023 野外訓練(1)

 今日は初めての野外訓練だ。

 騎士の主な仕事は、魔物の討伐。この辺りは魔物の絶対数は少ないとはいえ、当然いることにはいる。彼らが人に危害を与えることもあり得るため、生息地内での身の振る舞いは身につけておかなければならない。


 レネットたちがやって来ているのは、訓練場から歩いて一時間ほどの近場にある森林地帯だ。

 ここにいるのは見習い騎士全員ではなく、その中の十人程度だけ。それに教官二人とアシェラ聖女を加えた計十数名がこの場にいる。大所帯になると万が一のときに対処がしづらくなるため、このように幾つかのグループごとに日を分けて訓練が実施されるのだ。


「レイン……楽しそうだな……」

「ふふふ、そうかな?」


 自覚はないようだが、レネットはものすごくご機嫌だった。歩き方がほとんどスキップになっている。

 今まで基礎訓練ばかりで、このような実践的な訓練は初めて。露骨に浮かれているのはレネットだけだが、それ以外の者も内心では同じ気持ちだろう。


(植生も似ているし、魔物の生息地域も被っているみたい。私の知識が活かせそう!)


 きょろきょろとしながら、周辺の植物を観察するレネット。事前に調べた限りでは、ルミナス王国に接しているこの地域は生態系がそこまで変わらない。

 聖女だったころは、頻繁に魔物の討伐に向かっていた。どのような植物が薬草になるのか、どのような魔物が生息しているのか、それらは非常に重要な情報だったから一通り勉強していたのだ。その知識が未だに役立つなら、それに越したことはないだろう。


「みんな、一時休憩だ!」

「「「はい!」」」


 アルトゥールがそう呼びかけ、一同の歩みが止まる。まだ出発してから一時間ほどの頃だった。


「思ったより大変だね」

「だな」


 水を少しだけ飲んで、喉を潤わせる。舗装されていない柔らかな地面は、思ったよりも歩くのが大変だ。足元を持っていかれないよう常にバランスを取りながら、ガタガタの地面を踏みしめる。これに慣れていないと無駄に体力を消耗してしまう。

 アルトゥールがこの短時間で休憩を取ったのも、見習い騎士たちのことを考えてのことだ。


 とはいえ、基礎訓練を積み重ねてきた彼らには、まだ体力には余裕がある。レネットでさえ今のところ全然元気だ。朝のランニングの成果だろう。

 だがそんな中でたった一人だけ、辛そうに顔を歪めている人物がいた。


「アシェラ聖女、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ……」


 岩場に腰を掛け、自分で自分の足を揉んでいるアシェラ。思わず声を掛けたレネットに対しそう答えるも、その実全く大丈夫ではなかった。

 その理由は、圧倒的な運動不足。普段アシェラは、教会か訓練場で勉強やら仕事をしている。常に机に向かっているため、外に出る気も、それをするための時間もない。

 それにそもそも、屋外訓練への随伴は今までに数回しか経験がない。レネットとは違いこのような自然の中での活動に対する知識がないため、どのようにすればいいのか分からないのだ。


 回復魔法を使えばどうにかなるだろうが、それは一時的なものだ。そもそも疲れやすいのが問題だから、どうせまたすぐに疲労するのは目に見えている。


 アシェラがこの場にいる理由は、緊急事態に備えて騎士に治療を施すため。急病や怪我など、考えられる事故は様々だが、実際どんなことが起こるのかは分からない。

 魔力の量も限られているから、ある程度の治療魔法が使える余地は残しておかなければならない。魔力の量は有限だ。


 だがそんな「聖女」が自分ばかりに回復していたらどうだろうか。万が一のときに治療が出来ない可能性があるし、それでは聖女としての示しがつかない。


(疲れているところを見せるなんて、聖女失格ね……)


 そもそも「聖女」とは、人々を癒やす存在でなければならない。そのような立場として、他人に疲れを見せるというのは好ましくない。

 アシェラは誰にもバレないように、こっそりとため息をついた。


 そんな彼女に対して、レネットが続けて話しかける。


「あの、これ……使ってください」


 おもむろにズボンのポケットをガサゴソと漁るレネット。そこから出てきたのは、一本の植物だった。


「レイン君……これは、何?」

「プリアの実ですよ。疲れに効く果物です!」


 ポケットから出てきたのは、爪の先くらいのサイズの果実。まだ熟していないため緑色だが、これでも問題はない。渋い味がすることを除いては。


「えーと……遠慮しておくわ」

「そうですか? 欲しくなったら言ってくださいね?」

「ええ……そうね、ありがとう」 


 実際のところ、プリアの実は疲労回復効果がある。

 アシェラもこのことは知っていたが、なにせレインのポケットでほかほかに温められた実だったから、どうも食べる気にはならなかった。

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