第20話

 シャビドは暫くの間はプーレグコロニーに滞在していた。疲れない体を良い事に、寝泊まりは自分の船の狭いコックピットに座って行っている。この体にエコノミー症候群の心配は全くない。


「近年まれにみる早さのランクアップだってさ。目立つのは困るんだけどな」

『ズルして撃墜数を上げてますからね。主様の操船技術も少しはよくなってきてますよ』

『本物のローグドローンとの戦闘なら、今頃100回くらい転生してますけどね』

「……うるさいなぁ。仕方ないじゃないか。頭で動かすのと、手と足を使って動かすのは全然違うんだから」

『初心者に毛が生えた程度の傭兵が電脳操船出来る船を持っていたら怪しいでしょ?』

『気付いていましたか? 主様が友達だと思っている3人組の傭兵おじさんは主様の監視要員ですよ?』

「えっ!?」


 驚愕の事実にシャビドは口を開けて固まった。

 傭兵に登録して最初の戦闘で助けに入ってくれたあの三人組の傭兵は、シャビドの監視員だったのだ。


『主様にこれを伝えると態度に現れそうだったので、今まで黙っていました』

『先日監視は解かれましたよ。主様について、傭兵ギルドへの報告内容は「問題なし。出所不明の怪しい奴だが、悪い奴じゃない。他国のスパイなんてありえない。あんなポンコツにスパイが務まるわけがない。」とのことです。良かったですね』

「よくないよ!? 酷評されてる!」

『良い事じゃないですか。上手く一般人に擬態することが出来ました。プーレグコロニーにからの監視対象が外れましたから、自然と情報も集まるようになりましたし、いいことづくめです』


 ポンコツであることをシャビードローンから褒められて、シャビドはパイロットシートの上で力を抜いた。


「……もーいいよ。良いですよ良いですよ。私に傭兵やらそういう察する系のセンスなんてありませんよーだ」

『それはそうでしょう。主様は我々シャビードローンの主様なのですから』

『傭兵のセンスがあって、真面目に傭兵をされても困ります』

『傭兵になったのはお金を手早く稼ぐためですよ。主様の目的は傭兵の腕を磨いてランクアップをすることではないでしょう?』

「それもそっか。なら、手早く稼いで、早く地球に行けるようにしなきゃね」


 そのようにシャビードローンからも背中を押され、シャビドは毎日偽ローグドローンを狩り続け、瞬く間に目標金額を貯めた。そして「傭兵止めまーす。少し旅にでまーす」と元気よく傭兵組合に退会届を出しに行ったところ、組合の偉い人が出てきて「傭兵の免許は身分証明にもなるから辞めないで! うちの所属でいて!」と説得された。

 いくつか押し問答もあったが、結局シャビドが折れ、退会届は取り下げた。ただ、地球への旅行については辞めるつもりが全く無い為、絶対に折れる気はないと強く申し付けたところ、なるべく早く戻って来てね、と切に願われてしまった。


『いつのまにか、主様のローグドローン撃墜スコアがトップランカーに及ぶ勢いになっていたようですね』

『組合も有望な人材の流出は避けたいのでしょう』

『八百長マシマシの撃墜スコアですけどね』

「なんでもいいさ。よし。買い物して旅の支度をしよう!」


 こうしてシャビドは傭兵ギルドの偉い人達の胃にチクチクとストレスを与えながら、旅支度を始めるのだった。

 そして、そんなギルドの偉い人達にさらなる悲劇が巻き起こる。

 なんとシャビドがプーレグコロニーを離れる時期と合わせて、ブランクブレイン勢が一斉に拠点からの移動を始めたのだ。その移動たるや凄まじい勢いで在り、これが冗談や遊びではなく完全に本拠点を移す勢いでの移動であった。おまけにその移動先が自国内ではなく、他国である事から大問題に発展する。

