第37話
シャビドが上機嫌で帰宅する先は、シャビドが地球での生活拠点としているマンションだ。3階建ての3階部分のワンフロアが自宅であり、1階と2階にワンルームの部屋がいくつか賃貸になっているタイプの建物だ。
元のオーナーが反シャビードローン活動に従事し、実験場送りされたため、そのまま日本政府が本物件を摂取した後に、シャビードローンに譲渡された。
この地区は駅からほど近いこともあり、集合住宅が密集している。そのため、小さな公園などもちらほらと作られていた。シャビドの住む家のすぐ近くにも、ブランコと滑り台がある小さな公園がある。いつも帰宅途中に目に入る場所だ。
明るい時間帯なら、子連れの主婦達が集会所代わりにしているが、夕暮れ時ともなると、普段なら人の気配はない。だが、今日はやけに騒々しい声が響いていた。
中学生か、もしくは高校生くらいの男達が集まり、何かを取り囲んで笑っている。シャビドの高機能な聴覚はその笑い声を聞き取り、本能的に嫌悪感を示した。
人間性の薄れた中でも、シャビドがいまだに覚え続けている憎悪の記憶。他人を貶め、見下し、蔑む罵倒の言葉の数々。相手の言葉に聞く耳を持たず、弱者を一方的に貶める見えない暴力。
シャビドが人間を使った様々な実験を思いついてしまった根源とも言える、人間だった時の自身の記憶の片隅から呼び起こされる負の感情。
シャビドはいつもなら素通りする公園に足を踏み入れた。すると、男達の集団がシャビドに気がつき、表情を強張らせる。
「や、やばい。宇宙人だ」
「ちょ、逃げろ! 捕まったら実験体にされる!」
「やめろ! 俺を盾にするな! おいこら!」
男達は蜘蛛の子を散らすように、我先にと公園から逃げていく。あとに残ったのは、地面に体を丸くしてうずくまる、薄汚れた少年だけだった。
突然男達が慌てて逃げていったことを不思議に思ったのか、蹲っていた少年がゆっくりと顔をあげ周囲を見渡す。そこでシャビドと目が合った少年は一瞬ビクッとしたのち、ペコリと会釈してきた。
「あ、あの。助けてくれてありがとうございます。大家さん」
シャビドは「大家さん」と言われて首を傾げ『主人様。一階の角部屋のクズウ家の長男です』というシャビードローンからの補足説明で思い出した。うちのアパートの住人だった。
「助けたつもりはない。帰り道に寄っただけだ」
「そ、そうでしたか。すみません」
土埃を払い立ち上がった少年は小さい。制服は明らかにサイズが合っていないものだし、暴行を加えられる以前からすでにボロボロのように見えた。
「早く家に帰って、消毒しなさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
パッと見た限り大きな怪我はないが、擦り傷や切り傷の数は多そうだった。
シャビドはそれだけ言うと公園を後にする。それから、次に近所であのむかつく笑い声を聞いたら即座に実験体にしてやる、と監視ドローンを公園に潜ませることにした。
その監視ドローンが後を追いかけてくる少年を見つめる。
「あの!大家さん」
少年はシャビドを呼び止めた。
その表情にはかなり悲壮感が漂っている。
「今月の家賃! 少しだけ待ってください! お願いします!」
少年は深々と頭を下げてきた。
『クズウ家は四ヶ月家賃滞納してます。次に滞納したら強制退去と脅してあります』
シャビードローンから補足説明がきた。
四ヶ月も滞納するとかありえん。そもそも、子供にそれを言わせる親に情け容赦をかけるつもりも無い、とシャビドは鼻で笑い、少年の願いを断った。
「親に言いなさい。退去するか、退去させられるか、好きな方を選べ、と」
「お願いします! ほんとは今日払うはずだったんです! さっき、お金を盗られてしまったんです! 本当なんです! お願いします!」
シャビドは少年の言葉にピクリと反応する。
「お金を盗られた? さっき?」
「今日、僕のバイトの給料日だったんです。秘密にしてたんですが、あいつらにバレてて…」
「自分のバイト代を家賃に充ててるの? 親は?」
「親父はパチンコとか競馬ばかりで、お金を渡すと使っちゃうので…。母と妹と弟は半年前から顔を見てません」
「学校は?」
「…学費の入金が無いから、このままだと退学になると言われました。でも、バイトしないと住む場所もなくなりそうなので、働くしかないんです」
シャビドは脳内でシャビードローンに情報の精査を依頼した。そして、数秒後にクズウ家の内情に誰よりも詳しくなった。
『典型的なネグレクトの形態です。親はパチンカスで当たってます。他にも競馬、競輪、裏スロなど。闇金に元本50万。利子650万の借金あり。他に地方銀行に事業失敗による借金が3000万ほどあります。母と妹と弟は新潟の実家に避難中。現在、弁護士を立てて離婚調停の手続き中ですが、難航しているようですね。実家に手を出さないという条件で長男の彼だけがこちらに残されているようです。都合の良いATMにされてますね』
「クズばっかりだな」
「……すみません」
「理由はわかった。今回は待つ」
「ありがとうございます」
「子は親を選べないから」
シャビドはそれだけ告げ、自宅に帰った。
自宅周辺に配置した監視ドローンは少年と、その親が帰宅したことを確認した。そして、いつもなら全く気にもしないことなのだが、たまたまシャビードローンに情報の精査を依頼していたため、少年の部屋は監視ドローンの重点監視地点になっていた。
『クズウ家で乱闘が発生しています』
「ええー? 少年がついにブチギレて親父を殺し始めた?」
『いえ。借金取りが乱入して暴れている様子で、少年が父を守っているようです』
「……めんどくさ」
シャビドは部屋の窓を開け、3階からヒョイっと飛び降りると、音もなく着地する。そして、外まで漏れ聞こえる怒号の元へ歩いていき、玄関扉の前にいるいかつい男に話しかけた。
「ここの大家だ。話がある」
「……ちょっと待ってくだせえ」
いかつい男はこちらの姿を認識すると、焦った表情で扉を開け、中にむけて大声を出す。
「リーダー! 大家が宇宙人だったんですが、どうしますか!」
「なにラノベのタイトルみたいなこと言ってやがる! ボケたか!? それと、宇宙人じゃねぇ! シャビードローン様だボケナス!」
「いや! マジで! 大家が宇宙じ……リーダー来てください!」
しばらく中で汚い言葉が交わされ、ようやく男が現れた。そいつは不機嫌そうなシャビドを見るや、腰を90度折り曲げた見事な礼をする。
「部下が失礼しました! ご用件はなんでしょう!」
そのあまりのキレの良さに、借金取りと思われる面子は呆気に取られたようだ。
「私の家で騒がないで」
「わかりました! すぐ場所を変えます! おい! シャビードローン様が煩いと仰せだ! 撤収するぞ!」
男は一度室内に戻ると、手提げカバンを手にして戻ってきた。それから、スーツのポケットに手を突っ込み、分厚い財布を取り出すと、札束をシャビドに恭しく差し出す。
「うちの客がご迷惑をお掛けしました。滞納分の家賃と延滞金になります」
「え? 取り立ては頼んで無いけど?」
「シャビードローン様のマンションで滞納なんて不敬すぎて許せません。私が立て替えさせていただきます」
払ってくれるならいいや、くらいの気持ちでシャビドはその金を受け取った。正直、金には困ってないが、滞納者に容赦するほど甘くは無い。それに、やり方は別にしても、借金を返さない奴が悪い。
「騒がなければ、好きにやっていい。ガキに働かせて、自分は遊び呆けているクズが、このマンションに住んでいると思うとムカつく」
「わかりました! 客にはしっかりと言い聞かせます。いえ、更生させます!」
足早に撤収していった借金取りを見送り、荒らされた室内に足を踏み込むと、顔面に青あざをつけた少年と、「俺は悪く無い」と憮然とした態度を取る男がいた。
