第35話

 シルバーランク以上の歴戦の猛者ドローンパイロットが、機械知性体と正面からやりあっているころ、密かに機械知性体のデータサーバ星に近づきつつあった地球艦隊は、最後のワープを終え、敵の中枢である宙域にたどり着いた。


「陽動作戦は成功しているようだ」

『想定よりも明らかに防衛艦隊が少ないですね』

「やっかいなのは係留式の簡易陣地とセントリーガンかな」

「それと宙域にばら撒かれている機雷だな」

「こっちは小型と中型艦しかいないんだ。対戦艦用の機雷なんて、こっちから狙って当たりに行かない限り余裕で避けられる」

「いや、簡易操縦してる随伴ドローンがぶち当たるかもだろ」

「そうだな。ドローンの行動制限項目で、自由行動じゃなくて航路追従に設定しておいた方がいいな」

「それ、どのボタン押したら出てきますか?」

「お。ニュービーか。ゲーム端末なら三角ボタン長押しでコマンドメニューが出てくるぞ」

「誰だ、丸ボタン押した奴! ミサイルが無誘導で飛んでったぞ」

「あーあー。もう無茶苦茶だよ。せっかくここまでスニーキングできてたのに」

「おい。ミサイルが飛んで行って機雷が爆発したんだが、これも作戦のうちか?」

「ここまでは来た時点で作戦成功だし、今更大人しくしておく必要もないから、各自突撃でいいよね?」

「よーし。お兄さん特攻しちゃうぞー」


 機械知性体の本丸とも言えるこの宙域に近づけた時点で、シャビードローン達が立てた作戦は成功していた。そのため、ここから先は各自の判断で、とにかく、データサーバー星に対して損害、もしくはストレスを与えられれば、それだけで大成功といえた。

 別に星を攻め落とす必要はなく、機械知性体が恐怖を感じられればいいのだ。

 多少の失敗は許される。


 戦闘に参加している、未だにドローンの操縦すら危うい新兵達は、遠く離れた場所から固定式の防衛砲台へミサイルと砲弾を浴びせる係だ。ある程度の技量があるパイロット達は、撒かれた機雷と固定砲台や簡易陣地などからの砲撃を避けつつ、目的地となるデータサーバ星を目掛けてまっしぐらに飛んでいく。


 そんな新米パイロットとは別に、とある事情(主に自爆特攻が趣味)により、功績を上げては船の損失補償でランクを落とす、謂わば、技量はあるがランクが追いついていない連中がいた。彼らは超高速な小型艦に乗り込み、シャビードローンから直接指示された目標に向けて自爆特攻を仕掛ける任務に従事する。

 彼らの船には特殊な高性能爆薬が満載されており、うまく敵艦に当たれば、戦艦にも大損害を与えられる代物だ。

 そんな危険物であるため、まかり間違っても味方が近くにいるところで爆発するわけには行かない。

 彼らは他の一団とは少し離れた場所に集まり、突撃するタイミングを見計らっていた。


「やっぱ、突撃するなら本丸に行っときたいよな」

「でも、まだかなりの防衛拠点が残ってるし、少し厳しくないか?」

「キルゾーンに突っ込まなきゃ、早々当たらないだろ。見たところ、防衛拠点の装備は中型から大型に対してのものが多そうだし。近接防御用もあるにはあるだろうが、それが主ではないだろ」

「おまけ程度の対空砲火なら突破できるか」

「空母を守る随伴艦からの対空砲火をよけて突っ込めるレベルならいけるんじゃないか?」

「まあまあ。あまり難しく考えず、まず第一陣が突っ込んでみてはどうかな?」

「確かに。残機は用意できてるし」


 戦場の片隅に取り残されたようにポツンと浮かぶのは、この奇特なパイロット達のためだけに用意された、危険な艦船と爆薬の運搬用空母だ。もし、この空母が爆発しようものなら、周りの機雷も連鎖して爆発し、味方にも大損害を与えかねない。

 

「なら一番槍! いきまーす!」


 威勢の良い掛け声と共に、真っ赤な炎の筋を残して特攻を始める小型艦。


「おらおら!弾幕薄いぞ!そんなものじゃ俺は止まらねー!」

「おおおっと。危にゃい! っと。でも何とかよけれるレベルだな」

「おや、これは……これはいけるぞ!?」

「思った以上に弾幕が薄い!!! もしかして星まで辿り着けるんじゃごばぁ!?」


 機械知性体はシャビードローン達が使う「自爆特攻戦術」について、当然ながら理解していたし、ある程度の対策はしていた。そもそも、機械知性体はシャビードローンと似たような存在であり、自分たちも遠隔操作で船を操縦できる存在である。よって、やろうと思えばシャビードローンと同じような「自爆特攻戦術」が使えた。

 だがしかし、シャビードローンと機械知性体とでは考え方の根幹が違っていた。

 機械知性体は宇宙人類と長年の付き合いがあり、彼らの思考の中には自爆特攻戦術がいかほどまでに劣悪なコストパフォーマンスを叩き出すのか、よくわかっていた。船も、パイロットも、無料でポコポコ生み出される代物ではない。そこには膨大な資源が費やされているのだ。だからこそ、自爆特攻戦術を主要な攻撃手段として選択する種族がいるなど、ありえない、と機械知性体は判断していた。

