第3話


『よし。輸送船を襲おう』


 この結論に至るまでに、私は数度、発狂を繰り返した。


 船の改造をしている内に運営が気付くだろうと私は安易に考えていた。しかし、どれだけ待っても運営が気付くことは無く、私の状況は改善しない。

 オカルト話ではよくあるが、ゲーム内に閉じ込められる現象をリアルで体験し、私は恐慌状態に陥った。とはいっても、自分の体は船であるため自傷行為にも走れず、頭の片隅で発狂している自分がいる中で、その状況を冷静に観測する自分も存在するというような、同時並列思考が出来るようになっていたため、それほどの時間を要せず落ち着きを取り戻した。

 落ち着いて、また不安に駆られ発狂し、再び落ち着いて……不規則な精神の乱降下を繰り返す事幾度かしら。私は心が落ち着いた隙に、私の船に合体したポンコツNPCと会話をし、この世界の状況を辛うじて把握するに至る。

 何をするにしても情報が足りない。

 情報を得るためにはどうしたらよいのか。

 他の船から奪うしかない。

 乱れた心と落ち着いた頭が導き出した答えがこれだった。幾度となく発狂し、精神的汚染が進んだ結果ともいえる。

 人の知能と精神をもちながらも、人ではない存在。

 心が死にきれないまま無理やり今の体に適合させられた不整合な精神。

 どこか常人とはズレた、しかし狂人とも言えぬ思考がたどり着いた答えだった。


 もしこれがゲームなら、死んだらゲームオーバー。そうなれば現実世界に戻れるだろう。

失敗したらその時だ。

 このような思考が行われた結果、冒頭の『よし。輸送船を襲おう』である。有効的な接触ルートは棄却された。リアルコミュ障はゲーム内でもコミュ障なのである。


『ポンちゃん。近くに輸送船が通る様な輸送ルートある?』


 ちなみに、ポンコツNPCの名前は暫定でポンちゃんに決めた。


『あります。ただし、あまり頻度は多くありません。それに襲撃が成功する確率は低いと思います』

『大丈夫だ。拿捕じゃなくて、ぶっ壊せば良いんだから、そんなに難しくないはず』


 私の肉体である船体は大きく改造を施し、垂れ流しだったドロドロは型枠に入れて固めて外殻に使ったりと改善されている。

 日付や時間がどこかに表示されている訳でもないし、宇宙空間なので昼夜の境も分からない為、時間の進み具合がさっぱり分からないが、何となく一月以上経過している気はする。

流石にこの状況で運営が気付かないというのはおかしいし、ゲームならば機器が強制的にログアウトを実施する安全基準を遥かに超えている。さらに言えば、一カ月も音信不通ならば会社から警察に連絡が行き、私の部屋には誰かが入ってきて見つけてくれているだろう。それでもこの状態が改善しないというのは、オカルトの領域に私が踏み込んでいしまったとしか思えなかった。


『もしくは、脳内時間が加速しまくってる……とかかな。ありえないと思うけれど』

 そもそも、この体(船)に脳が存在しているのだろうか。

 VRゲームの中には脳内時間を加速させる機能を有したものもあり、特に格闘系のゲームで一瞬だけ思考を加速させるようなことが出来たはずだ。だがそんな思考加速ができるのはほんの一瞬のこと。このような長期間、時間が加速するようなことはありえない。


『どうでもいいか。死んだら分かる。うまく輸送船からこの世界のデータがひっこ抜けたなら、それでも色々分かる』


 およそ一月という時間をかけて、私の船体は大きく変貌していた。

 ドロドロを溶かして固めて作った装甲版を外殻に張り、当初よりも二回り以上は大きくなっている。特に正面は砲弾のような球形を帯びた曲面の装甲を有していた。また、船体の至る所に推進機を取り付け、鈍重な船体をそれなりの速度で飛ばせるようにしてある。

