第24話


 エルフ民族のとりまとめ役に不幸にも選ばれてしまった統括族長は頭を抱えていた。

 彼女の名前はノージャ・ロゥリー。御年2024歳を迎えたエルフ族随一の才女である。


「どういうことなのじゃぁ……」


 世界樹の木から作られた事務机の上には、今回の地球防衛線に関する資料が散らばっている。


「どうして、どうして地球のアホ共は地球侵略側に与するんじゃぁ……」


 ノージャ・ロゥリーは頭を抱えたまま、ズルズルと崩れ落ち、そのぷにぷにの頬を机にくっ付けてぼやく。目の下にはここ最近の無理が祟り、クマがくっきりと浮かんでいた。


「電脳搭載型思考電子制御技術なんて、初めて聞くのじゃが……。リアルタイムで地球人に義体を操らせて、地球侵略させるとな? 機械生命体どもの考える事は頭おかしいのじゃ」


 ぺらりと資料を捲る。エルフ族の情報部から送られた緊急と赤文字で書かれた紙の資料だ。機械知性体からの電子的ハッキングを恐れ、紙媒体で情報をやり取りしているため、この情報がノージャ・ロゥリーにたどり着くために数カ月を要している。この遅れは致命的であった。


「機械生命体どもは完璧に未発展惑星保護法の穴をついているのじゃ。こんなの、我々にどうやって対処しろというのじゃ」


 未発展惑星保護法。簡単に言えば、まだ宇宙進出が微妙な技術しか持たない知的生命体に直接手を加えたり、積極的にこちら側から干渉をしてはいけませんよ、という法律だ。ただし、未発展惑星上の知的生命体が『自らの意志を持って』接触を図ってきた場合は丁重に取り扱わなければいけない、とされている。


「……なんということなのじゃ。機械生命体が用意したのはゲームだけであり、ゲームに参加しているのは地球人の意志によるものである。ゲーム内で接触した地球人は自らの意志で電脳化処理を受けて機械生命体側の陣営に参加しているとな」


 ノージャ・ロゥリーは体を起こし、頭を抱える。


「なんなのじゃ!? 我々はこの素晴らしい青い水の惑星を守りたい一心で、機械生命体の馬鹿どもと、金の亡者どもから守護していたのじゃ! それが、どうして! どうして自ら滅ぼされにいくのじゃ!? 何もかも遅すぎるのじゃ……いや、ハッキングを恐れるあまり紙媒体で情報をやり取りしていた我々の落ち度もあるのじゃが」


 机の上に立ち上がり、地団太を踏む御年2024才を迎えたエルフ族随一の才女。彼女は疲れた表情で書類に再び視線を落とした。

 

 機械知性体や機械生命体の思惑は最初から分かっていた。彼らは知的生命体のペットを欲している。自分の思考のままに、生きたまま操れる人形を欲しているのだ。これはサイボーグなどの義体ではなく、本物の肉で出来た、要するに人間だ。

 なぜサイボーグなどの義体ではダメなのか。それは機械知性体曰く”応答速度と第7感覚の解放”だという。

 エルフ族などの中でもまれに現れる第六感が優れた者は予知や予想を司っており、いわば巫女のような存在であるが、機械知性体や機械生命体はこういった予知や予想というものが立てられない。実際には膨大な情報などから未来予知のような事をしているのだが、それは情報から導き出しているだけであり、”直感”や”なんとなく”などという曖昧なものではなく、根拠のあるものだ。予知や予想というよりは、”こうなる予定”というほぼ確定事項のようなものである。

 機械知性体や機械生命体が目指しているのは何の情報も根拠もなく、未来を予知する力。第6感やその上位の第7感というものだ。これはサイボーグなどの義体では実現不可能なことらしい。

 さて。この第7感の解放というのには当然ながら人体実験のような事が必要であり、これを宇宙人類に対して機械生命体等が行った場合、戦争待ったなしとなる。宇宙人類の人権ガー、という口やかましい者達が猛抗議するからだ。

 では機械知性体等はどういう手段を取るのか。それは法的に何の問題もない知的生命体を使う事である。ここで当初の未発展惑星保護法と準発展惑星保護法の二つの法律が出てくる。

