037 練習(1)

 訓練場の隅にある芝生が広がった広場。レネットとアシェラは、そこに座り込んで治療魔法の練習に励んでいた。


「んー……ほとんど出来ているんだけど、魔力操作がちょっとぎこちないというか……」

「こう、かしら?」

「あっ、もっと悪くなりました!」


 レネットの指導は容赦がない。オブラートに包まず、思ったことをそのまま言うから、良い点も悪い点もそのまますべて発してしまうのだ。

 自分自身でも自覚している部分も多く、不甲斐なさからかアシェラはその度に肩を落としていた。


 ちなみに治療魔法の行使には、三つのステップを踏む必要がある。

 一つ目に、精霊に対して呼びかけるという作業。これは、術の行使前に唱える詠唱の前段部分にあたる。

 二つ目に、精霊に対して魔力を送るという作業。術のためのエネルギーを精霊に分け与えるのだ。

 そして三つ目に、精霊に対して術の内容の指示を行う作業。これが詠唱の要であり、精霊との親和性が最も問われる場面だ。


 アシェラは、特にこの二つ目のステップに若干の支障があった。このように魔力の供給が十分でない場合、魔法の効果が下がったり、魔力を無駄に多く消費したり、あるいは治療にかかる時間が伸びたりする。


「……難しいわね」

「ふふ、慣れれば簡単なんです。ほらこうやって――みんなお願い!」


 レネットはお手本にと、横に座るアシェラに対して治療魔法を掛けた。淀みのない、清らかな魔力の流れが体を伝い、精霊たちに分け与えられる。そして魔力を受け取った精霊たちは、ふよふよと空中で跳ね回りながら、アシェラに対して効果を発現させてゆく。


「レイン君……あなた、規格外ね」

「そ、そうですか? 基礎中の基礎なんですが……」

「無自覚……!」


 元々怪我をしていないアシェラを治療したため、実際にはなにも発生しない。だが、その魔力の流れからおおよその効果は推察できる。

 だからこそ、アシェラは驚いたのだ。


「古代語なしで、どうやって魔法を使うっていうのよ……」


 魔法の使用には、古代語の習得が必須だ。それは精霊が古代語を介して魔法を理解するから。これがステップ3の「精霊に対して術の内容の指示を行う」の具体的な方法である。

 だがレネットは、古代語を一切使用しないどころか、ステップ3をスキップしてしまうという荒業をとってみせた。

 もちろん理論上は可能だ。古代語を使用した詠唱はあくまで手段に過ぎず、何らかの方法で精霊たちに意図が伝われば問題はない。


「僕だって、もっと複雑な魔法は古代語を使ったりしますよ? でも、このくらいなら……気持ちが通じ合ってますから」

「そうね、そうよね。――だけど、それが出来たら苦労しないわよ」

「難しく考えすぎですよ。精霊さんたちと仲良くなれば良いんです。そしたら自ずと、やって欲しいことも伝わります。ほら、ツーカーの仲って言うじゃないですか」

「……………………」


 今までの常識が壊される音がして、アシェラはついに思考を諦めた。

 精霊とは敬うべき神聖な存在であり、それと友達になろうなどと考えたこともなかった。だが目の前の無邪気な少年(?)は、そんな固定観念すらも破壊してみせた。


「僕が言いたいのは、もっと自然にってことです!」

「え、ええ、そうね。確か魔力操作の話よね」

「そうです、もっと『じゅわ~』って感じで!」


 教えてもらう人を間違ったかもしれない、と少し後悔をするアシェラだった。

 お分かりの通り、レネットは感覚派だ。これは幼い頃に聖女としての教育を受けていなかったことが要因なのだが、だからこそ無理に言語化しようとすると奇妙な例えになってしまうのだ。

 ルミナスにいる時には、多数の聖女から「教え方が独創的ですね」と言われるほどだったとかなんとか。

 比較的論理派のアシェラと気が合わないのは、当然の結果である。


「も……もう少し、具体的に教えてくれるかしら?」

「えーと、そうですね……アシェラ聖女は魔力操作にばかり意識しすぎているのかもしれません。もっと体の力を抜いて、その先にいる精霊さんたちのことを考えるんです」


 まだまだ抽象的な説明だったが、とはいえ先程より幾分とマシだ。言わんとしていることは、アシェラも何となく理解できた。

 アシェラは、その教えてもらったことを意識するように、今度は深呼吸をした。

 いかにリラックスして自然体で魔法を使えるか、それが重要なのである。体の力を抜き、自分の身体と精霊の存在だけに集中する。


「……レイン君、どう?」

「すごいです、格段と良くなりましたよ! さすが、アシェラ聖女です!」


 試しに発動された魔法は、先程よりも随分と改善されていた。魔力が体でつっかえるようなことがなくなり、流れがより自然になった。結果的に魔力の効率が良くなり、治療の効果を高める結果となっていた。

 まだまだ改善の余地はあるが、この短時間でコツを掴んでしまうなんて。レネットは、アシェラを褒めちぎった。


「そ、そうかしら?」


 慣れない称揚に、顔を赤くするアシェラ。

 平然を装っているが、喜んでいるのは丸わかりだった。もし彼女に犬の尻尾がついていたなら、それはブンブンと高速で揺れていたことだろう。

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