第2話
掲示板で「すごくリアルなSFゲーム」だと聞き、ゲーム自体の存在は知ってはいた。だが、私はVR機器を持っていなかったことと、仕事で時間が取れなかったことがあり、ずっと遊べなかった。
「とにかくおおきい大銀河」というなんともヘンテコな名前のゲーム。
頭痛が痛い、みたいな言い回しになっているのは翻訳のミスだろうか。日本語にも対応しているらしいが、NPCが「インド人を右に!」とか言ってこないか心配だ。
さて、残念なことに昨今の日本経済は最悪と言っても良い状況だ。
案の定というか、私はその不景気の煽りを受け、会社から解雇された。ある程度予想していたので失職後の手続きについては順調にいった。失業保険の申請もこなしたので、しばらくは就職活動をする振りをしつつ、休もうかと思う。
コンビニのATMで預金通帳の残高を見ていたタイミングで、私はふとSFゲーム「とにかく大きい大銀河」のことを思い出した。その時の私は無駄に行動力があり、思い立ったが吉日とばかりにその足でVR機器を手に入れた。そして名物とも言われている「面接」という名の試練を受け、ようやくこれからゲームが始まる、と思われた時だ。
その質問が投げかけられたのはゲームのチュートリアルが始まる直前の、妙に間の悪いタイミングだった。
『肉体情報を電子化してよろしいですか?』
その時の私は「変な質問だな」くらいにしか考えていなかった。
初めてのVRだったので、色々と電子化しないとゲーム内に再現できないんだろうな、なんてことを思った。
『元に戻せませんが、よろしいですか?』
私はその問いに特に考える事もなく「はい」と答えた。
質問には答えたが、チュートリアルの画面は止まったままだ。
バグったか? と思うと同時に、ふわーと気分が良くなってくる。すぐに眠気がやってきて、私の意識は落ちた。
どれくらい意識が無かったのかさっぱりだが、私の意識が戻ったとき、私という存在は良く分からないことになっていた。
『噂では病室みたいなところで、ハゲたマネキンになるらしいのに、これはどういう状況なんだ? 船?』
体の感覚としては、冬の暖かな布団に全身すっぽり包まれているような感覚だ。これは大層心地よい。ただ、異様な感覚として全方位が見渡せる。何と言ったらよいだろうか。視野が360度あるのだ。まるで360度、全方位が撮影できるドライブレコーダーをモニターで見ているような感覚だ。
『うっわ。すっごい気持ち悪いんだけど』
全方位の視界にプラスして、警備室に並べられた監視カメラのモニターがずらりと並んでおり、それぞれが別々の画面を映し出している。その状況を自分では見ていないつもりでも、それぞれの画面で何が起こっているのかが瞬時に理解出来てしまうという謎の感覚。
複数の自分が複数の画面を見て、それぞれがそれぞれで思考しているような、得も言われぬ気持ち悪い気分だ。
『ちょっとこれは……ログアウトしよう。素人にはどう対処していいか分からない』
私が存在しない手を動かすつもりでVR機器共通のログアウト動作を行うが、状況は一向に変わらない。
それから暫く、あの手この手を使ってみるが、状況は改善しなかった。
『お困りですか?』
『うお!?』
突然、頭の中に響く音声とも言えない信号が流れてきた。それと同時に、全方位視界でいう後方少し下方向から何かが近づいてくる。
その物体はおそらく船と思われる何かだった。船体は歪な形をしていて、色々な船を無理やりくっつけて、さらにそこに岩石もくっ付けて作ったようなボロボロの船だ。
自分の船も似たり寄ったりの形をしているので、人の事を言えないが、それでもスクラップ船という言葉が似合いそうだと思った。
『さっきからログアウトが使えないんだ』
『ログアウト、という言葉の意味が分かりません』
近づいてきた船は自分よりも一回り大きい。よく見れば、船の前半分はごてごてしているが、後方は何かしらの工場がくっ付いているかのように、赤熱した液体がドロドロと流れている。船体後方の工場のような場所で溶かされた何か――おそらく金属――が溶けだし、それが冷えて固まったため、船体後方には複数のつららが棘のように生えている。
『ゲームを切りたい』
『ゲーム、という言葉の意味が分かりません』
なんともポンコツなAIだな。いや、ポンコツなNPCか。
