第8話


《ローグドローンの巣を撃滅せよ。》


 そんな件名と共にプレイヤーに通知された今回のイベントは大盛況となった。

 普段は少数で巡回しているローグドローン。生態も目的も不明な謎の機械生命体、という分類にされている敵性NPCの事をプレイヤーはそう呼ぶ。その謎生命体の本拠地をみんなで叩き潰すことになった。

 今回これほどプレイヤーが集まったのは何を隠そう、敵側に旗艦級のどでかいボス艦が居るということだ。倒した船からサルベージされる、所謂ドロップアイテムは、当然ながら旗艦級のボスということもあって良いものが手に入ることは目に見えて分かる。それに、普通にプレイしていたらそうそうお眼に掛かれない旗艦級の船が見られるということで、普段は戦闘に興味を持たない連中も、興味本位で戦闘に参加している。その結果が、同時接続数二千人超えという一大イベントとなった。


 一つの宙域にプレイヤーが二千人も集まると、全体チャットは誰の発言かなんて分かりやしない。そのため、大半は身内同士でパーティーを組んでいたり、同じギルドで固まったりしている。

 そんな訳で、我々ギルドもこのイベントにギルド員ほぼ全員参加でやってきていた。日本時間の夜8時半にコロニーに集合し、9時に現地着。ほぼ予定通り到着したが、すでにイベントは始まっているようで、他の戦闘ギルドの傭兵たちが戦っている様子が見て取れる。


《じゃぁ、リーダーが指示した船をロックオンしてレールガンを撃つように。全員、レールガンの射程延長つけてるよね?》

《ロックオン距離伸ばすやつもいります?》

《いる。忘れた人は一回空母に戻って。そこで装備換装してください。200km以上から狙撃になるからね。弾種も一番飛距離伸びる奴、今チャットに送った画像の弾をセットしてください》


 こんな人を選ぶようなゲームに入ってきてくれる初心者を大切にしようと立ち上げたギルド『あたまからっぽ』のギルドリーダーは母艦となる空母のコックピットからギルドメンバーに指示を出していた。


 ギルド『あたまからっぽ』のギルドリーダーである男は、元々はこのゲームの個人プレイヤーだ。だが、この世界のNPCから電子頭脳化の提案を受け、面白半分に受諾した結果、晴れて肉の体から魂を分断され、体を持たない電子生命体となった。

 最初は混乱したものの、日本では社畜と呼ばれる働いても働いても生活が楽にならない地獄の苦行のような仕事をしていたので、現世に未練はあまりなかったことと、両親ともに死別しており別れを惜しむような相手もいなかったことなどから、あれこれと考えた結果「あれ? 別に問題ないのでは?」と思うに至り、今ではこうして平然と暮らしている。

 電子頭脳化したところでやることはゲーム時代と変わらず、ギルドリーダーは今日も初心者プレイヤーの支援を主目的として宇宙での生活を楽しんでいた。


 ゲームとして参加していた世界が、実は実在する銀河の遥か彼方のリアルだと知ったのは随分と時間が経ってからだ。このことに気が付いてから、このゲームを配布していた企業が果たしてどういう連中なのか、こっちの世界で調べてはみたものの何も見つからなかった。しかし、今回のようなゲーム時代と同じようにイベント通知は未だに届く。


 疑問は尽きないが、ギルドリーダーはまずは目の前のイベントに目を向ける事にした。初心者達には旗艦級の船が大爆発する瞬間を是非目の当たりにして欲しい。きっと大喜びするはずだ。かくいう自分も、楽しみにしている。


《それじゃ、俺のCV(空母)を5kmでアンカーして整列してくれ。じゃ、番号振りながらロックオンしてくから、一番から順番に攻撃開始するよ》


 ギルドリーダーは150km以上離れた距離でドンパチしているローグドローンの戦艦級を順番にロックオンしていく。20隻を超える大小様々なFG(フリゲート艦)からBS(戦艦)までの戦闘艦に備え付けられたレールガンが火花を散らし、電磁的に加速した弾頭が猛烈な速度で宇宙を駆け抜けていく。そして、目標の戦艦に激突し大きな損傷を与えた。

 

《いいねー。流石にこれだけの数からの一斉砲撃だと、戦艦でも一斉射2回か3回で落とせるね》

《うわーい。これで俺も戦艦キラーの称号が貰えるぞ》

《戦艦キラーの称号が貰えると、自分のアイコンに大和のモチーフがつけれる様になるよ。後から確認してみ》

《うわ。ローグドローンって近くで見るとキモイ。なんか機械の触手が生えてるっぽい》

《メカメカしいのか、生々しいのか、微妙な感じだよな》

《プラウルドローンってやつはヒラヒラした鋼板とかワイヤーがいっぱいぶら下がってて、お化けみたいな見た目してるし、シャビードローンはつぎはぎだらけのボロボロ艦ばかりだったし、ドローン系の敵って良く分からないよね》

《その中なら、ローグドローンが一番サルベージ品が美味しいから、狩りするならローグドローン一択》

《サルベージってみなさんどうしてます? 依頼料払ってNPC艦を連れてってます? 自前で二隻同時操作してます?》


 ワイワイとボイチャやチャット欄で会話をしつつ、黙々と指示に従いローグドローンの戦艦級を落していくギルドメンバー達。時々、ギルドリーダーである男の元には別ギルドから攻撃依頼が飛んできたりするので、その都度攻撃の優先度を変更したりして連携をしていく。

 こうやってワイワイ戦闘している中で自然と連携がとれたりすると、ちょっと嬉しかったりする。大規模SFMMOゲームの醍醐味とも言えた。まぁ、自分はもうプレイヤーではなく、ゲーム内住人になってしまってはいるが。


《旗艦級って全然ダメージ受けて無さそうですけど、いつから攻撃始めるんですか?》

《旗艦級はうちらの装備じゃ全くダメージ入らないから、ちゃんとそれ用の船が来るはず。まず雑魚を倒して、場所を空けないと飛んでこれないから、今はそれの準備中かな。……お。っとか言ってたら来たよ》


 戦場をある程度遠くから眺めていると、不思議な場所に陣取る船が何隻か見つかる。


《あの異様にぴかぴかしている船がスタンパーっていう船で、TT級の船が自前で別の宙域からジャンプしてくる為の道しるべになるんだよ》


 TT級は普通の船と違って、ジャンプゲートを潜ることなく、自前で別宙域に飛んでいける。これはワープなどとは違い、とんでもない距離を一足飛びに移動することができる。もちろん、特殊な燃料が必要だったり、飛ぶ先の座標に先回りして目印である船を置いておく必要があるなど、色々と事前準備が必要ではある。

 

 スタンパーと呼ばれた座標指定艦がピカピカ光を発しながら、高速で動き始めた。すると、先ほど船がいた場所の空間がぐにゃりと歪み、巨大な卵型の船が突如現れた。


《うおおおおお! でけぇぇ!!》

《ギルド「宇宙ネズミ」が所有するTT級だね。特型のブラスター兵器をつけてて、近距離で超火力を叩きつける船だよ。もし狙われたらCV(空母)でも、5秒と耐えられずに落とされるね》


 卵型の旗艦級兵器はのっそりとした動きでローグドローンの旗艦級に向かって動き始める。そして同時にその全ての兵器を稼働させた。

 敵船の装甲が眩く煌めいたと思いきや、巨大な火柱が立ち上り、装甲が赤熱し爛れる。爆散した破片が周囲に飛び散り、シールド装甲に阻まれて眩く煌めく様子が遠くからでも見て取れた。


《ひえええ! 一撃でTT級の装甲がはがれたんだけど!? ヤバすぎ。DPSいくつあるんだろう》

《ドローン系の船はシールド防御じゃないからなぁ。ブラスター兵器は弱点だよね》

《お。でもドローンもやられてばかりじゃなさそ……うわ!? 何あのデッカイ大砲!》

《あれは4000mmアーティレリーかな。現存する中では一番デッカイ大砲だと思う》

《4000mmってことは、弾が直径4mくらいのサイズあるの!?》

《やばwwトラックが打ち出されるようなもんじゃんww》

《ひえええー。TT級のシールドぶち破って突き刺さってる》


 ローグドローンの巨大な大砲攻撃により、味方の旗艦級にも被害が見受けられ始めた。だが、味方の旗艦級の後ろには特殊な形をした船が集まり始め、青い靄のようなものを旗艦級の船に向けて送り出し始める。


《あれは何をしてるんですか?》

《シールド用のエネルギーを送ってるんだよ。青ならシールド。黄色なら電力。あの旗艦級の後方に護衛付きで止まってるのは大型支援艦だね。戦闘能力は全く無いけど、ああやって旗艦級の能力を底上げしてくれる》

《はえー。旗艦級って単独で無双とか出来なさそうですね》

《そうだねー。飛んでくるにも座標指定艦が必要になるし、支援艦が無いと割と簡単に電力不足になる。帰るにもまた座標指定艦が必要になるし、使い勝手はわるいよ。ただその分、攻撃力は現存する中では最強だけどね》

《はえー。いつかTT級を操縦してみたいと思ってたけれど、先は長そうー》

《リアルマネーを数十万円くらいぶち込めば、船は買えはするけれど、実際に活用しようとすると人手がね……》


 この辺りがこのゲーム……自分にとってはリアルの世界になってしまったが、ゲームバランス的には良く出来ていると思う。

 

《たぶんもう一隻くらいTT級が飛んでくると思うけど、この調子だと「宇宙ネズミ」だけで落とせそうだな。流石の近距離火力馬鹿だ》

《あ。リーダー。なんか広域レーダーにデッカイ塊が移ります。飛んできてるようです》

《お。別のところのTTが来たか? ……いや、でも普通ジャンプで飛んでくるよな。なんでわざわざワープで……》


 ギルドリーダーは自分でもレーダー画面を表示させる。と同時に、全体チャットで呼びかけるが、どうやら他の連中もワープで接近してくる旗艦級並みの存在に心当たりが無いようだ。

