続・今年はよろしく

平 遊

第1話 波乱のバレンタイン 1/8

「お兄、おはよう!ハッピーバレンタイン♪」


 寝起きがあまり良くない千恵ちえが、珍しくニコニコしながら俺に小さな包みを差し出してきた。

 千恵は俺の2歳下の妹だ。

 いつも寝起きはボーっとしている。


 寝起きのボーっとした顔も可愛いけど、やっぱりニコニコ笑っている顔の方が可愛いな。

 目の下のクマが、少し気にはなるけど、寝不足か?大丈夫か?


 そんなことを思いながら差し出された包みを受け取る。

 明らかに、手作り感満載のラッピング。

 そういや昨日の夜、リビングから甘い匂いがしていたっけ。

 きっと一生懸命、コレを作ってたんだな。

 誰か好きな人でもいるんだろう。

 ちょっとモヤッとするけど、仕方ない。兄として妹の恋路を応援してやろうじゃないか。


「ありがとな、千恵」


 さっき朝食のトーストを食べたばかりだったけど、せっかくだからと包みを開けて、中から出て来た丸いチョコレートを口に入れると、フワリと口の中でほろ苦い甘さのチョコが溶けて、幸せ気分が広がった。


 うん。

 朝からチョコレートも悪くない。

 しかも、千恵が一生懸命作ったチョコレートなら、全然アリだ!


「旨いっ!コレ旨いよ千恵!すげーな、お前」

「ほんとっ⁉」

「うん!こんなに美味く作ったんだから、頑張って本命に渡せよ?」

「やだなぁもうお兄ったら。これは友達にあげるの!」


 千恵は真っ赤になってフルフルと首を振っている。


 別に恥ずかしがることでもないだろうに、好きな人がいたって。

 ……兄としては、少しホッとしたところではあるが。これはとりあえず黙っておこう。


「はいはい、友達に、ね」

「ホントだよ?ホントに友達にあげるんだよ⁉」

「はいはい」

「お兄のバカっ!もうっ、行ってきます!」


 俺の肩あたりをバシバシと二度ほど叩くと、千恵は鞄を掴んで走ってリビングから出て行った。

 いつもは俺と一緒に家を出たがるのに、ほんと、可愛いヤツ。


 ふと視線を感じて振り向けば、そんな俺達の様子を、父さんと母さんが生ぬるい目で見守っていたようだ。


 いや、そんな目で見るなよ。

 俺、何にも変なこと言ってないぞ?

 ただの仲のいい兄妹の朝の光景じゃないか。

 まぁ、普通の朝じゃなくて、バレンタインの朝、ではあるけれども。


 抗議の声を上げようとすると、父さんがフイッと目を逸らした。その横顔が少し寂しそうな気がする。


 そういや千恵のやつ、父さんにチョコ渡したのか?


 父さんの周りを見てみても、チョコの包みらしきものは見当たらない。

 俺が言うのもなんだが、千恵は昔から俺の事が大好きだ。「お兄ちゃんなんて大嫌い!」なんて、ただの一度も言われた事はない。だけど、「お父さんなんて大嫌い!」と言っているのは、度々耳にした事がある。


 思春期だから仕方ないかもしれないけど、それじゃあ父さんが可哀想すぎやしないか?千恵……


 千恵から貰ったチョコの残りを素早く口の中に入れ、包みをそっとゴミ箱の中に押し込んで、俺は鞄を手に取る。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 帰ってきたのは、母さんからの言葉だけだった。


 ……父さんのショックは意外と大きいようだ。

 帰ってから千恵に言わないとな。まだ、チョコ残ってればいいけど。

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