私は嘆息しつつ、このポンコツNPCと何度か言葉のやり取りを交わした。しかし予想通り相手はポンコツNPCだったようで、『わかりません』という回答ばかりが返ってきた。
ただ、幸いなことにポンコツNPCとの会話に夢中になっているうちに、全方位視界や無数のモニター監視に違和感を感じなくなってきた。そして余裕が生まれてくると、自分の姿や周囲の状況を改めて客観的に見る事が出来るようになる。
まず視界いっぱいに広がる宇宙の広大さ。無数の瞬く星々。そして近くには恒星からの強い光を浴びて深い影を伸ばす岩石群が存在した。すこし離れた所には土色の巨大な惑星があり、その表面にはこれまた巨大な渦がいくつも見えた。近しい星でいえば、木星のような見た目だ。
隣にいたポンコツNPCの船は船体から小さなドローンを無数に飛ばし、近くの岩石にレーザーを当てて採掘を始めたようだ。
自分の姿、というか船を見てみよう。まず船内だが、人が居住することを考えて作られていない。
取り込んだゴミや鉱石を圧縮して、その隙間に無理やり配線やパイプを通しているような造りだ。ゴミと一緒に宇宙船も丸ごと嵌め込まれていたりしている。
体の中がこんな有様だからなのか、まるで数日間出てこないう●このように、お腹辺りがずーんと重い気がする。
『……運営が気付くまで待つか』
ログアウトも出来ず、自力ではどうにもならない感じがするので、時間つぶしをすることにした。
ポンコツNPCが出射したドローンが、せっせと小惑星帯に突っ込んでいき、ザクザクと採掘をしているので自分もそれに習う。
自分自身の船に意識を向けると、色々と分かってくる。この船は母船であり、採掘ドローンや戦闘ドローンのホームになっている。とりあえず、戦闘ドローンと採掘ドローンを一隻ずつ外に出してみた。
『蜂みたいな形だな』
歪な不揃いの太陽光パネルが羽。胴体は細かったり太かったりとこれまた歪。お尻には採掘ドローンなら採掘レーザー。攻撃ドローンは……なんだろう。大砲? がくっ付いている。
まずは採掘ドローンをあるだけ出して採掘をさせてみた。その採掘された鉱石や岩はドローンがせっせと巣である母船に持ち帰ってきてくれる。これを受け取ったら、太陽光パネルで発電した電気で溶解炉を動かして溶かし、鉄? なのかなんなのか分からないドロドロの液体にして垂れ流す。
『垂れ流しちゃうのか。その先の工場がまだ無いって事なのか?』
鉱石の流れをみると、採掘ドローンが岩をはぎ取ってこちらに持ってくる。それを船主辺りの穴から取り込み、体内の中央にある炉で溶かす。溶けた鉄が水路のような場所を通って、そのまま後方からでろでろと流れ落ちる。ここに本来ならば溶けたドロドロを流し込む型枠が有ったり、何かを作るための設備があるはずなのだが、それが今は無かった。
『自分の船体を改造するとか、そういうのは……あー、なんか頭にある。うわ。気持ち悪い。なんだこの感覚』
自分が絶対に知らないようなことが、何故か分かってしまうという恐怖を味わいつつ、船体を大きく震わせて、余分なパーツを周囲にばら撒いた。
戦闘ドローンも全部外に出し、まずは体内のゴミを片付けていく。
『ゴミ掃除に戦闘ドローンを使おう。……おぉ。ドローンの癖に意外と力持ちだな』
戦闘ドローンは胴体に取り付けられた小さな手足のような場所から小型のアンカーを射出し、飛散したパーツを引っ張ってひと塊にしていく。後から使うかもしれないので、近くに固めて置いておこう。
採掘ドローンの採掘レーザーを使い、体内に取り込まれた岩石を削り取る。ついでにぐしゃぐしゃになって取り込まれていた宇宙船の残骸も綺麗に削ぎ落す。
『それは宇宙船ですか? データを共有しませんか?』
先ほどのポンコツNPCが話しかけてきた。
自分の体の中でゴミと岩石に押しつぶされてスクラップになっていた船を見て話しかけてきたようだ。はて、NPCの言うデータの共有とはなんだろうか。とりあえず、イエスと答えておこう。
こちらが了承の意志を伝えると、ポンコツNPCの船から見た事のないドローンが飛んできた。そいつは形は蜂型で、お尻の部分がパラボラアンテナのような形になっている。
くしゃくしゃになった残骸の周囲をクルクルと飛び回り、それから戦闘ドローンと採掘ドローンに残骸を切り分けてもらい何かを取り出している。