 見た目はめちゃくちゃ大きくて重そうなのだが、船内に居住区画などはなく、大きな炉が二つとそこから伸びる工場のライン。そしてドローンの格納庫くらいしかないため、意外と重量は軽い。巨体の割には機敏な軌道が可能だ。

 

『作戦は真正面からぶつかる。ぶつけたら攻撃ドローンと採掘ドローンを展開して、輸送船を切り分ける。上手い事拿捕が出来れば、この小惑星帯まで持ってきて改造する。いいね、ポンちゃん』

『ポンちゃんは了解をしました』


 私は自分の船を動かし輸送船を探し出した。索敵はポンちゃんが持っていた収集ドローンを展開し、そのお尻のパラボラアンテナで行う。

 この大きな宇宙で早々に見つかるとは思えないが、輸送船の航路は安全度などによってある程度決まりがあるらしく、この辺りは私達、弱小ヨワヨワシェビードローンしかいないため、非常に安全な地域であるらしい。

 であれば、襲撃を必ず成功させて、しばらくは安全宙域だと誤認させておきたい。この作戦が成功した暁には、継続して船を襲撃し、なるべく多くの情報を得ておきたいからだ。

 無防備にフワフワ航行している船が大いに越したことは無い。


『見つけました。一隻です。護衛無し。武装アリ』

『多少の武装なら、正面装甲で弾けるだろう。なんたって、ありったけの外殻を5重に張ってあるんだからな』


 船の方向を輸送船の行く先に向け、一気に加速を開始する。

 収集ドローンで見つけた船とは随分と距離があり、普通ならばワープ等して近距離まで接近するのだが、ワープ装置とやらはまだ私の船には無いので、特殊な推進方法で頑張って接近をする。もちろん、接近するだけで数日とか普通に掛かる。

 日に日に輸送船との距離が近づき、漸くあと数時間で到着する距離まで達したころ、何やら頭にピリピリとした感覚があった。


『こちらスマートデリバリー所属、TP50輸送艦。貴艦の所属を言え』


 なるほど。相手の通信か。何故かちゃんと言葉が通じるが、相手と話すことは無い。そのまま加速を続ける。

 かなり接近して、光学でも対象の船が見え始めた。

 


『こちらスマートデリバリー所属、TP50輸送艦。応答せよ! 貴艦の所属を答えよ! これ以上近づけば、警告射撃を行う』


 相手の船の推進機が出力を上げる様子が見える。だが、こちらは数日前から全力で速度を高めているのだから、今更多少頑張ったところで離される心配はない。鈍重な輸送艦であるため、こちらの体当たりを避ける事も難しいだろう。


《……おい! あれ、普通の船じゃねーぞ!》

《なんだあの歪な……ローグドローンか!?》

《ローグはこの辺りにはいないはずだ! シェビードローンだろう》

《それなら雑魚だから、輸送艦の武装でも十分倒せる!! オールウェポンズフリー!!》


 先ほどの通信とは別系統の声が聞こえてきた。これはどうやら相手の船の中での会話のようだ。なぜこんなものが聞こえるのかは分からないが、おそらく収集ドローンのアンテナのおかげだろう。詳しくは知らん。そう思っておこう。

 

 輸送艦から白煙が立ち上りミサイルが放たれた。それと同時に赤色のレーザーが等間隔で出射され、正面装甲にぶつかる。


《やはりシェビードローンだ! シールドすら張ってない! 雑魚だ!》

《ミサイルは使うな勿体ない! レーザーで焼き殺せ!》


 最初の数発のミサイルが、正面装甲にぶつかり爆発を起こす。だが、一層目の装甲がはがれた程度で、二層目には達していない。

 正面の装甲は、装甲同士をくっつけず、間に緩衝帯を設けている。


 装甲、すきま、装甲、すきま、装甲、すきま、装甲、すきま、装甲、本体。

 