 簡潔に言ってしまえば、準発展惑星保護法の対象となった惑星に住まう知的生命体は宇宙人権法の適用範囲に入る。つまり、彼らを使った人体実験は法律違反だ。しかし、現在の地球のような、軌道エレベーターの建設が出来ていない段階の未発展惑星は、この宇宙人権法の適用範囲外であり、彼らは法律によって保護されていない。完全フリーの状態なのだ。

 こんな美味しい得物をみすみす逃すわけがなく、宇宙全体で未発展惑星に居住する知的生命体は都度、機械知性体などに攫われて人体実験の材料にされている。

 それを問題視し、宇宙人権法の改正を要求しつつ機械知性体等から未発展惑星の知的生命体を守る活動を種族として行っているのがエルフ族である。


 今回の機械知性体等が地球人類に対して行っていることは、未発展惑星保護法のグレーゾーンを突いて行われている行為であった。


「それを我々エルフ族が守っているというのに……親の心子知らずじゃ。子どもはおらんが、おったらこんな思いなのじゃろうか」


 世界樹の木目が美しい机の上で荒い息を吐く美女。それからすごすごと机から降りると、引き出しを開け、中から自分の通帳を取り出した。彼女の表情は既に何かを諦めており、しょぼくれていた。


「結果は目に見えているのじゃ。どうせ負けるのじゃ。そしてわらわは責任を取らされて役職解任なのじゃ。あぁ……数日後にわらわは無職なのじゃぁ……」


 そこそこ溜まっている預金残高を確認し、エルフ的感覚から数十年は大丈夫だと確認をとった。

 そこで御年2024才を迎えたエルフ族随一の才女は閃いた。


「そうじゃ。どうせ負けて解任されるなら、盛大にはちゃけてやるのじゃ」


 地球人に攻撃しなくても負けて役職解任。地球人に攻撃しても、未発展惑星保護法違反で役職解任。ならば、後の事を色々考えて、自分の有利になるように最大限利用させてもらおう。おまけで種族への利も少しばかりあればなお良い。


「くふふふ、機械生命体どもに一泡吹かせてやるのじゃぁ。この天才であるわらわに喧嘩を売ったこと、後悔するがよいのじゃ」


 ノージャ・ロゥリーは通帳を引き出しにしまうと、代わりに自分の愛用の杖を手に取る。そして杖を所定の動作で振り、呪文を唱えた。

 ノージャ・ロゥリーの体を眩い光の粒子が取り囲み、そして彼女は姿を消した。


 エルフ族しか使えない、これだけ発展した宇宙科学ですら解明されていない『魔法』と呼ばれる超常現象。

 ノージャ・ロゥリーの体は宇宙空間に停泊中の船から、地球の一都市に一瞬で移動した。


 そして、地球防衛戦イベントまで残り4時間を切ったころ、気の早いプレイヤーはゲームにログインし、船の武装のフィッティングに余念がない。あーだこーだとチャット欄や掲示板でにぎやかな会話が続いている。

 

『おい! お前らテレビ見ろ!』


 そんな一文が掲示板に書き込みされ、そこから怒涛のようにコメントが広がっていく。


『総理とエルフが一緒にいるぞ!?』

『なにこれ? 釣り? そんなエサに釣られクマー』

『良く出来たディープフェイク……じゃない? え、生中継なの!?』


 そこには日本の総理首相と握手をし、笑顔で手を振るエルフ族随一の才女、ノージャ・ロゥリーが映し出されていた。

 

 ノージャ・ロゥリーは半ば自暴自棄になりながらも、今後のエルフ族にとって利となるように動いた。それは機械知性体等の目的を暴露し、誰よりも先に未発展惑星である地球と協定を結んでしまう事である。

 異種族に対して最も寛容であると思われる日本を選び、その首相に電撃訪問を敢行。魔法で首相を宇宙にあるエルフ族の旗艦に招待し、状況を理解させる。そしてどこよりも先に協定を結ばせる。その手腕は見事と言わざるを得ず、流石エルフ族を率いる統括族長の面目躍如といったところだった。

 日本が、というより地球が数時間後に宇宙人類からの砲撃にあう、という特大の脅しに即効で屈したとも言えるが、そういった脅迫も交渉の一つだとノージャ・ロゥリーは思っている。


