033 【Side.ブラッドリー】護衛騎士(1)
穏やかな陽気が広がるこの日、騎士のブラッドリーは物憂げに窓の外を眺めていた。いつもなら騒がしいはずのこの城内も、すっかり静かになってしまったからだ。
胸にぽっかりと空いた穴はとても大きく、簡単に埋められるものではない。
(貴方はどこへ行ってしまわれたのですか)
護衛騎士団の団長として、このような弱気な面は見せるべきではないし、特に護衛対象に対しては必死に隠しているつもりだが、……聖女を目にするたびにそのようなネガティブな気持ちに支配されてしまう。
「……来ましたか、遅かったですね」
パサパサと軽やかな羽音を奏でながら、真っ黒なカラスが飛来する。カラスは足をこちらへ向けたかと思うと、翼を大きく広げてブレーキ。そのままの勢いで、窓枠へと華麗に着地した。
黒鴉――そう呼ばれているのは、ルミナス王国の諜報部隊だ。表立って公表されていない非公式の組織で、様々な地で調査や潜入任務を行う、少数精鋭のスパイ集団。
このカラスというのも、黒鴉のメンバーが送ったものだ。足には金具が取り付けられており、そこに小さく折りたたまれた紙が装着されていた。
ブラッドリーはそれを慎重に取り外す。
ゆっくりと、丁寧に、その紙を開いていくと、中には短い文章が記されていた。ブラッドリーは、その文章を何度も繰り返し反芻するように読んだ。
『対象は、騎士のもとで過ごす。
”女神”も共にあり』
ブラッドリーは安堵した。
この文で記されている「対象」とは、他でもないレネット聖女のことであったからだ。そして彼女とともにいるとされる「女神」とは、エルヴィーラ大精霊のことだ。
(騎士の庇護下にあるということですか。大精霊様と共にいらっしゃるなら、ひとまず安心して良さそうですね)
実際のところ、レネットは「騎士の庇護下にある」のではなく、「騎士として庇護する側にいる」というのが正しいのだが、まあそれは些細な問題だろう。
ブラッドリーは、ほっとため息をついた。肩の荷が下りたような気分だった。
「もし願いが叶うのならば……私は貴方の下で」
――脳裏にこびりつくのは、屈託のない彼女の笑顔。
ブラッドリーは、そんな聖女レネットとの出会いを思い返していた。
◇
先代の筆頭聖女が引退されてから、約半年ほど経った頃。
ブラッドリーは扉の前でごくりと生唾を飲み込んだ。
新たな筆頭聖女が選ばれたとの発表を聞いたのは、昨日の午後のこと。
筆頭聖女の護衛騎士として内々に選抜されていたブラッドリーは、新たな筆頭聖女への面会を控えていた。
最も有力視されていたリディア聖女をおさえ、大精霊に直々に選ばれたという謎の聖女。
出身は驚くことに貧民街。王宮の聖女により、孤児院で
名前をレネットと聞いたが……どのような御姿なのだろうか。
ブラッドリーはドキドキと胸の鼓動を高鳴らせながら、ゆっくりと扉をノックする。
「は~い」
間の抜けた声が聞こえたかと思えば、扉は向こうから勝手に開いた。
「……えっと、あなたは?」
扉の隙間からブラッドリーを見つめる茶髪の少女。まだまだ幼さが残っている、どこにでもいる普通の女の子にしか見えなかった。
ブラッドリーは気づかれない程度の怪訝な視線を送りながらも、ハキハキとした口調で名前を名乗った。
「私は、ブラッドリーと申します。この度、レネット聖女の護衛騎士団長の座を賜りました。本日はそのご挨拶にと……」
「ええと、初めまして。私はレネット、よろしくね」
若干困惑したような表情のレネットだったが、彼女はブラッドリーを招き入れる。対するブラッドリーは、おずおずとした様子で部屋の中へと立ち入った。
ブラッドリーは内心、少しだけ彼女を疑っていた。
服装を除けば、お世辞にも聖女っぽくは見えない上に……どこかやけに世俗的な雰囲気を漂わせている。そんな彼女に、大精霊から選ばれるほどの力があるようには思えなかった。
……もちろんそれは大変に失礼な考えなので、表情には一切出さないように気をつけながら。
「こちらに座ってください」
「いえ、そういうわけには……」
「ふふ、誰も見ていないんだから。大丈夫」
そう言われ周囲を見渡すと、本当にレネット以外には誰もいなかった。
仮にも彼女は筆頭聖女。従者が一人や二人いてもおかしくないはずなのに。
わずかな違和感に困惑しつつも、ブラッドリーはレネットの様子をじっと観察していた。
「お茶でもどう?」
「……頂きましょう」
湯気の溢れるティーポットを既に持っていたレネット。そんな彼女の提案に、ブラッドリーは乗った。護衛騎士という立場ならば、本来この提案は断るべきなのだろうが……こんな小さい子の言葉に、全く耳を傾けないのもどうかと思ったからだ。
言われた通りブラッドリーは椅子に腰掛け、向かいに座るレネットと対面する。机には、ティーカップが二つ並べられていた。
「失礼ながら、あなたが新しい筆頭聖女なんですよね……?」
「そうみたい……だけど、実は私もあんまりピンと来てなくて!
なんか婚約者? っていうのもいるみたいなんだけど、まだ会ったこともないし」
「は、はあ」
頭をぽりぽりと掻くレネットに、またもやブラッドリーは困惑する。大精霊に選ばれるためには凄まじい努力と持ってして生まれた膨大な魔力が必要だというのに、この子からはその片鱗を感じない。
だがそんな彼の浅はかな考えを、レネットは一気に吹き飛ばす。
「ブラッドリー様、膝の調子が悪いんですか?」
「えっと……レネット様、突然いかがしましたか?」
「いや、ちょっとだけ膝が痛そうだなーって。うーん、でも、すごく支障があるわけでもなさそうね……」
ブツブツと真剣になにかを呟くレネット。そんな彼女の言葉に、ブラッドリーは内心驚愕していた。
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