 機微に聡い傭兵連中が、撤退の準備に入りだす。


《全員良く聞いてくれ! 一応用心のためにすぐ脱出できるよう、船を恒星に向けて短距離ワープ始動速度まで増速!》


 ギルドリーダーの操るCV(空母)を先頭にギルドメンバーたちの船が一斉に向きを変え始める。その間にもローグドローンに対する攻撃は継続しているが、先ほどよりも戦闘に注力している船は少なくなった。

 誰もがもうすぐ現れる旗艦級の船が何処の所属か分からない為、用心している様子だ。


《俺の指示でワープできるよう待機。それまでは先ほどと同じ、指定した船に攻撃しよう》


「了解」というメンバーからの声を受け、攻撃対象の附番付け作業を再開する。レーダーには着々と近づいてくる旗艦級の存在が映し出されていた。

 全体チャットは何処の船だ? 敵か? 味方か? と混乱している様子だ。

 

 そして遂に短距離レーダーにも反応が移り、ほどなくしてそいつは現れた。


《でっか!? ローグドローンの旗艦級より二回りデカいぞ!》

《どっち!? 敵? 味方? どっち!?》

《撤収準備!! サインアップ、サインアップ、サインアップ!(TT級の脱出用座標艦への指示)》

《ギルドチャット見てない奴! 恒星に軸合わせと増速! 各自の判断でワープ離脱!》

《バックアップ艦の離脱確認!》


 ギルドリーダーは現れた所属不明の旗艦級を見て、その船が初めてみるタイプの船だと感じた。どこの国の特徴にも適さない作りをしているようにも見えるが、武装は巨大なレーザー兵器のようだ。となると、イレイザー帝国の作りに近いかもしれない。

 などと考えていると、所属不明の旗艦級のお尻辺りから、まるで木々が枝を広げるように太陽光パネルが展開を始める。さらに旗艦級と共に現れた数千隻を超える艦船がローグドローンに向けて加速を開始した。


《こっちには見向きもしないってことは、とりあえず味方か?》

《解析できたぞ! あの武装の無い船は全部ドローンだ!》

《ドローン!? じゃあこれは、ドローン同士の抗争!?》

《お・も・し・ろ・く・な・っ・て・き・ま・し・た》

《俺たちがローグドローンを攻めてたから、漁夫の利を狙ってきたのか!?》

《バックアップ艦を呼び戻せ! こっちの得物だぞ! ローグを先に潰す!》

《戦力の逐次投入は愚策! 全軍突撃ー!! 好きなようにローグを殴れ!》

《なら、うちもTT級出すわー。誰かサインアップしてくれ!》

《おっしゃー! ローグの旗艦級上方50kmにサインアップする。10秒待て!》


 全体チャットが祭りのように騒がしくなった。その様子にギルドメンバーもテンションが高まっているようだ。かくいうギルドリーダーもNPCとの共闘というストーリーに楽しさを見出し始めていた。

 だが、まだ本当にそう判断して良いのかという確証が得られない。


《所属不明艦からの攻撃が開始されましたってゲロビじゃんwwww》

《極太ゲロビwww》

《あれって、青地図が公開されてたロマン兵器のゲロビームじゃね? 特徴的な虹色ビーム》

《電力馬鹿食いの使えないゴミのあれ?》

《ゴミ言うな。電力さえ賄えれば、継続DPSは現兵器最強やぞ》

《電力(核融合炉1機分)》

《戦艦に一つ積めたら御の字レベルの兵器は実用兵器とはいわんのじゃ》

《プロトタイプ》

《試供品だろ》

《現に使えてるんだから、一応実用兵器じゃね?》

《旗艦級がすっぽり収まるくらい広大な面積の発電パネルが必要な時点でお察しなんだが》

《ほんで、誰ぞゲロビ艦の所属は分かったのかぇ?》

《ありゃシャビードローンじゃ》

《弱小シャビードローンにも旗艦級は居たのか》

《この火力で弱小??》

《ローグめっちゃ削られてるな。タコ殴りやん》


 ローグドローンの旗艦級はプレイヤー陣のTT(タイタン)級3隻から近距離で殴られ、さらにシャビードローン勢の旗艦級から極太のレーザーでこんがりと焼き色を付けられ、至る所から煙と火を噴き始めていた。

 ギルドリーダーはこれは好機と判断し、少しばかり敵との距離を詰めながら、ギルドメンバーに砲撃の指示を出す。

 

《よしよし。あの体当たりしまくってるドローンのおかげで、雑魚がかなり片付いてきた! そろそろ、俺たちも旗艦級に標準を合わせるぞ!》

《なるべく旗艦級の装甲の隙間を狙うよう手動調整かけて! その方がクリティカルが出やすくなる》


 こうして、ローグドローン対シャビー&プレイヤーの構図が出来上がりつつあった。

 だが、この時はまだ、ローグドローンの旗艦級の内部で引き起こされている現象に、誰も気が付かないでいた。


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