なんだ?」

「言えません、と言いました」


 レネットは、自身の力のことをバラすか隠し通すかを天秤にかけ、後者を選んだ。

 冤罪とはいえ、レネットは母国では罪人扱い。自分を拾ってくれたアルトゥールに、失望されたくなかった。


(身勝手なのは分かってる……でも)


 ずっといつまでも隠し通せる保証なんてない。それでも、レネットは見習い騎士であることを選んだ。

 そんなレネットに対して、アルトゥールは薄ら笑いを浮かべた。


「ほう? 教官相手に隠し事とは、なかなかいい度胸だな」

「す、すいません。でも騎士になりたい気持ちは本当なんです! 僕、頑張ります。たくさん努力して、立派な騎士になってみせます!」


 レネットはそう必死に訴えた。そこに論理があるわけではなく、ただの心待ちの話だ。だがレネットの気持ちは全くもって本物で、それは普段の訓練への向き合い方が証左だった。

 そんな熱意に溢れた弁明に、アルトゥールは呆気にとられた。


「……そうだな。それは見ていると分かる」


 教官目線でも、レネットの頑張りは分かる。普段の一生懸命に訓練に向き合う姿、そして倒れるまで自分を追い込める胆力。それを継続してできる人間は、なかなかいない。自己管理ができないことはそれはそれで問題だが、騎士になる上でそれは些細な問題だろう。


「なあレイン、俺がこの訓練所に来るまでの話は聞いたか?」

「え、あっ、はい。ロミルから聞きました」

「そうか。俺が王族なのも知っているな?」


 レネットはこくりと首を縦に振った。


「その話を聞いてどう思った?」

「命を懸けて戦ったのに、そんな仕打ちは酷いと思います」

「違う」


 アルトゥールは、レネットの言葉を遮るように否定した。


「俺は王族だぞ? どこぞの弱小貴族が決めた処分なんぞ、俺が圧力を掛ければ一発だ。それに、俺の兄上たちも俺を擁護しようとしてくれたんだよ」

「なのに……なぜ」

「俺はそれをすべて断った。甘んじて、すべての罰を受け入れたってわけだ」


 彼は青く澄み渡る、どこまでも広がる空に視線を移していた。


「俺は逃げたんだ。仲間を失ったことの責任と重圧からな」

「……それでも、たくさんの人を救ったことは事実です」

「ああ、そうだな。俺以外の奴らも、みんな同じことを考えて戦っていたさ。

 だが、アイツらにも家族がいて、将来の夢も希望もあったはずだ。もちろん犠牲がゼロというのは不可能だっただろう。ただ、俺が最適な判断をしていれば、その数は一人でも減らせただろうな」


 口ぶりはあっけらかんと吐き捨てるようなものだったが、その声は震えていた。


「どうだ、見る目が変わったか? 俺は部下を死なせて、あまつさえ遠くに逃げてきたクソ野郎だ」

「だ、だとしたらなんで、教官なんてしてるんですか」


 飄々と自嘲的に笑うアルトゥールに、レネットは強い語気で返した。

 教官という立場なのにも関わらず、自分を卑下して言うその根性になんだか腹が立ったのだ。


「俺は、諦めの悪い男なんだよ。お前と一緒だ」


 アルトゥールは、レネットのおでこを指で弾いた。それなりに力が強かったのか、「いてっ」と大げさに声を上げて痛がっている。


「なあレイン、どうしても言えないんだよな? 俺が信用に足る人間でないからか?」

「それは……」

「分かった。隠し事は良くないことだが、お前がそこまで言うなら許そう。その気になったら報告することだな」

「い、いいんですか!?」

「ああ。だがいつかは伝えるんだぞ。約束だ」

「は、はい。ありがとうございます……」


 レネットはぺこりと頭を下げた。

 アルトゥールの頭の中にあるのは、「双子の兄弟の替え玉説」と「変な薬を飲んでドーピング説」の二つ。どちらも不正解だが、実際のところ後者のほうは近い。レネットが身体強化魔法を使えるというのは盲点だったが、それを思いつく人間はこの世にいないだろう。

 そもそもまさかレインが女の子だなんて思いつきもしないだろうが、その事実を知るのはいつになることやら。


「時間を取らせて悪かった。訓練にもどれ」

「はい!」


 そんなことを考えつつ、アルトゥールはレネットを解放した。

 ぱたぱたと足音を立てて、嬉しそうに訓練に戻る様子を見て「悪い子ではないんだよなぁ」なんて思いつつ、その”隠し事”とやらにしばらく思考を巡らせるのであった。

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