第14話 灯ちゃん vs 明恵 ROUND1

「……たなら、なんで言わないのよっ!」

「は?」


 料理部は、いつも家庭科実習室で活動をしている。

 家庭科実習室を抜けた先に、各文系部の古い資料や道具などがしまわれている倉庫がある。

 滅多に足は運ばないのだが、その日俺は先輩に頼まれて、帰りがけに倉庫に古書を探しに行くことになった。

 目的の古書を探して帰ろうと思った、その帰り道。

 通りかかった家庭科実習室の中から声が聞こえてきた。部活動の時間はもう終わっているはずだ。

 だけど、この声は……


「ふぅん……わかったわ。さてはあんた、あたしに恥をかかせようって魂胆ね」

「はぁ?」


 口調はいつもとぜんぜん違うけど、これは間違いなく灯ちゃんと、それから明恵だ。

 俺は思わずその場で足を止めて聞き耳を立ててしまった。


 灯ちゃんと明恵は、一体何を喧嘩しているのだろうか?


「違うと思うけ」

「違わないわよっ!彼女がそう言ったんだから!」

「だからそれが」

「あんた自分が何でも知ってると思ってるわけ⁉ふうん……何その自信、ばっかじゃないの?何でもかんでもあんたに話してくれるとでも思ってるわけ?」

「別にそん」

「じゃあなに?彼女でもなんでもないくせに、自分だけは特別だとでも思ってるんだ?」

「……はぁ」


 何やら分からないが、灯ちゃんはかなりお怒りのようだ。

 対して明恵は、最後は諦めとも思えるような、溜息のような『……はぁ』。

 あれが口から出るということは、明恵はもう既に相手への説明を諦めている時だ。俺自身がよくあの『……はぁ』を聞いているのだから、間違いない。

 と、いうことは。

 明恵は灯ちゃんに対して呆れている、ということになるが……一体なにに呆れているのだろうか?


「いいこと?今度は絶対にあんたなんかに負けないからね。見てなさいよっ!」


 声と共に、家庭科実習室のドアが勢いよくバタンと開く。

 俺は慌てて、トカゲみたいに壁にペッタリと貼り付いて何とか存在を隠した。

 灯ちゃんは俺に気づくことなく、足音も荒く遠ざかって行く。


『今度は絶対にあんたなんかに負けないからね』って、灯ちゃんが明恵に何かで負けた事がある、ってことだよな?

 なんだろ、一体……?


 灯ちゃんに気づかれなかったことで、俺はすっかり油断していた。

 壁から体を離し、その壁にもたれて考え込んでいると、突然下から顔を覗き込まれ、俺は大げさではなく仰け反って叫んでしまった。


「おわっ!ななっ、なんだよ明恵っ!驚かすなよっ!」

「なに、してるの?」


 驚く俺に構うことなく、明恵は無表情のまま俺を見る。


「さっきの、聞いてた、とか?」

「いやっ!聞いてない俺は何にも聞いてないっ!」


 慌てて明恵の言葉を否定したものの、俺の嘘はモロバレのようで……


「……はぁ」


 明恵の呆れたような視線が突き刺さる。


「お前、もう帰りかっ?俺ももう帰るんだ。一回教室戻るのか?そうか、じゃあ戻るぞ!」


 明恵の視線から逃れるようにして、俺は教室に向かって歩き出す。

 すると、


「うん」


 小さく返事をした明恵が、俺のすぐ後ろをついてきた。


 本当は、灯ちゃんと何を言い合っていたのか聞きたい。

 でも、盗み聞きしたようで聞きづらい……


 チラリと後ろを振り返ると、『なにか?』とでも言いたげな顔で明恵が俺を見る。


「いやっ、別に……なんか、腹減ったなー」


 ごまかすように言った言葉に、明恵が反応した。


「これ。さっき作った」


 そう言って明恵が差し出したのは、まだ温かさの残るクッキー。


「いいのか?」

「うん」


 ひとつ貰って口の中に入れると、優しい甘さが口いっぱいに広がる。


「美味い!……もうひとつ、いいか?」

「うん」


 心なしか明恵の顔が綻んでいるように見えるのは、気のせいだろうか?


 腹も満たされ、明恵の機嫌も良くなったように見えたところで、結局のところもう俺はさっきの灯ちゃんと明恵の言い合いについてはどうでも良くなり、そのまま明恵と二人で家に帰ったのだった。


 途中、なんだかやたらと視線を感じたのは、気のせいだったに違いない、と思う。

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