第23話


 シャビドは地球にたどり着くまでの行程を9割ほど消費し、今は最後のジャンプゲート前のコロニーで休憩をしていた。

 ここまで機械知性体によって運ばれてきたプレイヤー艦はこのコロニーの港湾設備にてブランクブレイン達に引き渡される。つまり、ここから先は生身のプレイヤーが操るマネキン人形達、ブランクブレインの操船で地球に向かう事になった。

 必然的にログインしてきたブランクブレイン達がコロニー内を闊歩している。

 禿げ頭のマネキンが多数歩き回る様は異様な光景であり、元々コロニーの住人達は見慣れぬブランクブレイン達に警戒心を露わにしていた。

 シャビドがお茶をするカフェの中にも数体のブランクブレインがおり、仲間内で何やら話し込んでいた。その内容は身振り手振りを加えたもので、それなりに盛り上がっている。

 シャビドの聴覚には彼らの会話がすべて聞こえており、ゲームのイベントの内容についても少しばかり知る事ができた。

 彼らの話がどこのエロサイトを使っているか、という話題に移行したあたりでシャビドは店を後にする。それから道行くブランクブレインの後を付けて会話を盗み聞いたり、手に持っている端末を盗み見たりしてさらなる情報を集める。

 タオタ報道からの付きまといには対処済みであるため、シャビドの足取りは軽いし気分も晴れやかだ。理由は簡単で、このコロニーに到着する直前に偽ローグドローンにタオタ報道の船舶を襲撃させ、撃沈させたからだ。ちなみに、これに関して先ほどちらりと見たニュースサイトには「近くに居た傭兵に救助を求めたのに無視された。非道なシルバー傭兵シャビド」という見出しで悪口が書かれていた。転んでもタダでは起きないらしい。

 タオタ報道の事務所の座標にジャンプアタックで爆弾ドローンを送りつけてやろうかと本気で考えつつ、シャビドはコロニーの緑地公園に設置されたベンチに腰かけた。

 居住区角の敷地面積的に人口密度が必然的に高まるコロニーであるが、その中でこのような開けた公園スペースは非常に贅沢だ。公園に入るためにはそれなりの額の使用料を払わないといけないのだから、この公園での一休みはカフェでコーヒーを飲むとか、映画を見るなどに並ぶ娯楽要素になっている。

 芝生の生えた地面。綺麗に管理された樹木。緑地公園の上空はスケルトンのドームで全体を覆われており、そこから疑似太陽の光が降り注いでいる。ぽかぽかと陽気で温かく、このまま一眠りできそうな程に心地よい。

 そんな公園内にもブランクブレイン達が車座になって話をしていたり、端末を弄って情報交換をしている様子が伺える。

 シャビドはそんな彼らを遠巻きに眺めつつ、収音機能と聴覚機能などの義体スペックをフル活用して情報を集めていく。


「プレイヤーからエルフって単語がめっちゃ出てくる。次のイベントはエルフと戦う事になるのかな」

『その可能性は高そうですね。ネット上の掲示板にも同じようなことが書かれています』

『エルフ族の船には特殊な推進機や攻撃方法が搭載されているようです。是非捕獲したいですね』

『シールド防御で半分くらいはダメージを押さえられるけれど、結構貫通してくるっぽい』

『シールド防御が破られても、こちらにはアーマー防御もありますし、膨大な電力でアーマーリペアを回せば回復は十分です』

『怖いのは一撃で落とされるくらいのダメージを受けることですね』

『とはいっても、主様の義体についてはそのまま宇宙に放り出されても大丈夫なように作られてますから、たとえ爆発四散してもすぐに回収に向かうだけですけどね』

『主様には爆発四散しないよう、頑張って操船をお願いしたいです』

「善処する。というか、なんで爆発四散する前提で話してるんだ。そんな簡単に落とされたりしないよ。一応シルバー傭兵なんだし」

『張りぼてのシルバーですけどね』

『メッキ塗りですね』


 のんびりとベンチに座りながら、シャビードローン達と和気藹々とした雰囲気で会話をしていたシャビドであるが、そんな空気をぶち壊すように突然辺りに赤色灯が点灯した。

 そして艦内アナウンスが流れ出す。


『園内に武装勢力の侵入がありました。身を守る行動を取ってください。繰り返します。園内に武装勢力の侵入が――』


 朗らかな陽光は遮断され、一気に辺りが暗くなる。床の一部がせり上がり、非常灯の赤や黄色のライトが眩く輝き、非情通路への経路を示した。

 シャビドは一応護身用にと持っていた腰のレーザー銃を手に取る。


『5名ほどのブランクブレイン達がライフル銃を持って接近中です』

『狙いが分かりません。主様狙いなのか、それ以外なのか不明です』

『とりあえず、周りの市民に混じって避難しましょう』


 シャビドも不得意な銃撃戦などしたくもない為、さっさとその場を後にする。一緒の方向に走っていく市民に混じって、ブランクブレインの姿も見受けられた。そのうちの一人が、シャビドを見て何かに気が付いたかのように口を開いた。


「イベントのボスここにいたわ。こんな若い子をターゲットにしなくてもいいのに」


 表情が変わらないマネキン人形から悲壮感の漂う声が聞こえてくる。彼は隣を走る同じブランクブレインに話しかけているようだ。


「いくらNPCとはいえ、人選が悪すぎじゃないか、運営さんよぉ。ムキムキマッチョとか見るからに悪人面してたら何とも思わないのにさ」

「あの子がターゲット? えー。あんな可愛い子を。流石に良心が痛むね」

「こんなところでNPC相手に仕掛けるってことは、レッド認定されても良いくらい報酬が高いんかね」

「どうせ正規ルートのシナリオじゃなくて、お使いイベントのほうでしょ? レッド認定されて後々コロニーで動けなくなるようなリスクを追っ手までやる利点ないと思うけどな」

