第36話

 シャビードローンに征服されて、早三年が経とうとしていた。

 地球人はシャビードローンの技術におんぶに抱っこ状態ではあるが、地球という一惑星に囚われることなく、大いなる大宇宙に飛び立つという偉大な一歩を踏み出した。半年ほど前に宇宙で勃発していた戦争が終わり、地球は自分たちの勝利に大いに湧いていた。


 皮肉なことに、シャビードローンに征服されている期間中、地球は大層平和であった。

 世界中の国々が宇宙からの脅威に怯えて、身内同士での争いにまで手が回らなかったからだ。歪みあっていた他民族同士が連携し、殺し合っていた宗教家が手と手を取り合う素敵な世界がそこにはあった。

 では、戦争が終結し、外部からの脅威がなくなったことによって、再び紛争が起こるのかというと、そういうわけではなかった。まだシャビードローン達が地球近郊に屯している事もあるし、地球の各所にはシャビードローンの置き土産である居住船もある。もう一つ言えることは、一度手と手を取り合った仲であるため、その状態から友好を破綻に持っていくためのきっかけが無かった。ということは、きっかけさえあれば、再び勃発する火種はいまだにくすぶっているわけだが、地球はつかの間の平和な時間を手に入れた。


 そんな平和な地球を守るため、世界の主要な国が『地球防衛軍』なるものを創設した。

 パイロットは主としてシャビードローンの基でドローンパイロットとして活躍していた者たちだ。彼らは今でもシャビードローンのパイロットという位置づけであるが、これを超法規的措置に基づいて、各国の軍属の立場も兼務で与えてしまった。

 シャビードローンパイロットである地球人は、所属する各国の軍の要請に基づき、地球上にあるシャビードローンの居住船から、遠隔で宇宙にある地球防衛艦を操船する。やることは操船する船がシャビードローンの所有なのか、はたまた地球防衛軍の所有なのか、という違いくらいであるため、特に軍属に嫌悪感を抱いていない者たちは、お小遣い稼ぎに軍属を兼務することになった。


 さて、宇宙人類や機械知性体、機械生命体と和平を結び、国交が樹立。相互通商条約も結び、宇宙人類産の代物がどんちゃか地球に入ってくるようになった。

 ブレイクスルーなんて言葉が冗談に聞こえるほど、技術は飛躍的に進歩を遂げた。具体的に言えば、地球人が自前の技術でワープ装置を作れる程度には進歩した。それと同時にテラフォーミング技術も提供され、世界中の砂漠地帯が大穀倉地帯に変容したり、どうにもならないツンドラ地帯が豊かな牧草地になったりと、地球の食料自給率が飛躍的によくなった。

 世界からは貧困が消え、地球は食料を宇宙へ輸出することで銀河で使われる外貨を手に入れることができた。

 経済は回り、景気は良くなるばかり。GDP成長率は過去最高を更新し続け、空前の好景気が地球全体を包みこんでいた。


 そんな明るい街中を、一人の少女が歩いている。

 色鮮やかに輝く金髪のツインテール。吊り目なエメラルドグリーンの瞳。人間味のない、まるで造形物のような美貌。そんな美人が身につけるのは、明朝体で描かれた「並盛」の文字が踊る白Tシャツ。そのTシャツを押し上げるのは特盛サイズのおっπ。むちむち太ももを曝け出すホットパンツに、黒ニーソックスという出で立ちの彼女に、道ゆく人々は彼女が宇宙からの来訪者で、かつての地球の支配者でもある、シャビードローンであることを一瞬で見抜いていた。このチグハグな、ズレた美的センスを醸し出すのは、奴ら宇宙人しかいないからだ。

 そんな目立つ彼女だが、彼女に接触する人物は皆無だ。なぜならば、彼女に手を出した瞬間に、人体実験場行きチケットが確約されるのだから、誰も好き好んで地獄行き特急に乗りたいとは思わないだろう。

 だが、一つ彼らは思い違いをしていた。

 そこの意気揚々と、シモムラ産謎文字Tシャツ姿でコンビニの買い物袋をぶら下げ、ノコノコ歩いている彼女は、シャビードローンであることには間違いないが、その親玉でもあるシャビド本人であった。

