第73話 これはデートだ! 5/6

「明恵、ごめん、お待たせ!」

「あ、胡椒餅フージャオビン!」


 ボーっと、脇を眺めていた明恵の顔が、パッと綻ぶ。

 明恵が眺めていた先にいたのは、小さな子供の集団。

 集団に置いて行かれかけて泣き出した女の子を、先を歩いていた1人の男の子が戻って迎えに行き、手を繋いで歩いて行った。


「なんか、輝良みたい」

「え?」

「あの男の子」

「そうかぁ?」

「おいしい、胡椒餅!」

「どれ……うん、うまっ!」


 胡椒餅を頬張る明恵は、とても幸せそうな顔をして笑っている。

 その笑顔に、俺の心も弾んだ。


「あの頃輝良は、私のヒーローだった」


 明恵の視線はまた、さっきの男の子に向けられていた。

 もうだいぶ遠くへ行ってしまったけれども、その手は女の子の手をしっかりと握ったままだ。

 集団から少しだけ後ろを歩いているのは、女の子の歩くスピードに合わせてあげているからだろう。


「俺が? ヒーロー?」

「うん」

「なんで?」

「いつも、私を助けてくれたから」

「だっけ?」

「うん」


 確かに、保育園の時の明恵は、周りよりも一回りくらい体が小さくて、よく揶揄われては泣いていた。

 その記憶はあるけど。

 俺、明恵のことそんなに助けてたっけ?

 でも、そうだとしても、だ。


「大げさだな、ヒーローなんて」


 照れ隠し半分でそう言う俺に、明恵はニヤッと笑って言った。


「……今はそう思う」

「なんだそれ」

「だって」

「なんだよ?」

「鈍感だし」

「は?」

「違った」

「うん」

「超鈍感だし」

「はぁっ?」

「ポンコツだし」

「なんだとっ」

「ふふっ」


 随分な言われようだな、とは思ったけど、それでも明恵が楽しそうに笑っているから、まぁいっか、なんて思ってしまう。

 だから思い切って聞いてみた。


「いいのか?」

「なにが?」

「そんな、超鈍感でポンコツな俺と、デートなんかして」


 明恵が胡椒餅にかぶりついたまま、目をまん丸に見開いて俺を見る。

 そしてそのまま、モグモグと胡椒餅を食べ進めている。


 つーか、そこで黙るなよ!

 なんとか言ってくれよ、頼むから!


 目をパチクリしながらも、黙ったまま胡椒餅を食べ終えた明恵は、ようやく言った。


「うん」


 それだけかーいっ!


 敢えてツッコミは心の中だけにして、俺も胡椒餅を食べる。


「それは良かった」


 それからだいぶ暫くして、明恵は言った。


「楽しい」


 明恵は心から楽しそうに笑って、俺を見ていた。


「それは良かった」


 ほんと、良かった。俺も楽しいよ。

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