第18話 灯ちゃん vs 明恵 ROUND2

 ホワイトデーの前日。

 俺は文芸部の帰りに、先日倉庫から持って来た古書を返すべく、家庭科実習室に面した廊下を歩いていた。

 するとまた、中から声が聞こえて来た。

 やはりそれは、灯ちゃんと明恵の声。


「だってちゃんとこの目で見たのよ、あたしっ!あんたあたしが嘘言ってるとでも言うのっ⁉」


 相変わらず灯ちゃんはお怒りモードのようだ。灯ちゃんと明恵は、仲が悪いのだろうか?

 立ち聞きは良くないという俺の意志に反し、思わずその場で足が止まってしまう。


 仕方ないだろう?

 2人とも俺の知っている人だし。

 喧嘩しているのなら、その訳を知りたいし。仲直りできそうなら、そして俺が出来そうなことなら、手助けしたいし。

 仲は悪いより良い方いいに決まってるからな。


「別に、そんな」

「じゃあなに?あたしが幻を見たとでも?でもあたしにはちゃんと証人がいるの。あたしその時一緒にいた人がいるんだから」


 一体何の話だ?全然話が見えないぞ?


「でもそれは…………」


 急に明恵の声が小さくなった。ボソボソとした声だけは聞こえてくるけれど、何を話しているのかが全然聞き取れない。

 そっと、扉の隙間に耳を押し当てたとたん。


「えーっ!」


 急に灯ちゃんの大声が聞こえて、俺は慌てて耳を離した。

 ちょっと、耳の奥がキンキンしている。


 なんだなんだ?

 明恵は灯ちゃんに何を言ったんだ?


「なにそれっ!それって…………ってこと?」


 と、灯ちゃんの声が急に小さくなり、肝心なところだけ聞き取ることができなかった。

 う~ん、立ち聞きって難しいな。


「そこまででは」

「まぁいいわ。確かに言われてみれば納得。ていうか知ってたなら早く教えなさいよね」

「私は言おうと」

「でもなに?敵に塩を送るとか、どんだけ余裕こいてるのよ?ほんと、あんたって良くわからない人ね。昔は小さいくせによく揶揄われてビービー泣いて目障りだったけど、今は今で地味で目立たないのに目障りだし。なんなの?」


 ……これほんとに灯ちゃん?なんか、怖っ!こんな子には見えないんだけどなぁ、普段は。


「でも、悪いけどあたし、絶対に今回という今回はあんたなんかに譲らないわよ」

「私だって」

「へ~?あんたがあたしに勝てるとでも?その自信、どこから湧いて出てくるの?ほんと、面白い人ね」

「違う、信じてるだけ」

「何を?絆?愛?やだ~、あんた中二病?ばっかじゃないの」


 キャハハッ、という高笑いと共に、勢いよく家庭科実習室の扉が開く。

 俺はまたも慌てて、トカゲみたいに壁にペッタリと貼り付いて何とか存在を隠した。


 それにしても、すごいな灯ちゃん。

 なんだろう……あれはもはやもう別人のような変わりようというか……


 今度は明恵に見つからないように、急いで倉庫へ古書を返しに行く。


 にしても、明恵も今回は負けてはいなかったな。最後まで言い返していたし。

 でも信じるって何を?絆?愛?

 別に俺はそれを中二病とは思わないけど。


「明恵がそこまで強く信じているものってなんだろうな」


 倉庫に古書をしまってから一旦教室に戻ろうと廊下を歩いていると、途中の階段から幸成が降りて来た。


「よう、輝良。今帰りか?」

「うん」

「田内も一緒か」

「はっ?……おわっ!お前っ、いつからいたんだっ⁉」


 幸成の視線を追った先、俺のすぐ後ろには、いつの間にか明恵がいた。

 ビビって仰け反る俺を見て、明恵はニヤッと笑って言う。


「さっき」

「だーかーらっ!声掛けろって、いつも言ってんだろ!」

「考え事、してたみたいだったから」

「えっ?」

「なんか、独り言言ってた」

「……マジ?」


 慌てて口を手で押さえても、時すでに遅し。


 やばい。

 また立ち聞きしてたの、明恵にバレた。


 途中まで幸成と3人で帰り、幸成と別れてすぐに明恵は言った。


「また聞いてた?」

「ん~?何を~?」


 バレてはいると思うが、とりあえずすっとぼけてみる。


「下手か」


 ボソリと呟いた明恵の言葉が、突き刺さる。


 どうせ俺はごまかしが下手ですよっ!ふんっ!


「知りたい?」

「ん?」

「私が信じてるもの」


 明恵が急に核心を突いてくるものだから、頭が付いて行けない。

 俺は呆けた顔をして「ほぇ?」なんて口にしてしまった。

 そんな俺を見て、明恵はまたニヤッと笑って言った。


「まだ、教えない」


 なんだよ!

 だったら、言うなよっ!


 そこはちょうど、俺の家の前。

 明恵の家は、そのちょっと先。


「じゃあね」


 スンとした顔に戻って、明恵はそのままスタスタと家に向かって歩き出す。

 俺はモヤモヤした気持ちのまま、そんな明恵の姿を見送ったのだった。

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