第6話 波乱のバレンタイン 6/8

 結局俺は今日、放課後までに8人からバレンタインのチョコを貰った。

 大半が普段からよく喋ってる女子だから、義理でくれたんだろう。それか、千恵の言っていた『友チョコ』というやつか。

 でも、毎年くれている明恵からは、貰っていなかった。おまけに、今日に限って明恵は授業が終わるとさっさとひとりで帰ってしまった。いつもなら、いつの間にか俺の背後を取って一緒に帰っているというのに。


 別に、明恵から貰えなかったのがショックだった訳じゃないけど。


 そんな言い訳を自分にしながらも、俺は確実に、どこか寂しさを感じていた。


 幸成も光希も部活に入っている。

 幸成は書道部、光希は写真部。

 俺は一応文芸部。名前こそもっともらしいが、要は好きな漫画や小説なんかを部員同士で勧め合ったり読み漁っているだけの部活。先輩後輩関係も緩くて、出ても出なくても自由。なんともお気楽な部活だ。

 ちなみに明恵は料理部。

 料理部はバレンタインの時期にはチョコレート菓子を作るとか聞いたような気がするけど、明恵も作ったんだろうか?

 ……もう、誰かにあげたんだろうか?


 そんな事を考えながら、今日は部活には顔を出さずに真っすぐ帰ろうと教室を出たところで、1人の女子に捕まった。


「ねえ、今ちょっとだけ時間、ある?」

「俺?あ、うん。あるけど……えっと……」

「あたしの事、分からない?」


 小首を傾げてジッと俺を見る、そのゆる~い感じのフワリとした雰囲気の女子の顔は、見た事があるような気がしたのだが、名前は知らなかった。

 話した事だって、無いはずだ。


「ごめん、顔は見た事あると思うけど、名前は知らない」

「え~、ひっど~い、あたしの事忘れちゃったのぉ?」

「えっ、あっ、ごめん……って、え?忘れ、た?」


 ゆるフワ女子の言葉に、俺は驚いた。

 忘れた、って事は、知ってる、って事?

 えっ……マジで、誰っ⁉


 記憶力を総動員してみたものの、やはり思い出すことができない。


「ごめん、俺……」

「保育園で一緒だった、吉野灯よしのあかりだよ。もう酷いなぁ、テルちゃん。昔はあんなに仲良くしてくれたのに」

「吉野灯……灯ちゃんっ!」


 その名前と俺の呼び方で、ようやく俺は思い出した。

 保育園のアイドルだった吉野灯。灯ちゃん。

 今も可愛らしいが、灯ちゃんは保育園の頃から可愛くて、みんなのアイドルだった女の子だ。

 いつでも灯ちゃんの周りには誰かがいて、そうそう近づけない存在だったのだけど、何故か灯ちゃんは俺の事をテルちゃんと呼んで良く一緒に遊んでくれた。

 俺の事をテルちゃんと呼ぶのなんて灯ちゃんくらいのものだったから、一気に懐かしい記憶が蘇ってくる。


「なんだよ、分かってたならもっと早く声かけてくれれば良かったのに!」

「テルちゃんから声かけてくれるの、待ってたんだよぉ」


 それに、テルちゃんのそばにはいつもあの子がいたから声かけづらくて……


 と、ウルウルとした目で、灯ちゃんは薄っすらを頬を染めて俺を見る。

 さすが保育園のアイドル。そのアイドルっぷりは今も健在のようだ。


 つか、『あの子』ってもしかして、明恵の事か?

 なら別に、気にすること無いと思うんだけどな。明恵だって同じ保育園だったんだから。


「ごめん、全然気づかなくて。でも、灯ちゃんの可愛さは全然変わらないな」

「うふっ、嬉しい!テルちゃんはあの頃よりももっとカッコ良くなったね!」

「そうかぁ?」

「うんっ、うふふ」


 両手で口元を押さえて小さく笑う灯ちゃんの姿は、俺には眩しいくらいに輝いて見えた。

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