第19話 何かが始まるホワイトデー 1/5
ホワイトデー前夜。
わざわざ俺の部屋に来て念押しする千恵に、俺はつい嘘を吐いてしまった。
「お兄、飴とか金平糖とかマカロンとか、買って無いよね?」
「あぁ、もちろん」
「マドレーヌも、買って無いよね?」
「……も、もちろん!」
やべっ!
マドレーヌも、ダメなやつだったか⁉
千恵がなんとか言ってたのは覚えてたんだけど、フィナンシェとかクッキーとかもう訳わからんし!
とは言え、もう買っちまったしなぁ。それに灯ちゃん、マドレーヌがいいって言ってたし。
ここは敢えて気づかなかったことに。
俺が買ったのはきっとフィナンシェみたいなマドレーヌだ。いやむしろきっとフィナンシェだ。マドレーヌと書いてあっても心はフィナンシェなんだ!なんだこの訳の分からない言い訳はっ!
という訳で、嘘吐きなお兄ちゃんを許してくれ、千恵。
暫く疑わしそうな目で千恵は俺を見ていたが、そのうち納得したのか「んっ!」と自分の使っている可愛いエコバックを貸してくれた。
「これなら帰りは小さく畳んで持って帰って来られるでしょ」
「ありがとな、千恵」
「もし、好きでもない人に言い寄られたら、俺には千恵っていう彼女がいるんだって、言っていいからね?」
「そんな事ある訳」
「言っていいからね?千恵っていう彼女がいるって」
「だから」
「ねっ!」
「……分かった」
了解した訳じゃないけど、ここは了解したことにしておく。
そうしないと、千恵がムスッとした顔のままになるから。
俺が頷いたのを確認すると、ようやく千恵は笑顔になった。
なんだこの可愛い妹は!
こんな可愛いヤツ、周りが放っておくだろうか。いや、放っておく訳がない!
と、言う事は。
ふと思い出して、俺は千恵に言った。
「そういやお前も明日、ホワイトデーのお返し貰うんじゃないか?いいのか?エコバッグ持って行かなくて」
「わっ、私はいいのっ!」
「でも」
「いいんだってばっ!私はお兄みたいにモテないしっ!なんならエコバッグなんてもうひとつ持ってるしっ!」
何やら千恵は急に慌てた様子で顔を赤くしている。
何を慌てているんだ、千恵は。
「お兄。絶対に、雰囲気に流されて付き合ったりしちゃ、ダメだからねっ!お兄は人がいいからすぐ騙されちゃうんだからっ!」
そう言って千恵は、俺の部屋からバタバタと走って出て行った。
え?
今俺、褒められたの?けなされたの?心配してくれているのは、分かったけど。
お兄ちゃん、別に今までだって誰かに騙された事なんて、無いんだけどなぁ?すごく心外だぞ、千恵。
千恵が戻ったであろう隣の部屋に続く壁を見ながら、俺はちょっとだけ憤慨した。
でもまぁ、可愛い妹が俺の心配をしてくれているのは、正直嬉しい。
大丈夫だ。
千恵が思うほど俺はモテないし。なんで千恵がそんな勘違いするのか分からないけど、自慢じゃないが兄ちゃんは今まで誰とも付き合ったこと無いし。残念ながら、今年もまだ彼女はできなさそうだし。だから安心しろ、千恵。
そう思いながら俺は、千恵が貸してくれたエコバッグにホワイトデーのお返しを入れ、ベッドに入った。
自分の思った事に、我ながら少し情けなくなったのは、誰にも内緒だ。
あ~、本当に情けない……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます