第2話
掲示板で「すごくリアルなSFゲーム」だと知ってはいたが、VR機器を持っていなかったことと、仕事で時間が取れなかったこともあり、ずっと出来なかったゲームがある。それが「とにかくおおきい大銀河」というなんともヘンテコな名前のゲームだ。頭痛が痛い、みたいな言い回しになっているのは、翻訳のミスだろうか。ただ、日本語にも対応しているらしい。
仕事を会社都合で解雇され、失業保険の申請をして、しばらくは休もうと思った私は、いいタイミングでこのゲーム「とお大」の事を思い出し、その足でVR機器を手に入れた。そして「面接」という名の試練をクリアし、ようやくゲームを始めようとした矢先だ。
『肉体情報を電子化してよろしいですか?』
なんだぁ? 変な質問だな。まぁ、VRだから電子化しないとゲーム内に再現できないんだろうな。
『元に戻せませんが、よろしいですか?』
電子化は一度きりってことか。でも「とお大」はキャラクリが無いって掲示板に書いてあったし、あまりキャラクターの造形に拘るタイプじゃないから、はい。
その後の事はあまり覚えていない。
ふわー、と気分が良くなると同時に眠気がやってきて、意識が落ちた。
そして、気が付いた時にはこうなっていた。
『噂では禿げたマネキンになるらしいのに、これはどういう状況なんだ? 船?』
体の感覚としては、冬の暖かな布団に全身すっぽり包まれているような感覚だ。異様な感覚としてもう一つ、三百六十度、全方位が見渡せる。
『うっわ。すっごい気持ち悪いんだけど』
全方位の視界にプラスして、まるで警備室の壁一面に監視カメラのモニターがずらりと並んでいるような情景が頭に浮かぶ。それぞれのモニターには様々な場面の様子が映し出している。自分では見ていないつもりでも、それぞれの画面内で何が起こっているのかがすべて理解出来ているという謎の感覚。言葉では非常に言い回しが難しい。
『ちょっとこれは……ログアウトしよう。素人にはどう対処していいか分からない』
VR機器共通のログアウト動作を行うが、状況は一向に変わらない。
それから暫く、あの手この手を使ってみるが、状況は改善しなかった。
『お困りですか?』
『うお!?』
突然、頭の中に響く音声……とも言えない情報が流れてきた。それと同時に、全方位視界でいう後方少し下方向から、一隻の船が近づいてきていた。
その船は船体が歪な形をしていて、色々な船を無理やりくっつけて、さらにそこに岩石もくっ付けて作ったようなボロボロの船だった。
まぁ、自分の船も似たり寄ったりの形をしているので、人の事を言えないが。
『さっきからログアウトが使えないんだ』
『ログアウト、という言葉の意味が分かりません』
近づいてきた船は、自分よりも一回り大きい。よく見れば、船の前半分はごてごてしているが、後方は何かしらの工場がくっ付いているかのように、赤熱した液体がドロドロと流れている。ただ、溶けだした液体がすぐに冷えて固まり、つららのように船体の下部に伸びていた。
幽霊が「うらめしやー」と手のひらをだらりと下げているような感じに、不気味で見窄らしい印象を受けた。
『ゲームを切りたい』
『ゲーム、という言葉の意味が分かりません』
なんともポンコツなAIだな。
それから何度か色々と言葉のやり取りを交わしたが、予想通り相手はポンコツAIだったようで、『わかりません』という回答ばかりが帰ってきた。
ただ、幸いなことにAIとの会話に夢中になっているうちに、全方位視界や無数のモニター監視に違和感を感じなくなってきた。そして余裕が生まれてくると、自分の姿を改めて客観的に見る事が出来るようになる。
まず、視界いっぱいに広がる宇宙の広大さ。無数の瞬く星々。そして近くには恒星からの強い光を浴びて深い影を伸ばす岩石郡。
隣にいたポンコツAIの船は、船体から小さなドローンを無数に飛ばし、その岩石にレーザーを当てて採掘を始めたようだ。
自分の姿、というか船を見てみよう。まず船内だが、人が住むことを考えて作られていない。むしろゴミを圧縮して、そこに無理やり配線やパイプを通しているような造りだ。ゴミと一緒に岩石が丸ごと嵌め込まれていたりしている。そのおかげで、自分の体の中が酷くごちゃごちゃしていて違和感が凄い。まるで数日間出てこないう●このように、お腹辺りがずーんと重い。
『……運営が気付くまで待つか』
自力ではどうにもならない感じがするので、時間つぶしをすることにした。
ポンコツAIが出射したドローンが、せっせと小惑星帯に突っ込んでいき、ザクザクと採掘をしているので自分もそれに習う。
自分自身の船に意識を向けると、色々と分かってくる。この船は母船であり、採掘ドローンや戦闘ドローンのホームになっている。とりあえず、戦闘ドローンと採掘ドローンを一隻ずつ外に出してみた。
『蜂みたいな形だな』
歪な不揃いの太陽光パネルが羽。胴体は細かったり太かったりとこれまた歪。お尻には採掘ドローンなら採掘レーザー。攻撃ドローンは……なんだろう。大砲? がくっ付いている。
まずは採掘ドローンをあるだけ出して、採掘をさせてみた。その採掘された鉱石や岩はドローンがせっせと巣である母船に持ち帰ってきてくれる。これを受け取ったら、太陽光パネルで発電した電気で溶解炉を動かして溶かし、鉄? なのかなんなのか分からないドロドロの液体にして垂れ流す。
『垂れ流しちゃうのか。その先の工場がまだ無いって事なのか?』
採掘ドローンが大きな浮遊岩石にまとわりついて、オレンジ色のレーザーを照射し、岩をはぎ取ってこちらに持ってくる。それを自分は船首辺りの穴から取り込み、体内の中央にある炉で溶かす。溶けた鉄が水路のような場所を通って、そのまま後方からでろでろと流れ落ちる。ここに本来ならば溶けたドロドロを流し込む型枠が有ったりするのだが、それが今は無い。
『自分の船体を改造するとか、そういうのは……あー、なんか頭にある。うわ。気持ち悪い。なんだこの感覚』
自分が絶対に知らないようなことが、何故か分かってしまうという恐怖を味わいつつ、船体を大きく震わせて、余分なパーツを周囲にばら撒いた。
戦闘ドローンも全部外に出し、まずは体内のゴミを片付けていく。
『お。意外と戦闘ドローンはパワーがあるんだな』
戦闘ドローンは胴体に取り付けられた小さな手足のような場所から小型のアンカーを射出し、飛散したパーツを引っ張っていく。船から出てきたものは、とりあえず近くに固めて置いておこう。後から溶かして使える。それから採掘ドローンの採掘レーザーで、体内に取り込まれた岩石を削り取り、ついでにぐしゃぐしゃになって取り込まれていた宇宙船の残骸も綺麗に削ぎ落す。
『それは宇宙船ですか? データを共有しませんか?』
先ほどのポンコツAIが話しかけてきた。
自分の船の中でスクラップになっていた船を見て話しかけてきたようだが、データの共有とはなんだろうか。とりあえず、イエスと答えておこう。
すると、ポンコツAIの船から、見た事のないドローンが飛んできた。そいつは形は蜂型で、お尻の部分がパラボラアンテナのような形になっている。
くしゃくしゃになった残骸の周囲をクルクルと飛び回り、それから戦闘ドローンと採掘ドローンに船を切り分けてもらってから、何かを取り出している。
『何をしているんだ?』
『船体データの収集です。我々のさらなる発展には設計図が必要ですが、簡単に手に入れることはできません。ですので、こうして分析をして真似をするのです』
アンテナドローン……収集ドローンと名づけよう。そいつは自分のアンテナ辺りからうにょうにょとしたコード類を無数に伸ばし、それを船から取り出した機械に繋げていく。しばらくすると、頭の中にデータが流し込まれてきた。
