第67話 【灯 vs 光希 ROUND4】
「やっぱり、あたしの思ったとおり、明恵はテルちゃんの事なんて振ってないわよ」
「だよなぁ……」
家庭科実習室を出た灯が光希と共に向かったのは、校舎の屋上。
陽が降り注ぎ、気持ちのいい風が吹いているそこでは、吹奏楽部の新入部員と思われる生徒が、先輩から楽器の音の出し方を教わっているようで、あちらこちらからピーピーブーブーと賑やかな音が鳴り響いている。
「ついでだから、明恵には他に好きな人がいることになってるわよって、教えてあげたわ。あたし、優しくない?」
「ん~、どうかな」
「ちょっとなによそれ」
「俺には田内の気持ちは分からねぇし」
「分かったら怖いわよ」
屋上には、転落防止のための柵が設置されている。
その柵に身を預け、光希は綺麗な青空を眺めた。
「しかし、輝良のやつ、なんでそんな勘違いしたんだろうな」
「……それについては、もしかしたらあたしのせいかもしれない」
「え?」
「あたし、言ったのよ明恵に」
「なにを?」
光希の隣に並び、同じように柵に身を預けて、灯は俯いて答える。
「そんだけテルちゃんに四六時中へばりついて何にも気づいてもらえないんなら、少しは離れてみたら? って」
「なるほど」
「まさか、テルちゃんがあそこまでポンコツだとは思わなくて」
「まぁそうだろうな」
「なんなのほんとに、テルちゃんて」
「それ、俺も教えて欲しい」
「っていうか、明恵も大概よね。そんな事になってるってことに、気づいてすらいないんだから」
「まぁ、田内も変わってるからな」
「類友、ね」
「だな」
光希と灯は顔を見合わせ、小さく吹き出す。
「でも、類友ってことは、あんたもポンコツってことよね?」
「あん? なんでそうなる」
「じゃあ、鈍感?」
「おいっ!」
「だって、テルちゃんと仲良しなんでしょ? ずっと」
「輝良はいいヤツだからな。でも俺はポンコツじゃねぇし」
「じゃあ、証明して見せてよ」
「はぁっ?」
「あんたがポンコツでも鈍感でも無いってこと」
勝ち気そうな灯の目が、笑みを湛えて光希を見つめる。
グッと腹に力を込め、心持顎を上げると、光希は灯の目をしっかりと見返しながら言った。
「お前、俺に気があるだろ」
「そういうあんたは、どうなのよ」
「お前はどう思うんだ?」
「そうね、あたしにゾッコン、ってとこかしら?」
「……バカ言うな」
お互いに微笑みを浮かべて見つめ合いながらも、漂う緊張感。
ピーッ!
その緊張感は、一際甲高いクラリネットのリードミスの音によって破られた。
「ふふっ」
「なんだよ?」
「テルちゃんと明恵の話をしてたはずなのにな、って思って」
「確かに」
「でもまぁ、明恵の方はもう元に戻るはずよ。『引いた後はまた、前みたいに押してみなさい』って言ったから」
「そうか」
「だけどそれだけじゃ足りないわね」
「そこは大丈夫だと思うぞ」
「なんで?」
「多分、幸成が上手くやってくれると思う」
「そ」
柵から体を起こし、灯はニッコリと光希に微笑みかける。
「さっすが、大尾く~ん! ス・テ・キ☆」
「だからやめれって、それ……」
呆れたように灯を見ると、光希も柵から身を起こし、灯を置いて歩き始めた。
「や~ん、待って大尾く~ん!」
「おい、いい加減に」
「ねぇ、あたしのことぉ、好き?」
「知らんっ!」
「も~ぅ、照・れ・屋・さんっ♪」
「俺はぶりっ子してないお前が好きなんだっ! ……あっ」
しまった、という顔で口を手で押さえ、光希はその場に立ち止まる。
「ふ~ん?」
灯はニヤニヤしながら、そんな光希の顔を覗き込む。
「好き、なんだ~?」
「ふ……ふんっ」
「大尾くん、頑張れっ♪」
両手で胸の前で小さくガッツポーズを作ると、灯は光希を残し、弾むような足取りで校舎の中へと戻って行った。
「なんだよ、頑張れって。しかもなんで本人に応援されなくちゃいけないんだ?」
わっけわかんねぇ……
ピーッ!
光希の小さな呟きは、再び鳴り響いたクラリネットのリードミスの音によって掻き消された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます