第21話


「そりゃ移動はつまらないからね。プレイヤーたちがわざわざ操船しているわけないよね」

『主様が言う通りスキャンした結果、搭乗員ゼロです。すべてのプレイヤー艦は随伴の機械知性体の艦船から遠隔操作されているようです』

「ってことは、ログアウトしているプレイヤーの船を移動させているから、あの機械知性体はゲーム運営側と何かしら関係があるわけね」

『我々には未だに、この世界が主様の言うゲーム内世界という予想に、疑義があると感じています』

『どちらかと言えば、主様がやっていたゲームが、実は遠く離れた本物の宇宙だった、という可能性があります』

「そんなことありえる? だって地球は銀河の正反対だよ? 光の速度で十万年とかだよ? そんな距離をリアルタイムで通信できるわけないじゃない」

『では我々の使っているこの会話は一体どのような通信系統なのでしょうか。距離を全く感じさせず、リアルタイムでやり取りが可能です』

『主様の指示一つで、3万光年程離れた我々の製造拠点を好き勝手に作り替えることが可能なのです』

『光の速度が早さの限界であるという考え方が古いです。ワープですら光の速度を凌駕しているのですよ?』

『ジャンプゲートなんて、一回で1万光年くらい飛びますからね』

『僕たちのジャンプだってそのくらい飛ぶよ?』

「……なるほど。確かにそうだね」


 シャビードローン達に言い負かされたシャビドは不承不承に頷いた。

 ここはトロトン帝国から4回程ジャンプゲートを潜ってやってきたとある国のとあるコロニーだ。ここまで来るとトロトン帝国とサモンラ王国の戦争は、テレビの中の遠い国のお話であり、道中に襲われることも全く無かった。そもそも、戦艦を多数交える超大規模な船団に手を出してくるような輩は普通存在しない。あるとすれば、ローグドローンやプラウラドローンなどのあまり頭の良くない連中くらいだ。

 シャビドはコロニーの宇宙港が見える全面ガラス張りのカフェの一席に座り、停泊する大小さまざまな艦船を見下ろしていた。

 チューチューと甘いミルクティーをストローで飲んで遊んでいるように見えて、実は停泊する艦船や武装などをスキャンして研究している。実際にスキャンしているのはシャビドの目を通じてシャビードローン達が行っているわけだが。

 

『この辺りは実弾系の装備が多いですね』

『ミサイル系統の弾頭はかなり種類が豊富です。また海軍仕様のミサイルも傭兵に対して使用許可が降りているようです』

「海軍仕様になると何か違うの?」

『速度や追尾性能、爆発力などがグレード二つほど高まります。お値段は倍以上変わりますけれど』

『一発で倒せるか、二発で倒せるかの違いです。日々命がけの傭兵には高くても人気のようです』

「そりゃ、ケチって死んだら元も子もないからなぁ」


 ミルクティーを飲み干し、次はカフェラテを頼むシャビド。

 そんな彼女の元に、マイクを持った若い女性が近づいてきた。その後ろにはカメラを持った男が二人ついてくる。


「すみません。完全義体フルメタルのシャビドさんですか?」

「?? え? 私に話しかけてる?」


 聞き覚えの無い名前にシャビドが驚いて自分を指さし返事をすると、その女性は大きく頷いた。

 その女性はシャビドと比べれば数段見劣りする、良く言えばどこにでもいるような顔立ちの、二十代前半と思われる女性であった。彼女の右腕には腕章がついており、タオタ報道とカラフルな字体で書かれている。他の二人の男性にも同じ腕章がついていた。


『マスコミですね。タオタ報道所属で間違いないです』

『裏もなさそうです。純粋にインタビューかと思うよー』


 即座にシャビードローン達が彼女の素性を調べ上げていた。

 シャビドはマスコミ関係者と聞いて、少しばかり眉根を寄せた。彼らに対してあまり良い印象を持っていないからだ。というのも、シャビドが傭兵になって偽ローグドローンを倒しまくっているころに「とある傭兵(シャビド)は依頼を不正に達成し昇級している。傭兵組合もグルだ」などと根も葉もない噂を流して付きまとってきたことがあったからだ。そしてそのストーカー記者をぶちのめしたところ「暴力女」「性格の悪い喪女」「やつこそが真の悪役令嬢よ」などと週刊誌っぽい情報媒体にあることないこと書かれまくったのだ。

 それで実害を被ったかと言われれば、「べつにー?」と特段の影響はなかったのだが、気分的には非常によろしくない。


「傭兵組合の依頼を不正に達成し、最速で傭兵ランクシルバーまで昇級したという噂がありますが、これは事実ですか?」

「……うざ」


 シャビドの端的過ぎる回答に、女性の頬が引きつる。


「これ、動画サイトでの生中継なので発言には気を付けてください。それで、不正について認めますか?」

「ちょっとー、店員さん。店内に変な人が入り込んでるけどいいのー?」


 シャビドは記者を相手にするのを止めて、店員に助けを求めた。

 即座に店員がやってきて、報道関係者を外に出そうとするが、あろうことか彼らは商品を注文し、シャビドの隣の席に陣取った。


「これで我々もお客という立場です。シャビドさん。どうなんですか? 不正で昇級した気分は如何ですか? 何か喋ってくださいよー」

「ごちそうさまでしたー」


 シャビドはさっさと席を立ち、店外に出る。すると後ろからドタバタと走る音がして奴らが付いてきた。


「あれ? 逃げるんですか? つまり不正を認めると言う事ですよね? 違うなら違うと答えたらどうですか?」


 シャビドは無表情のまま、ニマニマとムカつく笑いをする女性記者を見つめる。その様子をシャビドの前に回り込んだカメラマンが撮影し、もう一人はパシャパシャとシャッターを切った。

 シャビドは内心で「殺して良い?」『ダメ』『ダメダメ』『目立つことしたら地球に行けなくなるよ』『むしむし』というシャビードローン達とのやり取りをし、周りをぐるりと見渡す。

 今いる通路の両サイドには飲食店街が軒を連ねており、多くの人種やそれ以外の種族達が多く行き交っている。彼らはシャビドに付きまとう報道関係者達を、チラリと横目に見て通り過ぎていった。


『このコロニーの傭兵組合に向かうようマップを表示します』

『このままだと主様がプッツンしそうです』

『傭兵組合の中までは入ってこないでしょうからね』


 頭の中で「よろしく」とシャビードローン達に伝え、しつこい記者を無視して早足に歩き続ける。その間にも進行方向を邪魔するように記者は立ちまわる。だが、その悉くを華麗なるステップで交わし、シャビドはとっとと傭兵組合の建物へと入っていった。

 すぐ後ろで傭兵組合の入り口に立つマッチョな警備員に記者とカメラマン二人が阻まれて大声で叫んでいる。その不快な声も自動ドアが締まるとピタリと聞こえなくなった。

 シャビドは小さくため息をつき、組合の受付カウンター前に設置されているベンチに座った。目の前の受付に座るオジサン職員が苦笑いしているのを見て、思わずこちらもぎこちない笑みを浮かべてしまった。


「お前さんの噂はココでも聞いたことあるぞ。あーいう連中がうっとおしい時は、ここで護衛依頼を出すことをお勧めするぞ。宙族を狩る腕は無いが、見た目だけは一丁前に傭兵している奴らが暇しているからな」

「ありがとうございます。これ以上絡んで来るなら、それも検討します」


 シャビドは素直にそう答え、しばらくここで時間を潰すべく、併設されたカフェでコーンスープを頼んだ。それからカウンターに座り、携帯端末を弄るふりをしてシャビードローン達と会話を始める。


「私に人種がまとわりつくのはあまり良くないよね。実験体として連れ帰っても怪しまれるし、変に勘繰られるのも困る。魔改造された船を探られるのも癪だ」

『そもそも、主様は時折ポンコツになりますので、我々シャビードローンとのつながりを推察される恐れの方が怖いです』

『我々の中から主様の側近役が出来るよう、数体義体を作成しています』

『お時間があるなら、その宙域で適当な座標を送信してください』

『自発型ジャンプ金属で超小型スタンパー艦を試作しましたので、試験ジャンプといきましょう』

「……まってそれ聞いてない。なに自発式ジャンプ金属って」


 シャビドは端末を弄るふりをしながら眉根を寄せた。


『主様はまだジャンプについてあまりお詳しくないので、簡単に説明しますね。その前に、主様はジャンプについてどの程度の知識がありますか?』

「ジャンプは相手先の座標に飛ぶこと。ワープと違ってかなり遠い距離を渡れる。膨大な燃料や特殊な資源が必要。ジャンプする先にスタンパー艦のような座標アンカーを打つ必要がある。このくらいかな?」

『宇宙人類が使っているジャンプについてはおおむね合っています。後々の説明が分かりやすいよう、これを人類ジャンプと仮称します』

『我々が使用している仮称、シャビドジャンプですが、相手先の座標が分かれば飛べます。人類ジャンプのように座標を固定するためのアンカーが必要ありません。ただし、とてつもない電力が必要になります』

「シャビードローンの炉が100機だか1000機だか必要っていってたもんね。だから旗艦級くらいにしか使えないって話じゃなかった?」

『そのとおりです。これでは少々使い勝手が悪いので、ジャンプ金属を作ってからもう一度我々の炉で溶かして再加工をするなど実験を繰り返していました』

『その結果出来上がったのが、自発型ジャンプ金属です』

『これはワープと同じような感覚で、座標さえ分かればその場所にほぼ時差なく飛べます』

『電力の使用量もほどほどで経済的です』

『欠点はワープできなくなることです』

『しかし、その欠点も自発型ジャンプ金属で作った船内に小型ワープ特化ドローンを搭載することで、ドローンを先にワープさせ、その座標にジャンプするという運用をすれば補えます』

「……えーっと。つまり、人類ジャンプの欠点を補い、使いやすくなったわけだね。小さい船でも相手先の座標さえ分かれば好き勝手にジャンプできるってこと?」

『そのとおりです。これがシャビドジャンプです』

「それめちゃくちゃ強くない?」

『ステルスドローンと組み合わせたワープアタックを思い出してください』

『あれのジャンプ版が可能になります』

『遠く離れた宙域から、敵艦の座標さえ分かれば、その位置に爆薬満載のドローンを送り込めます』


 シャビドは端末を机に置き、疲れもしない目頭をモミモミと解す。


「さっきの報道関係者への対応がどうでもよくなるくらいの発明だね」

『頑張りました』

『プラウラにも、ローグにも負けない自信がつきました』


 それどころか、宇宙人類にも勝てるんじゃないかな?


 シャビドはそんなことを思いながら、しかし自分が所属する勢力が強くなることは良い事だと気軽に考えていた。シャビドにとって宇宙人類はゲーム内のNPCという認識が強い。

 そもそも、シャビドがシャビードローンとして誕生した際、シャビドは己の姿や形、そして人とは異なった心の変化に耐え切れず何度も発狂した。どうにか自分の精神を守るためにとったのが、宇宙人類をゲーム内NPCとして捉える事により、この世界がゲーム内世界だと意識づけることだった。自分自身を納得させることで精神の安定を図った。いわば現実逃避である。

 だから、シャビードローンがとてつもなく強くなり、最終的に宇宙人類を滅ぼしてしまったところで、シャビドにとってはゲーム内NPCがゲーム内の敵性キャラにやられた、という程度の思いしか浮かばない。

 シャビドが元々持っていた人の心は等の昔に粉々に砕かれ、シャビードローンの主様としてのシャビドが形作られていた。

 シャビドの心はシャビードローンとして正しい心のあり様であり、これは宇宙人類にとっては非常に不幸なことであった。


 なぜならば、誰もシャビードローンの戦力拡大を止めることが出来ないからだ。シャビードローンの勢いは、ゲーム運営側である機械知性体や機械生命体ですらも予測できない程に加速していた。


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