 表向きは銀河の端の本拠地に戻ったと周知されている銀メタルシャビドであるが、実際には義体を乗り換えて、当初の欲望通り、地球でのんびり悠々自適な生活を送っていた。

 

 シャビドは自分が人目を集める出立ちをしている自覚はある。だが、この格好はわざとやっていた。

 シャビードローンとして過ごし、人間性を失いつつあったシャビドにも、人間味らしい感情がある。それが、他人に自分の作った物を自慢したい、という思いだ。

「俺謹製の激カワ義体。エチチやろ?」というドヤ顔を心の中に隠し、シャビドは目的地もなく街をフラフラと歩いている。

 全くもってどうでもいい事であるが、シャビドが作ったこの義体のコンセプトは、「金髪ツインテールはロリ貧乳が多いから、俺は逆をイク」である。

 

 シャビドは衆目を集め、自尊心を大いに満たしたのち、コンビニで買った無糖の紅茶を飲み干してから、目に付いたゲームセンターに入って行った。


「おー。新しいのが出てる」


 人間時代、それほどゲームセンターに通ったわけではないのだが、音ゲーを好んでやっていた。シャビドは、万札を100円玉に両替し、空いている筐体に登った。メダルのカップに100円玉を満載し、足で地面に描かれた矢印を押すタイプの音ゲーをやり始める。

 お試しで難易度を普通でやってみたが、初見でノーミスパーフェクトを達成。ついで難易度を上げてみたが、初見でノーミスパーフェクトを達成してしまった。


「うーん。目と頭と体の性能が良すぎて、見てから反応しても間に合ってしまう」


 シャビドからすると、リズムに乗る必要も、反復して譜面を覚える必要もなく、画面上部から落ちてくる矢印をタイミングに合わせて踏むだけの単純作業になってしまった。

 これではつまらない、と最高難度の曲を適当な振り付けで、さも普通にダンスしてますよ感を出しながらやってみる。

 踊り終わると、周りから拍手が湧き上がった。どうやら相当目立っていたようだ。かなりの人に囲まれ、すごい、かわいい、と称賛の言葉を受ける。

 思ったよりも自分がゲームに夢中になっていたようで、久しぶりに楽しめた気がした。


「あの! 動画撮って、配信しても良いですか!? めっちゃ可愛いんで!」

「いいよ?」


 称賛の言葉に調子に乗ったシャビドは二つ返事で快諾する。

 そこからのシャビドはやりたい放題だった。自分が作った体なので、どの角度が一番可愛いのか知り尽くしている。脳内でアイドルのダンス動画を流しつつ、即座にその動きを自身の体に反映し、さらにその状態でノーミスパーフェクトを叩き出す。あざといポーズをダンスに盛り込み、揺れ乱れるおっπに大ウケする会場の手拍子に、シャビドは有頂天だった。

 なんだか人間に戻れた気にすらなっていたが、やっていることはだいぶズレているし、人間離れしていることを彼女は自覚していない。

 それからも踊ったり、太鼓を叩いたり、パネルをタッチしたりと、店内にある音ゲーをやり尽くし、別れを惜しむ声に背中を引っ張られつつも、大満足して店を後にした。


『どんな感じにネットにあがってるかなー』


 シャビドはエゴサーチを無駄に高性能な頭を使ってやり始めた。このシャビド、やることが、人間臭い。


『なにこの乳お化け』

『バルンバルンなっとる』

『エッチコンロ点火!エチチチチチチッ』

『乳もやべーが太ももやべー。リアルでラ◯ザ超えてんじゃね?』

『やっぱシャビードローンのやることはよくわかんね。並盛(特盛)とか狙ってんのか?』

『でも、この子、表情豊かよねー。街で見るシャビードローンの娘達はジト目だったり無表情が多いのに』

『うおおお!結婚してくれー』

『つ実験場行きチケット』

『誰もゲームの内容を見てねーな』

『こんだけやってフルコンボなんだぜ?アタオカ』

『やっぱシャビードローンは未来に生きてるわ』

『宇宙人だぞ?未来に生きてるに決まってんだろが』


「んふふ」


シャビドはネットでの反応に大変満足し、充足した気分で帰路についた。

そんな彼女の盛り上がった気分を損なう出来事は、彼女が所有するアパートまであと少しの場所にある小さな公園で起こった。それが、今後の地球の、さらにはシャビードローンの行く末に関わることになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。

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