025 野外訓練(2)
森に入ってから数時間が経った。アシェラ聖女を除いて、その全員がまだまだ余裕そうな顔。屋外での行動の仕方や心得、あるいは火起こしや食料探しといったサバイバル術など、教官がその都度講義しつつ、実践的で本格的な指導が行われていた。
レネットは、やっぱりとても楽しそう。
自分の過去の経験と照らし合わせて、以前の護衛騎士が取っていた行動の理由が解き明かされていく。ロープの結び方一つとったってそれぞれ色んな結び方があって、単に物体に固く結びつけるか、柔軟に長さを調整できるかによって、全く違う方法が取られるのだ。
(アルトゥール教官は物知りね……!)
話を聞きながらレネットはしみじみと感心した。アルトゥールは見習いたちからも一際人気があった。当然だ、国の英雄なのだから。
だからこそ、彼の指導中には質問の声も多く上がり、それはもうとても盛り上がる。だがアルトゥールは、そんな数多の質問に卒なく答えることができている。この圧倒的な知識量は彼の長年に渡る経験の賜物なのだろう。
「このミナリス草は便利だぞ。これの汁を塗れば、軽い擦り傷なら半日で治る」
「教官、ミナリス草はどうやって見つければいいんですか?」
「いい質問だな。枯れ木の周りを探すと良いぞ。
こいつは、他の植物の栄養を奪って成長しているんだ。だから周りの植物をじわじわと枯らしていく。枯れ木ってのは、その中でも分かりやすい目印ってわけだな」
「でもこの木は元気そうですよ?」
「そう見えるが、これは死にかけだな。びっしりキノコが表面についているだろう? ここまでくると、この部分だけは枯れているんだ」
レネットは「へぇ~」と言いながら頷いていた。
確かに、ミナリス草が群生していた樹木には、びっしりと白い三日月型のキノコが幹にこびりついている。まだ葉は青々としげっているが、この先は長くないのだろう。
レネットも聖女として治療薬作りは一通りできる。その原料としてポピュラーなミナリス草についても当然知っていたが、森の中での見つけ方までは知らなかった。今までは市場で売られているものを使うか、自分で見つけるときは精霊に場所を聞いていたから、探し方なんて意識することはなかった。
「精霊に頼らずに薬草を探す……凄く騎士っぽい……!」
「レイン、なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない」
今この場にはアシェラ聖女という回復役がいるが、常に聖女が部隊にいるわけでもない。むしろ、危険な場所に行きたがらない者も多いため、聖女が随行しないことのほうが普通だろう。
そんな騎士が万が一負傷した場合でも、薬草の知識があれば助かる可能性が上がる。もちろんきちんと精製しなければ、薬効は高くならないが、それでも無いよりも幾分とマシだ。完全に治療できることはなくても、帰還するだけの体力を作れればいいのだから。
だからこそ、薬草の見分け方や探し方という知識も非常に重要になるというわけだ。
「うわっ」
「…………どうした?」
そんなことを言っていると、顔にわっと精霊が密集してきた。視界が真っ白になり、驚いたレネットは間抜けな声を上げながらジタバタとしていた。自分たちを頼ってほしい、という精霊たちの抗議行動だ。
ロミルはそれを怪訝な様子で見つめていた。彼には精霊の姿はもちろん見えないから、ただ挙動不審ななレインの姿しか映っていなかった。
「ご、ごめん。ちょっと顔に虫が……」
「そうか、大丈夫か?」
そうやって言い訳をするとロミルは気にかけてくれたが、一方の精霊からは更に抗議を受けた。
「ご、ごめん、みんなのことは内緒だから! 本当に思っているわけじゃないの!」
虫扱いされて怒る精霊は、ふよふよと漂いながらレネットに体当たり。もちろん軽く小突く程度の優しいものだったけど、レネットは焦りながら小さな声で弁明した。
戯れる精霊、そしてそれを必死に宥めるレネット。それをやはり怪訝な表情で見つめるロミル。
三者三様のまま森を進む彼らだったが――突然、たくさんいた精霊たちがぶわっと一斉にいなくなった。
「………………?」
ふと足を止めるレネット。
「おいレイン、今度はどうしたんだよ」
「来る」
「……え?」
「何か来るよ」
レネットはその異様さに気づき、そしてそれが只事ではないことを理解した。
そして浮ついた気持ちを一気に冷まし、ひとつの大きな深呼吸。ぴりぴりと震える空気は精霊の持つ感情によるもので、レネットだけにしか感じられないもの――いや、アシェラ聖女も少し遅れてそれに気づいたようだ。
「教官――!」
アシェラ聖女が叫んだが、少し遅かったようだ。
ガシャガシャと枝をなぎ倒す音が迫り、それはやがて見習い騎士たちの元へと到達する。
大きな大きな影が、木々の隙間から現れた。
それは、人間よりも一回りも蓋回りも大きい鹿型の四足歩行の魔物であった。
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