第28話

 地球人の度肝を抜くどころか、一部では魂すら抜き取った衝撃の記者会見から数日が経過した。地球人は漸くシャビドという存在が常識的な思考の埒外にある存在だと認識した。各国の政府は報道機関とSNSなどを運営する企業に対して、シャビドに対するすべての発信を削除するように強い圧力をかけた。

 だが上から圧力をかけて押し殺そうとすればするほど、民衆というのは反発をするものであり、シャビドに対する過激な発言は表立ったところでは行われないが、ネット上などでは盛んにやり取りがされている。

 そんな情報をタブレット片手に眺めているシャビドは同じようにタブレットを見ているノージャ・ロゥリーに話しかけた。


 ここは地球の軌道上、ISSの隣に停泊させてもらっているノージャ・ロゥリーの旗艦級艦船の船内だ。


「それで、この騒ぎを収めるためにその義体を捨てる、と」

「そう。ここまでのやり方は穏健派のシャビドという一個人がやったこととして処理する。私は別の義体を用意して、そちらで地球人と交渉を再開する。今度は人体実験大好き派としてな。きっと地球人はシャビドと交渉しておけば良かったと強く後悔するだろうし、抵抗が無駄だと察するだろう」

「やり口が汚いのじゃ」

「いやー。思わずムカついて10億人近くも吹き飛ばしてしまったからな。悪感情が凄まじくて流石にこれ以上あの義体では交渉は無理だろう。それに勿体なかった。次は人体実験の材料にする」

「機械知性体共のペットファーミングにされていた方が地球人には良かったかもしれないのじゃ。頼むからほどほどにするのじゃ」

「絶滅させたりはしないさ。私だって元地球人だ。地球に愛着は有る」

「愛着のある者の行いとは到底思えないのじゃ」


 エルフ族の全勢力をもってしても、すでにシャビードローンの勢力は押さえきれない程になっていた。そのため、ノージャ・ロゥリーはシャビドと友誼を結び、あくまでもお願いという形で地球を守る役目に徹するしかなかった。

 シャビドとしても、自分がこれから住まう地球を滅ぼす気はない。ただ、自分の平穏を邪魔するような不穏分子を放置するほど優しくも無かった。


「それで、次の義体はどんなものにするのじゃ? また地球人に似せた少女にでもするのか?」

「次は思いっきり機械生命体っぽい感じにする。ロボだよ」


 そう言うと、シャビドは「ちょっと行ってくる」と腕に嵌めた”小型シャビドジャンプ装置”を起動し、忽然と姿を消した。

 シャビドが居なくなったことを確認し、ノージャ・ロゥリーは盛大にため息を吐く。


「科学力で転移魔法を再現するのは勘弁してほしいのじゃ。歴史的発見なのじゃ」


 エルフ族が少数ながらも一部族として宇宙にその名を知らしめていたのは、この魔法という特殊技能のおかげである。宇宙人類が科学力で行うワープやジャンプといった事象を魔力という物質を使用して現実に顕現させる。エルフ族が優位たらしめるその技術を、シャビドは数日のうちに科学力で再現してしまった。

 木製近辺での戦闘時にシャビドに取り込まれて保護されていたエルフ族の戦士たちは、シャビドの艦内で血を抜かれたり、謎の液体に満たされたカプセルに放り込まれたりと、散々な目にあってきたそうだ。幸い、事故で数名お亡くなりになったが、大部分は五体満足で帰ってきている。


「はー。どうしたもんかのー、なのじゃ」

「なるようにしかならないよ」

「おわぁっ!?」


 忽然と姿を現した機械人形にノージャ・ロゥリーは慌てて腰の杖を引き抜く。その機械人形がシャビドの髪をひっつかみ、無雑作にぶら下げている様を見て息をのんだ。


「こ、ころしたのか……いや、乗り換えたのかや?」

「そう。こっちは抜け殻になった。捨てるのは勿体ないから、地球人への記者会見の時に有効活用させてもらう」

「た、確かに有効かもしれないのじゃ。だが、道義的には狂っているのじゃ」

「こういうのをマッチポンプっていうんだよ」


 機械人形は鏡面磨きされた楕円形の頭部を持つ二息歩行の機械人形だ。手足の外皮は無く、中身の油圧機構や配線などが丸見えになっている。胴体にあたる部分はスカスカであり背中側が透けて見える。ちょうど人間で言うところの心臓の位置にはまっ黒な球体が紫電を纏わりつかせて浮遊していた。ここが心臓部ですよ、と主張しているようだ。