『何をしているんだ?』
『船体データの収集です。我々のさらなる発展には設計図が必要ですが、簡単に手に入れることはできません。ですので、こうして分析をして真似をするのです』
アンテナドローン……スキャンドローンや情報収集ドローンと呼べばいいだろうか。そいつらは自分のアンテナ辺りからうにょうにょしたコードを無数に伸ばし、それを船から取り出した機械に繋げていく。しばらくすると、頭の中にデータが流れ込んできた。
『FA-110汎用艦載機』
『レーザー機銃情報……』
『推進機情報……』
『姿勢制御情報……』
続々と手に入る情報に思わず「おおー」と感嘆の声が上がる。なるほど。こうやって情報を集めて、自分の船を少しずつ成長させていくのか。つまり、この船に取り込まれていたスクラップは、いわばチュートリアルで手に入る初期アイテムというわけだな。
そう思えば、このポンコツNPCがチュートリアルの説明役ということか。それならば、自分達の種族のことくらい分かるだろう。
『君たちはどういった種族なんだ?』
『我々は自分達を呼び合う名を持たない。だが、人類、また機械生命体からはシェビードローンと呼ばれている。みすぼらしいドローンという意味だそうだが、みすぼらしいドローンの意味が分からない』
『まぁ、うん。見た目が凄まじいからな。ぼろ船よりも悲惨だ』
むしろ船ではない。我々はゴミである。ゴミに推進機をくっつけて船と言っているだけだ。
ポンコツNPCと他愛ない会話をしつつも、自分の船内には採掘ドローンが入りこみ、船内の大掃除を実施中だ。
鉱石の取り込み口と溶鉱炉の位置を調整。これに合わせて電力配線も見直した。
なぜか日陰に設置されていた太陽光パネルを最も外側につけて、さらに船内から採掘した骨材を外殻にくっ付けて伸ばし、表面積を大きくしていく。その伸ばした先にドンドン太陽光パネルをくっつけて、配線をしていく。たったこれだけで、当初の発電量の6倍くらいに電力が増えた。如何にずさんな太陽光パネルの設置方法だったかが分かる。誰だ、この船を作った奴は。
『そっちも太陽光パネルの位置くらい直したらどうだ? 発電量が大幅にアップするぞ』
『直し方が分からない。そちらのほうが情報量が多い。我々はそちらに合流したい』
『合流? いいけど。どうするんだ?』
『では、我々は後ろにくっ付こう』
そういうと、ポンコツNPCが俺の船の後ろに追突してきた。おかまを掘られた形だ。おかげで、後方にあった推進機が潰れて航行不能だ。あと、なんとなくケツ辺りが痛かった。
『おい! なにするんだ! ちょっとピリッとしたぞ! ケツの辺りが!』
『いまバイパスを繋げているから待って欲しい』
少し待つと自分の体が突然大きくなった感覚を得た。先ほど追突してきたポンコツNPCの船も自分の体だと認識できたのだ。ただ、ポンコツNPCの船がくっついたことで、便秘中のお腹のような感覚が戻って来てしまった。
『これで安心』
『いや。全く安心出来んぞ。こんな長細いだけの船じゃ、取り回しがしにくいだろう』
まあ、工場のライン的には長細い方が良いのかも知れないが……とりあえず、くっついてしまったものは仕方が無いので、この形状に合わせて工場を拡張してみよう。
『そういえば、君たちの他に仲間のシェビードローンはいるのか?』
『通信可能な範囲内には居ない』
『そうか。まぁ、動いていれば見つかるか?』
『それほど遠くには行っていない。この辺りは敵が少なくて安全。遠くに行けば、人種や機械生命体に見つかって壊されてしまう』
『敵対しているのか?』
『特にそのような意志を示したことは無いが、問答無用で壊しに来るので、なるべく避けるようにしている』
ポンコツNPCと合体した事により使用できるドローンが倍以上に増えたので、船体改造作業がすこぶる捗る。同時に弄る部分も倍に増えたので、まだまだ時間は掛かりそうだ。
『それにしても、なかなか運営に気付いてもらえないな』
『運営? の意味が分かりません』
ポンコツNPCと共に船体改造に勤しむ時間は非常に楽しかった。
積み木をして遊んでいるような感覚で、時間はあっという間に過ぎていった。
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