 だからこそ、ある程度の対策はしていたが、自爆特攻戦略に特化した防空網を張るほどのことはしていない。

 それが、機械知性体の致命的なミスであった。


 特攻野郎たちが奇声を上げながら対空砲火を掻い潜り、機械知性体のデータサーバ星に突撃していく。


「サーバーとか地下にあったら手が出せなくないか?」

「いや、地下にあったとしても、通信するための設備は地上に飛び出してるだろうし、そいつを壊せば良いだろ」


 岩石惑星と思われるデータサーバー星の地表には無数のビルが乱立しており、その全てが淡く発光を繰り返していた。

 星一つが機械知性体の記憶の保存媒体のようなものなので、たった数十機程度のフリゲートでどうにかできるものではない。、そのため、少数で最大の損害を与えるのはどうしたら良いか、という話題にシフトしていった。


「やっぱり通信網をぶっ壊すのが早くないか?」

「この星の上にどれだけ通信設備があるかわからないだろ。むしろ、サーバにウイルスをぶち込んだ方が早いだろ」

「誰がそのウイルスを作るんだよw」

「小難しいことを俺たちが考えても仕方ない。なんか良い感じのところにぶつければいいさ」

「シャビドちゃんも『好きにしてください』って言ってたぞ」

「てきとーすぎるw」


 結局、自分たちがいくら考えたところで結論はでず、星まで辿り着いた爆発物満載のフリゲート達は、パイロットの思い思いの場所に自爆特攻を仕掛けていった。


 機械知性体は本来ならば絶対に辿り着けないであろう、自分たちの急所とも言える場所に爆弾を抱えて攻め込まれ、自我という意識が生まれてからはじめて、経験したこともないような感情、主に恐怖というものに苛まれていた。

 自爆フリゲートが星に突っ込み、突然存在を消される仲間達が現れ始めると、今まで冷静沈着だった機械知性体が慌てふためきはじめる。その慌てようは一糸乱れぬ統率された艦隊の動きが点でバラバラになりはじめたことですぐに分かった。

 だが、今更慌てたところで、時すでに遅し。

 データサーバー星が爆発物満載フリゲートに、なすすべなく蹂躙されるにつれ、機械知性体は狂っていき、ついには発狂した。


『お疲れ様でした。機械知性体が全裸で全面完全土下座降伏しました』

「なにそれw」

「そんなに急所だったのここ?」

「えー。それにしちゃ防御ガバガバじゃないか?」

『想定していない攻め方をされて、対処できなかったようです。陽動作戦もうまくいきましたし、我々シャビードローン及び地球の皆さんの勝利です』


 管制のシャビードローンからお疲れ様のお言葉をいただいた自爆特攻グループは、若干の不完全燃焼感を出しながら帰路に着く。

 初心者達が集まって遠距離から真面目に防衛陣地やセントリーガンを壊し続けていた艦隊も、管制からの指示のもと、撤退を決めた。


 これほど簡単に機械知性体が降伏するとは思ってもいなかった宇宙人類側は少なからず驚いたのと同時に、自分たちが早期のうちから戦力の投入をやめて停戦に動いていたのが功を奏したと胸を撫で下ろした。

 宇宙人類側の機械知性体に詳しい研究者達は、これほどまでに機械知性体が早期に降伏した原因について、彼らの打たれ弱さが要因ではないかと分析した。


『ようするに、「親父にも殴られたことないのに!」ということですよ』


 昼のニュース番組に出ていた学者の1人がこんな発言をした。


『機械知性体は今までほとんど負けたことがありません。我々人類よりも高度な、高次元な存在であると豪語していますし、寿命、いわば時間という概念から解脱できている存在です。そんな彼らはこの時まで、自分たちの脅威となる者、思い通りにならないものが居ると、全く考えていなかった。さらに、そんな連中に自分たちの存在を消されそうになるとは思いつきもしなかったのでしょう。シャビードローンを、未発展惑星に住まう者を原始の者などと揶揄していた。その結果がこれなのです。初めて殴られ、初めて痛みを知り、初めて身内の不幸を知った。だから、大慌てで損切りした。それがこの降伏宣言に繋がったのではないかと、私は考えます』


 この学者の考えは大当たりだった。

 機械知性体は自分以外の多種族を見下していた。肉体から離れられない下位の存在だと決めつけていた。

 ところが、いざ戦ってみればちっとも勝てない。それどころか逆侵攻されてしまう。あれよあれよという間に、自分たちの絶対防衛ラインは意図も容易く貫かれ、心臓部に直接攻撃までされてしまった。

 初めて同胞の存在が消される瞬間を目の当たりにして、ここにきてようやく、機械知性体はシャビードローンと未発展惑星に住まう人々(地球人)の認識を改めるに至った。

 そこからの行動は機械知性体らしく、とてつもなく早かった。

 全てにおいて全面降伏。なんでもいうこと聞くので許してください、と宇宙人類側にシャビードローンとの仲介を頼み、彼らにも技術供与を惜しげもなく確約。シャビードローンの傘下にまで入ると土下座外交を行い、降伏決定からシャビードローンの撤退までを数時間でまとめあげてしまった。この辺りの交渉ごとをシャビドは苦手としていたので、すべてノージャ・ロウリーに丸投げしていたし、丸投げられた彼女にしても、言えば言っただけ機械知性体が快諾してくれるので、この際に色々吹っかけてやろうと頑張ってしまった。


 かくして、二年間と少しに亘る宇宙人類と機械知性体、機械生命体の三種族との間で行われていた戦争はようやく終わりを迎えた。


 だが、彼らには新たな脅威が迫りつつあるのだった。

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