 その後、いくつかノージャ・ロゥリーとやり取りをしてさらに数日後、シャビドは新しい銀メタルの機械人形で世界中に向けての記者会見を行った。


「こんにちは地球人の皆さん。先日は私の部下が迷惑をおかけしたようだ。亡くなった方にはご冥福をお祈りする」


 そんなあまり悪びれた感じも出さず、銀メタルの機械人形は肉声とも電子声とも言えない音でカメラに語り掛ける。


「こちらのシャビドは私の方で処理させていただいた。この体はお詫びの印として地球人に差し上げる。好きに処分するなり、解剖するなり解析するなり使ってくれたまえ」


 銀メタルシャビドが集まる記者の目の前にシャビドの義体を放り投げた。

 目をかっぴらいたまま、絶望の表情をして動かぬ人形となった少女の姿に記者たちの顔面から血の気が引く。

 だが、そんなのは序の口で、銀メタルシャビドが発言した次の言葉でさらに地球人は絶望することになる。


「そこの者は私の地球統治方針に反対であったため、先行して地球人を従えようとしたようだ。随分と強硬策に出たようで、10億人もの死者をだしてしまった。これを私は大変な損失だと考えている」


 銀メタルシャビドは酷く残念そうな口調で語る。


「10億人もの知的生命体があれば、どれほどの実験が出来ただろうか。老若男女、様々な人種が居たであろう。ああ勿体ない。そういえば、日本国では勿体ない精神が豊富だと報告を聞いていたな。きっと私の感覚は日本人の方とは気が合うのだろう。そう思わないかい、日本の記者殿よ」


 話を振られた日本の記者が青ざめた表情で口をパクパクさせた。だが、意を決したのか、ゆっくりと手を上げて発言をする。


「恐れながら質問させていただきます。シャビド様の上司? であられるあなた様のお名前をお伺いしたいです。また、先ほど発言された実験という言葉の意味についても教えていただきたいです」


 よくやった、と世界中の記者が賞讃をおくるなか、銀メタルシャビドが大げさな身振りでおでこの部分を叩く。


「おっと。私としたことが。挨拶がまだだったな。私の名前はシャビド。そこでくたばったシャビドの上司に当たる存在だ。失礼ながら我々に個体識別名というのはあまり無くてな。シャビードローンの種族の中で義体を保有して活動している者はみなシャビドという名称を使っている」


 銀メタルシャビドが適当にでっち上げた設定を語る。


「実験という言葉の意味であったか。これはもちろん、地球人を使った各種実験である。例えば生命活動を終えるまでどれほどの痛みに耐えられるのかや、薬物耐性はどうか。宇宙人類にとっては致死性の疫病などが地球人にはどう現れるか等を調べる事だ」


 それを聞いて顔色を変えた記者たちが手を上げる。当てられた記者が言葉を選びながら質問をした。


「そ、それは人体実験と言いまして、地球上では厳しく制限されているものだと我々は認識しているのですが、そのあたりはどうお考えでしょうか」


 これに対して、銀メタルシャビドは喜色の声色で答えた。


「もちろん。地球上の法律はある程度理解しています。人体実験も地球上で厳しく取り締まられていることも存じています。ですので、地球外で行いますので問題ありません」


 絶望する記者たち。中継でその様子を見守る地球人も絶望した。

 銀メタルシャビドはさも残念そうに語る。


「この雌義体を用いたシャビドはそんな私の方針に反対だった。人体実験はタブーである。長く苦しめるような責め苦を与える方針は断固拒否する……、そう言って私の知的欲求を満たす妨げをしていた。こいつのせいで10億人もの被検体が消し飛んでしまったことは大変悔やまれる。大きな機会損失だ。ああ勿体ない」


 銀メタルシャビドはそのつるりとした顔面をカメラに向ける。


「とりあえず、死刑囚。無期懲役として服役している者。懲役年数が10年を超えている者は全員、第一回目の人体実験要員として使用する。この実験である程度の結果が出れば、それ以降の被検体は少なくて済むだろう。地球人類にこの提案の拒否権はない。何の罪もない無垢な民を被検体として差し出すよりは、抵抗感はないだろう? ん?」


 それから銀メタルシャビドは一方的に被検体の回収方法を伝え、その場から一瞬で消え失せた。

 残されたのは物言わぬ亡骸となった美少女の義体であるシャビドと、顔面蒼白意気消沈になってしまった地球人。そして今後の追及をどう躱そうかと保身に策略を巡らす日本国首相だった。

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