「これで地球は、特に日本国については我々エルフ族と防衛協定を結んだのじゃ。今後の各国との窓口には日本国を指名するのじゃ。技術供与などについても考えているし、資源の貿易なども可能であると考えているのじゃ。であるからして、各国からも色よい返事を期待しておるのじゃ。そこら辺りの交渉事は日本国にお任せるすのじゃ。それと早速で悪いが、機械知性体等に”ゲーム”を通じて肩入れしている連中を捕らえるなりなんなりして辞めさせるのじゃ。機械知性体等にとって彼らブランクブレインと呼ばれる”ゲーム”とやらのプレイヤーは有力な戦力としてみなされておる。彼らが味方ではなくなるだけで、敵に大打撃を与えることができるのじゃ。各国の皆、地球を守るために共に戦おうぞ!」


 にこやかな笑みを浮かべたノージャ・ロゥリーと日本国首相との握手が交わされ、眩いばかりにフラッシュが焚かれる。

 そんなノージャ・ロゥリーの頭に頼れる副官の声が響いた。距離の制限がない通話魔法だ。


『ロゥリー様。当該宙域に未所属の傭兵が侵入しました。如何しますか?』

『2度警告ののち、従わない場合は撃墜するのじゃ』


 頭の中で返事をし、笑みを絶やさず日本国首相と会話を交わす。その間にも副官からは都度連絡が入ってくる。どうやら状況はあまりよろしく無いようだ。


『迎撃のため艦載機を向かわせましたが、振り切られました。真っすぐそちらの地球へ向かっています。部隊の配置変更を許可ください』

『許可するのじゃ。今は地表を刺激したくない。食い止めるのじゃ』

『は。了解しました……なんだ? なに!?』

『どうしたのじゃ?』

『敵対しているブランクブレイン勢の戦艦が5隻、宙域に侵入してきました。また大量のジャンプゲート使用が確認されたと連絡が入りました。当該宙域の質量が急増しています』

『全艦隊に臨戦態勢を取るよう指示するのじゃ。我も旗艦に戻るのじゃ』

『申し訳ありません。お待ちしております』


 ノージャ・ロゥリーは日本国首相に状況が変わったことを伝え、機械知性体に与する連中を早く止めさせるよう念を押す。


『申し訳ありません。止めきれず小型フリゲート艦が一隻、大気圏に突入しました』

『大気圏内を飛行可能な艦載機を追っ手に出すのじゃ。そして後続の戦艦は絶対に通すな』

『はっ。体当たりしてでも止めます』


 ノージャ・ロゥリーは笑みを消し、地球の大気圏内へ不審船が降りてきたことも日本国首相に報告する。どういうことか、国民の安全は、と問いかけられるが、こちら側も相手の所属がはっきりしていない事。敵対行動しているわけではなく、単純に地球を目掛けてまっしぐらに飛んできたことを説明した。そして彼を追ってやってくる宇宙戦艦はエルフ族の防衛艦隊が体当たりしてでも止めると告げた。


「日本国においても警戒態勢を取って欲しいのじゃ。警戒網を突破し大気圏内に入った船に対しても対応できるだけの戦力があるが、如何せん、宇宙でも戦闘が勃発しそうじゃ。日本国で把握できる情報は我々にとっても希少なのじゃ」


 そんな話をしている最中に、日本国首相にも自衛隊から領空内に不審な飛行物体が入ったという情報が伝わったようで、彼は慌ててノージャ・ロゥリーの言葉に頷いた。

 ノージャ・ロゥリーは日本国首相に通信のマジックアイテムを渡し、即座に旗艦へ転移の魔法により移動をする。

 少しばかり早足で旗艦に備え付けられた作戦指令室の最も上座に位置する場所に腰かけ、ノージャ・ロゥリーは集まった面々を見渡した。

 

「いよいよ機械知性体との全面戦闘が始まるのじゃ。童の行動からも分かっていると思うが、この作戦が終わったら童は罪人として処分されるであろう。だが、たとえそうだとしても、この美しき星を機械知性体どもの汚らしい魔の手から守り切ることが、我々エルフ族の利になると判断した。諸君らは童の命令を忠実に実行しただけであり、諸君らに責任は一切ないのじゃ。すべての責任はこの作戦を考え、実行し、そして諸君らに強制した童にあるのじゃ。それを忘れるでないぞ」


 一同が起立し、一糸乱れぬ騎士の礼を返したことにノージャ・ロゥリーは頷き、口を開く。


「では、これよりオペレーション”ブルーアース”を開始するのじゃ」


 動き始める部下たちを眺め、ふんす、と満足げに息を吐くノージャ・ロゥリー。彼女はこの戦闘に負けるとは全く思っていない。

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