第79話 千恵の応援⁉ パート3 2/2

「あのね、私、今日ね」

「うん」

「佳希くんに、ドキッとしちゃったんだ」


 ちょっと、胸がもやっとしたのは、黙っておこう。

 佳希は千恵の事が好きなんだ。

 千恵も佳希が好きで、お互い両想い。

 ドキドキ、良い事じゃないか!

 ここは嫉妬するような器の小さい兄よりも、温かく見守る器の大きい兄でありたい。と、思う。


「なにかあったのか?」

「あのね」


 モジモジと、投げ出した俺の足に右手でクルクルと円を描きながら、千恵は言った。


「私、お兄と明恵ちゃんの事が心配だったから、コッソリ見守ろうと思ってたんだけどね、そうしたら佳希くんがね」

「うん」

「『お兄さんばっかりじゃなくて、俺の事も、見てくれない、かな』って! やだもぅっ!」


 クルクルと円を描いていたはずの千恵の右手が、勢いよく俺の足をベシベシと叩き始める。


「『お兄さんの彼女なのに、俺に浮気しちゃった?』って! もうやだぁ、佳希くんたらっ!」


 えーと、千恵ちゃん? 俺は佳希じゃねぇぞ。

 なんでお兄ちゃん、そんなにベシベシ叩かれなくちゃいけないのかな?

 つーか佳希、ほんとに光希の弟か? そりゃ千恵もドキドキするよなぁ。


 俺の前で照れまくっている千恵は、なんとも可愛らしい。

 そんな千恵を見ているうちに、ふと思った。


 俺に、明恵の事をドキドキさせる事なんて、できるんだろうか。

 あの明恵だぞ?

 いっつも俺のことビビらせては、ニヤッて笑ってる明恵だぞ?

 どうやったら、明恵の事、ドキドキさせられるんだろう?


「私ね、今日もっと、佳希くんの事好きになった」


 ようやく落ち着いた千恵が、照れ臭そうにそんな事を言う。


「そっか」

「だからね」

「ん?」

「お兄も、明恵ちゃんの事、いっぱいドキドキさせないと、だよ!」

「……んなこと言われても、なぁ……」


 正に今、それを考えていたところだよ。


 なんて、言える訳もなくて。

 黙っていると、千恵がずぃっと体を前に進めてきた。


 ちょっ!

 千恵ちゃん、近づき過ぎだからっ!

 俺、これ以上足、開かないって!


 焦る俺に構わず、千恵は熱っぽい目で俺を見つめる。


「『俺の事ちゃんと見て』っていうのは、かなりドキドキすると思うよ? 今度、明恵ちゃんに言ってみたら?」

「つーか、どんなシチュエーションで言うんだよ、そんな事」

「ん~、例えばお兄と明恵ちゃんが2人でいる時に、明恵ちゃんがよそ見した時とか?」

「……なるほど、な」


 明恵に言われて、そのシチュエーションを少しだけ想像してみた。

 ……なんだかちょっと、いやかなり、恥ずかしい気もする。

 けど、明恵をドキドキさせられるんだったら、試してみる価値はある、かも?


「頑張ってね、お兄」


 ニコッと笑うと、千恵は胸の前で可愛らしい両腕ガッツポーズを見せて、俺の部屋から出て行った。

 部屋のドアが閉まると同時に、俺は今日一日の振り返りを再開した。


 明恵は今日俺といて、少しでもドキッとしてくれたんだろうか。


『楽しい』


 そう言って、本当に楽しそうに笑った明恵の笑顔を思い出した俺は、それだけでドキッとしてしまう。


 俺がドキッとしてどうするよ……まったく。

 こんなんで本当に、明恵をドキドキさせることなんて、できるのかなぁ……

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