 こんな感じになっているので、そう簡単に船本体まで攻撃が届くことはない。もちろん、正面以外にミサイルを打ち込まれたら、間違いなくバラバラになるだろう。

 輸送艦からのレーザー攻撃は全く効果がなく、グングン近づいてくる私たちの船に輸送艦が慌てだした。


《おい! 全然効いてないぞ!》

《ミサイル撃て! 撃て!》

《緊急回避! 積み荷が崩れるのは仕方ねぇ!》


 輸送艦が大きく旋回を始めた。だが、お腹にいっぱい荷物を抱えた輸送艦よりも、こちらの船の方が機動性は高い。逃げた先に船体を誘導していく。

 多数のミサイルが正面装甲を崩していくが、まだまだ耐えられそうだ。これは勝ったな。


《ああああ! ぶつかる!》

《ママぁぁぁ!!!!》


 そして、私の船と輸送船がぶつかった。

 それなりの衝撃が走り、一部のカメラが潰れたのか、頭の中にあったいくつかの監視映像が乱れた。


『ぐぇっ!? いたたた。意外と衝撃が来たな』

『あちらの方が重い船ですからね。ドローン展開します』

『よしよし。相手の武装と推進機を重点的に攻撃! アンテナドローンは破損個所から電力ケーブルをこちらに繋いでくれ。相手の電気を奪って動けなくするぞ』


 無数のドローンが飛び出し、輸送艦にまとわりつく。そして船体についている武装を次々と無力化していった。なるべく大きく壊さないよう、ケーブル類を焼ききるように壊していく。


《まだ生きてる!? 俺、まだ生きてる!?》

《思ったより相手の船が軽いな! まだ助かるぞ!》

《武装が全部死にました。推進機もダメです! あぁ!? 電力に異常発生》

《なんだこいつら! 本当にあのシェビードローンなのか》

《全員緊急脱出! 船を捨てろ! 電気まで落ちたら脱出も出来んぞ! 急げ!》


 攻撃ドローンは武装をすべて壊したら、アンカーを輸送船に打ち込み、そのワイヤーを私の体に取り付けていく。そして電力ケーブルも取りつけができ、相手の船の電力はすべてこちらの炉と推進機に回した。

 採掘ドローンが相手の武装と推進機を切り取り、せっせと倉庫に運び込んでいく。そして倉庫内では収集ドローンが解析を始める。

 

『よしよし。上出来上出来。さて曳航して帰ろうか』

『やはりあなたに合流して正解でした。我々が数百年掛けても無しえなかった偉業を、これほど簡単に達成してしまいましたね』

『大げさすぎだろ』

『いいえ。大げさではありません。我々はあなたに合流したいと考えます』

『まぁ好きにしてくれ。私もポンちゃん達が増えればそれだけ色々仕事を任せられるし、強くなれるだろう? それに今回の収穫からレーザー兵器とか推進機とか作れるものが増えてきたら、工場を大きくしていく必要もある。毎回母船が工場抱えて戦いに出るのは避けたい』

『いくつかのアンテナドローンを自立行動させ、仲間に知らせます』

『どうぞご自由に』


 輸送船から無数の脱出ポッドが宇宙空間へ飛び出していく。

 それらを一つ残らず、攻撃ドローンが壊していく。

 阿鼻叫喚の断末魔の叫びが通信越しに聞こえてきた。

 だが、私の心に彼らの言葉は響かない。


『ごめんなー。まだ私たちの事を他に知られるわけにはいかんのだよ』


 こうして私の、シェビードローンとしての初戦闘は恙なく終了した。

 戦果は輸送船一隻とそのお腹の中に抱えていた多数の荷物だ。これは想像以上に今後の自分達の活動に大きな影響を与えるものだ。


『あ。なんか美味しそうな宇宙食がある。……味噌汁食べたいなぁ』


 そんなことを呟きながら、私は次の船の改造について考えを巡らせた。

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