この時点で、シャビドの中にあった人間的な限界値がプッチンした。
「少年。これ以上その男に関わると身を滅ぼすぞ」
「え? ……でも、放っておいたら親父は」
「放っておいても死なないぞ。そいつは少年の母とは別の女を作り、そいつからも金を借りるようなダメな大人だ。少年が見限れば、そいつは女の方に流れるだけさ。何も変わらん」
男が「どうしてそんなことを知ってるんだ!?」とばかりに驚いた顔をしている。
「不倫相手の情報も母親の弁護士宛に送っておいた。証拠付きでな。これで、少年はその男と血の繋がり以外の縁は切れる。少年が赤の他人である男の面倒を見る必要はない」
男が立ち上がり、シャビドに向かって何かを怒鳴り散らしながら拳を振り上げた。それをシャビドは見もせずに避ける。男はひっくり返って、部屋に積まれたゴミ山に突っ込んでいった。
「決断の時だ。このままクズと共に沈むか、手を離し飛び出すか、選べ」
シャビドは迷い顔の少年に向けて、そっと手を伸ばした。
少年はシャビドと、差し出された手を見つめ、そしてゆっくりとその手を取る。
シャビドはふん、と鼻を鳴らし、脳内で先ほどの借金取りに連絡をつけた。
「クズの強制退去が決まった。回収を頼む。金は払う」
『承りました。すぐ戻ります』
男がギャースカ喚いて煩いため、シャビドは男の股間を蹴り飛ばして黙らせ、襟首を掴んで外に放り出す。
横暴だ!裁判だ!暴行罪だ!と喚く男を無視し、シャビドは少年の背を押して、3階の自宅行きエレベーターに押し込んだ。
「顔認証の登録は今やった。これで部屋に入れる。先に風呂に入って待ってろ」
少年が何やら顔を赤くしてコクコク頷く。
何やら勘違いをさせてしまった少年を見送り、シャビドは男と対峙する。男は携帯を取り出し、警察に電話をはじめたが、その電波はシャビドによって妨害されているため繋がらない。
「貴様が最初からクズなのか、それとも紆余曲折あった後にクズになったのかは知らんが、貴様を見ていると私が不愉快になる。これが退去理由だ。失せろ」
男がさらに喚くが、通りの角から黒塗りの高級車が複数台見えたところで、踵を返して逃げ出そうとした。それをシャビドが背後から捕まえ、羽交締めにする。
シャビドは借金取りの男たちにクズを引き渡し、先ほどもらった滞納分と延滞金分の現金と、銀河共通クレジットを少しばかり分けた。
借金取りの男は喚く男を車に押し込み、最後にシャビドに向かって礼を返す。
「私はシャビードローン様に命を救われた恩があります。何かありましたら、何なりと御用命ください」
そう言い残して借金取りは去っていった。
シャビドは遠ざかる黒塗りの高級車を見送りながら、シャビードローンに確認をとる。
『あの借金取りの人って、誰? 誰か知ってる?』
『別の個体が散歩中に、銃で撃たれて死にかけてるのを見つけ、面白そうだと回収して治したそうです。元気になったので、その後解放したようですが、かいがいしく世話をしたそうですよ』
シャビードローンからすれば、人体実験用にわざわざ傷付ける手間が省けた、くらいにしか考えていなかっただろうし、ペットを餌付けするくらいの感覚で世話をしていたのだろう。
シャビドは散らかった部屋を一瞥し、部屋の清掃は少年にやらせよう、と考えながら自宅に帰った。
「お、おかえりなさい」
そこには、小綺麗になった少年が顔を赤くして、ズボンに特大のテントを張って待っていた。
シャビドは発情している少年に対しては何も言わず、即座に脳内で通告を出す。
『人間と交尾したい奴、私の部屋に至急来なさい』
『わーい!』
『すぐいきまーす』
今更ながら、自分の見た目が異性から性的に見られることを自覚したシャビドだった。
次の更新予定
薄汚いドローンの逆襲 あるあお @turuyatan
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