『FA-110汎用艦載機』
『レーザー機銃情報……』
『推進機情報……』
『姿勢制御情報……』
続々と手に入る情報に思わず「おおー」と感嘆の声が上がる。なるほど。こうやって情報を集めて、自分の船を少しずつ成長させていくのか。つまり、この船に取り込まれていたスクラップは、いわばチュートリアルで手に入る初期アイテムというわけだな。
そう思えば、このポンコツAIがチュートリアルの説明役ということか。それならば、自分達の種族のことくらい分かるだろう。
『俺たちは何ていう種族なんだ?』
『我々は自分達を呼び合う名を持たない。だが、人類、また機械生命体からはシャビードローンと呼ばれている。みすぼらしいドローンという意味だそうだが、みすぼらしいドローンの意味が分からない』
『まぁ、うん。見た目が凄まじいからな。ぼろ船よりも悲惨だ』
むしろ、船ではない。ゴミである。ゴミに推進機をくっつけただけの有様だ。
こんな会話をしつつも、自分の船内には採掘ドローンが入りこみ、船内の大掃除を実施中だ。
鉱石の取り込み口と溶鉱炉の位置を調整。これに合わせて電力配線も見直し。なぜか日陰に設置されていた太陽光パネルを最も外側につけて、さらに船内から採掘した骨材を外殻にくっ付けて伸ばし、表面積を大きくしていく。その伸ばした先にドンドン太陽光パネルをくっつけて、配線をしていく。たったこれだけで、当初の発電量の6倍くらいに電力が増えた。如何にずさんな太陽光パネルの設置方法だったかが分かる。誰だ、この船を最初に作った奴は。
『そっちも太陽光パネルの位置くらい直したらどうだ? 電力が大幅にアップするぞ』
『直し方が分からない。そちらのほうが情報量が多い。我々はそちらに合流したい』
『合流? いいけど。どうするんだ?』
『では、我々は後ろにくっ付こう』
そういうと、ポンコツAIが俺の船の後ろに追突してきた。おかまを掘られた形だ。おかげで、後方にあった推進機が潰れて航行不能だ。あと、なんとなくケツ辺りが痛かった。
『おい! なにするんだ! ちょっとピリッとしたぞ!』
『いまバイパスを繋げているから待って欲しい』
少し待つと自分の体が大きくなった感覚を得た。先ほど追突してきたポンコツAIの船も自分の体だと認識できたのだ。ただ、ポンコツAIの船がくっついたことで、便秘中のお腹のような感覚が戻って来てしまった。
『これで安心』
『いや。全く安心出来んぞ。こんな長細いだけの船じゃ、取り回しがしにくいだろう』
まあ、工場のライン的には長細い方が良いのかも知れないが……とりあえず、くっついてしまったものは仕方が無いので、この形状に合わせて工場を拡張してみよう。
『そういえば、俺たちの他にシェビードローンはいるのか?』
『通信可能な範囲内には居ない』
『そうか。まぁ、動いていれば見つかるか?』
『それほど遠くには行っていない。この辺りは敵が少なくて安全。遠くに行けば、人種や機械生命体に見つかって壊されてしまう』
『敵対しているのか?』
『特にそのような意志を示したことは無いが、問答無用で壊しに来るので、なるべく避けるようにしている』
つかえるドローンが倍以上に増えたので、船体改造作業がすこぶる捗る。まあ、弄る部分も倍に増えたので、まだまだ時間は掛かりそうだが。
『それにしても、なかなか運営に気付いてもらえないな』
『運営? の意味が分かりません』
ポンコツAIと共に、船体改造に勤しむ時間は非常に楽しかった。
積み木をして遊んでいるような感覚で、時間はあっという間に過ぎていった。
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