第16話 お返しを買いに行っただけなのに 2/3

 あ……あれってまさか……千恵っ⁉


 離れた場所に、俺は千恵の姿を発見してしまった。俄かに心臓がドキドキし始める。

 いやいや、いくら俺だって、千恵の姿を発見しただけでこんなに動揺はしない。

 俺が動揺してしまったのは、千恵のすぐそばに男の姿があったからだ。

 おそらく千恵と同じくらいの年だろうと思う。俺の位置からは斜め後ろからだから、残念ながら顔は見えない。


 いったいどんなヤツなんだ?

 ていうか、ちかっ!

 千恵との距離、近すぎやしないかっ⁉

 もしかしてアイツが、千恵の好きな人なのかっ⁉


 少しだけ、ほんの少しだけ、ソイツを確かめようとしてしまった。だけど、すんでの所で踏み止まった。


 いかんいかん。これじゃあただの変態兄貴じゃないか。幸成と光希に見つかったらまた揶揄われる。

 千恵だって、嫌がるに決まっている。

 言われてみれば千恵は、今日は誰とどこに行くのかを曖昧にしたまま出かけて行った。いつもなら俺が聞かずとも教えてくれるのに。と、言う事は、だ。俺にはあまり言いたくない相手なのだろう。もしかしたら恥ずかしいのかもしれない。照れ屋か?照れてるのか?相変わらず可愛いヤツ。

 でも、幸成と光希に揶揄われるのはともかくとして、千恵に嫌われるのはイヤだ。


 俺は後ろ髪をひかれながらも、千恵のいる方に背を向けて歩き出した。



 俺の今日のミッションは、ホワイトデーのお返しを買うことだ。

 千恵と明恵に渡すマカロンは近所のパティスリーで予約済みだ。当日の引き渡しになっている。

 だから、それ以外の人に渡すお返しを買わなければいけない。

 なぁに、簡単な事だ。こんなミッション、子供でも簡単にクリアできる。


 千恵、なんて言ってたっけ……飴と金平糖とマカロンがダメなのは覚えてる。あとはマドレーヌとフィナンシェとクッキーがなんとか言ってた気がしたんだけど……

 ま、いっか。飴と金平糖とマカロン以外なら。

 大した事ないだろう。だいたい、そんな意味まで考えて受け取る女子なんていないだろうしな。


 催事場をブラブラと歩き回りながら、俺はお返しのお菓子を見定めていた。

 催事場にはより取り見取りにたくさんのお店が出店している。本当に、選び放題。だが俺にも予算の都合というものがある。


 でも、せっかくだから、どうせなら美味しいお菓子をお返ししたい。

 女子に渡すお菓子なら、そこに『可愛い』や『キレイ』も加わった方がいいんだろう、きっと。


 そう考えて決めきれず、やはり遅くなってもいいから千恵に来てもらうべきだったかもしれない、なんて思いながら迷いに迷っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「あたしだったら、マドレーヌがいいな~。すっっっごく、美味しそうだし~」


 こっ……この声とこの喋り方は……


 そっと後ろを見てみると、やはりそこにいたのは灯ちゃん。

 だけど、灯ちゃんはひとりでいたのではなく、隣にいる背の高い男に寄り添うように、というよりは甘えるようにくっついて立っていた。


「でも~、しょうちゃんはもうオトナなんだから~、お菓子のお返しだけじゃ、足りないよ~?」


 そう言って、ニッコリと笑いながら隣の男の顔を覗き込むように見上げている灯ちゃん。その姿は、可愛くおねだりしているようにも見える。

 その灯ちゃんを、優しそうな笑顔で見つめながら頷く男。


 あれはきっと、灯ちゃんの彼氏だ。

 間違いない。


 知ってる人のデート現場なんて、いきなり遭遇するとドキドキしてしまうものだ。

 またもや俺の心臓はドキドキし始めた。


 なんだよ。

 こんな事なら本当に、近所のショッピングモールに行けば良かった。

 でもいいなぁ……俺も彼女と一緒に買い物とかしてみたいぞ……


 そんな事を思いながら、俺は灯ちゃん用にと、灯ちゃんが見ていた店とは違うところでマドレーヌをひとつ購入。

 だって灯ちゃん、マドレーヌがいいって言ってたし。どうせなら、その人が食べたいものをあげた方がいいし。

 その後も色々と回って、クラスの女子には可愛いくて美味しそうなクッキーを、文芸部の女子にはカラフルでキレイなマシュマロをそれぞれ購入した。


 さて、全部無事ゲットできたし。

 そろそろ帰るか。


 この時の俺は、ミッション無事完了の安堵感で完全に油断していた。

 この催事場に見知った顔が複数いることを、完全に忘れていたのだ。

 そんな油断している俺に、突然声が掛けられた。

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