「ま。なるべく近づかないようにしておこう。流れ弾でも当たったら、義体の修理費で結構な額とられるからな」


 そう言ってブランクブレイン達がシャビドから距離を取った。


「私がターゲット? 何の? なんで狙われてるの?」

『分かりません。こういう時は、傭兵組合に問い合わせると良いと思います』

『シルバーランクにはお困りごとサポートラインという特典があります。今こそ活用すべきです』


 訳も分からぬまま、シャビドは走りながら端末を操作し傭兵組合へと繋げた。


『はいこちら、傭兵組合ゴンリ支店です。シルバーランク、シャビド様。お電話ありがとうございます』

「今、5人の銃を持ったブランクブレインに追われている。自分がなぜ追われているのかも分からない。その原因と最短で自分の船に行けるルートを教えて欲しい」

『ブラブレに追われているんですか!? ちょ、ちょっと待ってくださいね。あ、ルートは先に表示します』


 大層有能な組合職員により、すぐさま端末に船までのルートが表示された。シャビドはそれを視界上にAR表示させ、周りに合わせた走りから、義体の性能を活かした全力疾走へ移行する。

 みしり、と頑丈なはずの床が軋む音が聞こえる。シャビドが走り去った後には、床と靴との摩擦熱によりゴムの焦げた香りが残された。

 園内から脱出し、そのままコロニー内の通りを左、左、右、右、と駆け抜ける。後ろの方から悲鳴や爆発音などが聞こえてくるので、未だに追っ手は掛かっているのだろう。


『シャビド様! 分かりました! どうやらブランクブレイン内でシャビド様の賞金首狩りイベントが開催されているようです!』

「賞金首!? 私そんなことになってたの!?」

『ご存じなかったのですか!? 幾度となく護衛を雇うよう推奨させていただいておりますが!?』

「ごめん。通知は切ってた。全然知らなかった」

『ええ……やっぱりシルバーはちょっとあたおか……。ゴホン。えっと、何とかなりそうですか?』

「もうすぐ船だから、すぐ出航できるように手配できる」

『それは可能です。ただ、おそらく追いかけて来ますよ?』

「船に乗ってれば落とされることは無い。ちなみに、これって反撃しても良いの?」

『はい。すでに対象人物にはレッドアラートが発令されており、コロニー内の治安維持部隊も出動しています。ただ、ブランクブレイン相手では治安維持部隊も分が悪いですね。おそらく突破されてしまうでしょう』

「……役に立たない治安維持部隊だな」

『ブランクブレイン達が規格外なのは今に始まった事ではありませんので』

「ちなみに、私の懸賞金っていくらなの?」

『端数切捨てして560Miskほどですね。分かりやすく言いますと、五億六千万iskです』

「んー。それって高い? 安い?」

『正直な事を申し上げますと、私に賞金首狩りへの参加権があれば、参加してしまうくらい魅力的な額ですね』

「勘弁して……」

『大丈夫です。冗談ですよ。歴代最速でシルバーに上り詰めた完全義体フルメタルを敵に回すような愚はいたしません。まだ結婚もしてないのに、死にたくありませんから』

「それはよかった。また何かあったら頼むよ」

『はい。またのご利用をお待ちしております』


 シャビドはナビに従い港湾施設に入っていく。そして自分のフリゲート艦に飛び乗ると、すぐさまコックピットに座り、座席に備え付けられたソケットを手に取った。


「手動操船で、とか言わないよね?」

『今は非常事態なので細かい事はいいません』

『主様の座標は常に把握してます。危険な状況になれば、すぐさまシャビドジャンプで駆け付けます』

『ブランクブレイン達の通信回線が不明です。シャビドジャンプを彼らの勢力に知られる可能性があります』

「そうならないように、自分で片づけるよ。私だってそれなりに船の操縦にも慣れてきたからね」


 うなじあたりに掛かる髪をかき上げ、その部分につけられたソケットの受け口へ、座席から伸びるコードを繋げる。接続が完了すると同時に、脳内に船の全ての情報が流れ込み、コックピット内の光景が一瞬で様変わりした。

 三百六十度、全ての方向に視野が広がる奇妙な感覚。だがシャビドにとって、この光景は慣れたものであった。シャビードローン達が持つ視野と同じであるからだ。

 入港管理局から緊急就航の承認が降り、シャビドのフリゲート艦はあっと言う間にコロニーから飛び立った。そしてすぐさまジャンプゲート目掛けてワープを開始する。


「お金は随分と余裕があるから、このままジャンプして地球に向かおう」

『追っ手はいまコロニーを出たようです。こちらを追ってきますね』

『こっちの船の方がワープ速度早いから、ジャンプゲートを先に使用できそうだよ』


 シャビードローン達のいうとおり、シャビドがジャンプゲートに到着し、使用料を支払いジャンプを開始するその直前に、追っ手が漸くワープアウトしてきた。

 シャビドはざまぁ、と心の中で思いながら、ジャンプゲートをくぐる。


 そして、遂に念願の太陽系第三惑星地球がある近隣宙域にたどり着いたのだった。


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