第2話 波乱のバレンタイン 2/8

 俺、辻輝良つじてるよし。高校1年。

 彼女いない歴=年齢の俺、ではあるけれど、昔からバレンタインの日は何故かいくつもチョコを貰う。

 彼女はいないけど、友達は多いからかな。

 だから、バレンタインから暫くの間、甘いものに困る事は無い。

 俺は甘いものが大好きだ。だから、バレンタインにチョコを貰えるのは素直に嬉しい。

 欲を言えば、俺の好きなスイーツは別にあるんだけど。

 でも、そんなのバレンタインにくれる人なんて、いないからな。


「よっ、輝良、おはよっ」


 家を出て暫く歩いていると、途中の十字路で同じクラスの大尾光希だいおこうきが横の道から現れた。

 待ち合わせている訳ではないが、この時間は大抵、光希と一緒になる。


「あぁ、おは」

「よっ、田内たうちも、おはよ」


 俺が挨拶をし終わる前に、光希は俺の後ろにも声を掛ける。


「おはよう、大尾君」


 聞こえてきたのは、明恵あきえの声。

 見ればいつものごとく、いつの間にか明恵が俺のすぐ後ろを涼しい顔をして歩いている。


「おわっ!だからお前っ、そんな近くにいんなら声くらい掛けろって、いつも言ってんだろっ!」


 言いたかないが、俺はビビリだ。臆病な訳ではない。ただのビビリだ。

 知らない間にすぐ後ろを誰かに歩かれていると、本当にビビる。

 それを知ってか知らずか、明恵はいつだって俺が気づかない内にすぐ後ろやそばにいて、俺がビビるのを見てニヤッと笑うのだ。


 田内明恵たうちあきえ

 俺の家の隣の家に住んでいる、いわば俺の幼馴染。

 保育園から高校にいたる現在まで同じ学校(まさか高校まで同じとは思わなかったが)。そして今はクラスまで同じながら、最近ではたいして喋るわけでもなく、でも気づくとすぐそばにいたりして、たまにビビる。いや、結構ビビる。

 そして、ビビった俺を見て、明恵はニヤッと笑っていたりする。

 保育園の時の明恵は、周りよりも一回りくらい体が小さくて、よく揶揄からかわれては泣いていたっけ。

 それが今じゃ、こんな訳の分からないヤツになっちまって。


 ストーカーか!?

 明恵は俺のストーカーなのか!?


 そんな事を考えた事も、実はほんの少しあった。

 だけど、理由が分からない。だから、却下した。

 でも、じゃあなんで?

 なんで明恵は、いつも俺の近くにいるんだろう?

 ただ俺の近くにいるだけで、何が楽しいんだろうか?


 楽天的で割と悩みはない俺だったけど、明恵はそんな俺の唯一と言っていいほどの悩みのタネだった。

 そして今年は、年の初めの元日から、その悩みのタネが大きく育ってしまう事件が起こった。

 事件、というと大げさかもしれないけれど、俺にとっては事件と言っても過言ではない。


『今年よろしく』


 今年の元日。図らずも、2人で行く形になった初詣。

 その帰りに、明恵は確かにそう、俺に言ったのだ。ニヤッと笑って。


 なんで今年に限って【も】じゃないんだ?毎年【も】だっただろ?

【は】って、なんだ⁉なんなんだ、一体⁉


 聞きたかったけど、聞けなかった。

 なんだか怖くて。


「そういや輝良、今年も貰ったのか?」


 元日の事件を思い出してフルフルと頭を振っている俺に、光希がのんびりした声を掛けてくる。


「え?」

「チョコレートだよ、千恵ちゃんから。今日バレンタインだろ?お前毎年、千恵ちゃんからチョコ貰ってるって言ってたじゃないか」

「あ、あぁ」

「でもさすがにもう、千恵ちゃんも兄貴にチョコなんて渡さないか」

「いや、貰ったよ」

「そうだよな、いくらなんでももう、中2だもんなぁ?兄貴よりも好きな男にあげるだろうしなぁ」

「いや、だから貰ったって」

「え?」

「で、食って来た。今年は千恵のやつ手作りしたみたいでさ。めっちゃ旨かった」

「……マジで?」

「うん。頑張って本命に渡せよ?って言ったんだけど、友達にあげるんだー!とか言ってたな」

「……千恵ちゃん、いい子過ぎ」

「だな」


 光希の言葉に、俺は大きく頷いた。


 ……シスコンと言われようと何と言われようと構うもんか。

 千恵は本当にいい子なんだから。

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