第75話 【千恵 and 佳希】 STEP1
「来たっ」
ゴールデンウィークに訪れた、台湾グルメイベント。
タピオカミルクティーを飲みながら、入口を凝視していた千恵が小さく呟く。
隣で一緒にタピオカミルクティーを飲んでいた佳希も、千恵から入口へと視線を移す。
そこには、千恵の兄である輝良と、その幼馴染にして彼女候補の明恵の姿があった。
「なんか明恵ちゃん、嬉しそう」
「お兄さんも嬉しそうに見えるよ?」
「うん、そうだね」
「あれ?」
「ん?」
佳希は千恵の事が好きだ。
既に千恵には気持ちを伝えてあるし、付き合って欲しいとも伝えてある。
けれども、千恵からの返事は『お兄に彼女ができるまではお友達でいて』だった。
そして今でも、『お兄に彼女ができるまでは、私がお兄の彼女なの』と千恵は言う。
よっぽど素敵なお兄さんなんだろうな。
と期待してみれば、実際に顔を合わせた輝良は、それなりにカッコいいし優しそうだし性格も良さそうだけれども、話しを聞く限りでは随分なポンコツのようだと、佳希は思っていた。
それでも。
自分の兄の光希も、自分が好きな千恵も、2人揃って輝良が大好きなようだし、心から輝良を応援している。
あまりにもポンコツが過ぎると、かえって愛おしくて仕方なくなるのかもしれないな。まぁ、実際にいい人であることは間違いなさそうだし。
そんな事を思いながら、佳希は揶揄うように千恵に言った。
「辻さんの彼氏が他の女の人と一緒にいるのに、ヤキモチ焼かないんだ?」
「え? ……あぁ」
もぅ、やだぁ……、とペシペシ佳希の腕を叩きながら、千恵は軽く頬を染める。
「明恵ちゃんはいいの! 私、お兄と明恵ちゃんのこと、応援してるんだから」
「それは、知ってるけど」
なおも佳希の腕をペシペシと叩きながら、千恵は照れ続けている。
そんな千恵を心から可愛いと、佳希は思った。
千恵と佳希は同じ中学ではあるけれども、昨年までは別のクラス。それほど接点がある訳でも無かった。
そんな佳希が千恵に興味を持つきっかけを作ったのは、兄の光希だ。
光希がやたらとベタ褒めする千恵とは、いったいどんな子なんだろうかと。
話してみて、光希が千恵をベタ褒めする理由が、佳希にも分かった。
そして、気づいた時には千恵の事が好きになっていたのだ。
「あっ、お兄たち、あっちに座った!」
そう言うなり、千恵は席を移動し始める。輝良たちがもっと良く見える場所に行くつもりだろう。
とっさに佳希は、その腕を掴んだ。
「えっ? なにっ?」
「辻さん」
「どうしたの、佳希くん?」
千恵は目をまんまるくさせ、キョトンとして佳希を見る。
今日の台湾グルメのイベントに佳希を誘ったのは、兄の光希だ。そして、千恵を誘ったのは、千恵の兄である輝良だ。
けれどもこれには、光希の思惑があった。
最初から、みんなそれぞれ別行動にして、輝良と明恵を2人にさせようというのが狙いだったらしい。
佳希には、千恵と2人で居られる願ってもいないチャンスだ。
だからこそ、佳希は輝良にばかり目を向ける千恵に、不満を抱いていた。ヤキモチを焼いていたと言ってもいいだろう。
「お兄さんばっかりじゃなくて……」
「え?」
「俺の事も、見てくれない、かな」
佳希の口から漏れ出る本音。
「佳希くん……」
力が抜けたように、千恵がストンと佳希の隣に腰を下ろし、顔を俯ける。
「もっ、もちろん、まだ『友達として』で構わないから」
「う、うん」
「俺、今日は、さ。辻さんと2人で楽しめたらいいなって、思ってたから」
「……うん。分かったから」
「ん?」
「手、離して?」
「……あっ! ごめんっ!」
見れば、千恵は耳まで赤くなっている。
「もぉ~、そんな事言われたら、佳希くんの事、まともに見づらくなっちゃうよぉ」
「なんで?」
「だって……」
「ん?」
「なんか、ドキドキしちゃったもん」
「ふうん?」
俯く千恵の顔を下から覗き込みながら、佳希はニヤリと笑った。
「辻さん、俺に浮気しちゃった?」
「えっ?」
「お兄さんの彼女なのに」
「もぅっ! 佳希くんのバカっ!」
勢いよく顔を上げた千恵が、少し強めに佳希の肩をバシバシと叩く。
千恵の攻撃を受けながらふと見ると、前方の人の隙間から、明恵が振り返って微笑ましそうに千恵を見ているのが見えた。
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