第68話 だけど今更

 気づけばすぐそばに明恵がいる。

 そして、気づいてビビる俺を見て、ニヤッと笑う。

 そんな日常が戻ってきたのは、それからすぐのことだった。


「……違うよ輝良。な、田内もそう思うだろ?」


 俺と話していたはずの光希が、俺のすぐ後ろに話しかける。

 するとそこには、明恵がいたりする。


「のわっ! お前っ! いつからそこに」

「さっき」

「だーかーらっ! だったら声くらい掛けろって」

「大尾君と話し中だったから」

「っ……そっか」


 言い返せない俺に、明恵はニヤッと笑う。

 ちょっと悔しいけど、どこか嬉しく思っている俺がいたりする。

 だって、明恵は俺を見ている。幸成ではなくて。光希でもなくて。

 それがものすごく、嬉しいんだ。


 だけど今更、どうすればいいんだ、これ?


「宝達君、この間のこれ……」

「あぁ、ここ難しかったよな。これの解き方は」


 休み時間になると、相変わらず明恵は幸成の席によく来ていたけど、教室に入って来る時と出て行く時には必ず、チラッと俺の方を見る。

 目が合うと、ニッと笑う。

 俺も思わず、ニツと笑ってしまう。


「な~に、アイコンタクトしてんだよ?」

「べっ、別にそんなんじゃ」

「へ~?」


 光希に見つかると揶揄われたりもしたけど、それすらもどこか擽ったいような気持ちのよさがある。


 だけど今更、どうすればいいんだよ、これ?


 明恵をちゃんと見れば見るほど、分かるのは、明恵への俺の気持ちだ。

 ほんと、今更だろ、こんなの。

 今更過ぎて、明恵になんて言えばいいか分からない。

 それに。


 明恵がどうしたいと思っているかは、俺にはやっぱりよく分からなかった。


「だ・い・お・くぅ~ん♪」


 教室の入口から、聞きなれた声が聞こえてきた。灯ちゃんの声だ。

 最近1日に1回は聞くような気がする。


「だーかーらっ! それやめれって言ってんだろーがっ!」

「うふっ、なんのことぉ?」

「お前なぁ……」


 呆れ顔の光希が、灯ちゃんの所へ向かいながらため息をついている。


「ねぇねぇ、大尾くん。ゴールデンウィーク、遊びに行かない?」


 灯ちゃんと光希が、教室の入口で話し始めた。

 そう言えばもうすぐ、ゴールデンウィークだ。


 明恵、どこか行きたいとことか無いのかな。

 明恵とどこかに、出かけられるといいんだけど。

 そうだ。誘ってみようか。

 ……でも、どこに?


 幸成と真剣な顔で話し込んでいる明恵を眺めながらそんな事を思っていると、光希に呼ばれた。


「おい輝良。ちょっと」

「ん?」

「ゴールデンウィーク、暇だろ? ここ行こうぜ」


 輝良が見せてくれたのは、灯ちゃんのスマホだ。画面には、台湾グルメのイベントが表示されている。


「幸成にも声かけるから、輝良は田内誘えよ。あ、千恵ちゃんもな。俺は佳希に声かけとくから」

「あ、うん」


 光希、神!


 何気ない風を装いながらも、心の中で光希に感謝をする。

 幸成との話が終わったのか、教室から出て行こうとしている明恵を、俺は急いで捕まえた。


「明恵!」

「なに」


 ごく普通の顔で、明恵は振り返る。


「ゴールデンウィーク、出かけよう」

「え?」


 驚いたように、明恵が目を見開く。


 しまった!

 これじゃあなんだか、2人で出かけるみたいじゃないか!


「いや、あのちがくて! 光希も行くし、幸成も千恵も誘うし! みんなで、だぞ?」


 明恵がいつものスンとした顔に戻る。


「行きたく、ないか?」


 思わずそう聞くと、明恵は何故かジト目で俺を見た。


「鈍感か」

「は?」

「行く」

「そ、そっか」


 安心した俺を置いて、明恵はさっさと自分の教室へと戻ってしまった。


「田内行くって?」

「うん」

「そっか。良かったな」


 光希がニヤニヤしながら俺を見る。


 やめれ、その顔! 恥ずかしいから!


 光希を押しのけて自分の席に戻った俺は、さっきの明恵の事を考えていた。


 なんでだろう?

 なんで俺、明恵にジト目で見られたんだろうか。

 う~ん……わからん!

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