 この大移動はかなり目立ち、様々なニュースサイトでその移動に関する情報があーだこーだと議論されている。

 あるニュースでは戦争中の隣国の謀略だ! と声高に叫ばれるほどだ。


『この宙域マップをご覧ください。青色で表示されている場所は我が国トロトン帝国の領域になります。赤色は憎き敵国サモンラ王国です』

『銀河の半分を手中に収める、我が大帝国はサモンラ王国と長年争ってきました。数年前に勃発し現在も継続している第1919次二国間戦争も過去の歴史同様に膠着状態に陥っています。しかし、その均衡状態がここにきて崩れる恐れが出てきました。』


 関係ない話だが、この第1919次二国間戦争は「とにかく大きい大銀河」のプレイヤー間では「トロサーモン戦争」と呼ばれており、ゲームコンテンツを提供する重要なイベントになっていた。

 前線付近ではPVEを好むプレイヤーが敵国と交戦を続ける。そこでは大量の弾薬や艦船その他の消耗品が消費されていく。その前線に向けた物資の運搬を宇宙船操船シミュレーション好きのプレイヤーが輸送艦を駆って請け負う。その輸送船を狙ってPVP勢が海賊行為を働く。さらに別のPVP勢が宇宙海賊狩りを生業とする傭兵プレイをする。そんな彼らを尻目に、内政プレイヤーが自前で製造工場を立ち上げ、前線プレイヤーのために船舶や弾薬を作り販売する。

 このような形でゲーム内でのプレイヤーによる市場形成を促すにあたって、トロトン帝国とサモンラ王国の戦争は非常に重要なものであった。

 これほど多くのコンテンツを供給していた戦争が終わるということは、つまり次のコンテンツの提供先が出来たということでもある。それに従い、ブランクブレイン勢はイベントのために拠点の大移動を始めたのだ。

 そんなゲーム運営側の思惑など知らない現地宇宙人類からすれば、今まで味方でいた傭兵が突如として敵国に寝返ったようにしか見えない。


『我々が独自のルートで入手した情報によりますと、ブランクブレイン勢は銀河の正反対に位置する宙域を目指して移動を始めているとのことです』

『その位置に何があるのか、そして何が起こっているのかは判断が出来ません』

『しかしながら、ブランクブレインの製造拠点とも言える超大型コロニーが、行先も告げず移動を始めたことからも、何かとてつもない事が起きていると推察されます』

『我がトロトン帝国は死を恐れぬ電脳生命体であるブランクブレインと協定を結び、戦力として活用してきました。これは双方ともに利の有る有益な条約に基づくものであることは皆様ご存知の通りかと思います』

『この条約が現在も有効に作用しているのかという問い合わせに対し、トロトン帝国外交部局は調査中であると言葉を濁しています』

『万が一、この条約が無効となっていた場合、トロトン帝国は厳しい戦いを強いられることになるのではないかと、有識者たちは戦況を見守っています』


 シャビドが呑気に旅支度している間に、戦況は刻一刻と変化していた。

 最初は帝国の勝利を信じて血気盛んに叫んでいたニュースキャスターたちも、日がたつにつれて声音を落していく。


「なんかこの国って戦争に負けそうらしいね。皆が一斉に移動するからなのか、ジャンプゲートの使用料が折半されてて思ったよりも安くジャンプできそう」

『主様の話が本当であれば、ブランクブレインというのは主様と同郷の方々が電脳に搭載された、いわばアンドロイドのような存在なのですよね? ゲームのプレイヤーでしたっけ?』

『彼ら彼女らは大移動をしているようです』

『どうやら目指す先は主様と一緒のようですよ?』

「え? プレイヤーも地球を目指しているの?」

『太陽系第三惑星ですから多分そうですよね』

「……地球でイベントでも開催するのかな。プレイヤーが集まるって事は」

『探れる範囲で見つけてきたのは、未発展惑星保護団体がまたどこぞの星を武力制圧しそうだ、という嘘か誠か分からない掲示板の記載ですね』

「未発展惑星保護団体……それは宇宙版の環境保護団体みたいなもの?」

『コロニーの着陸進入コース上に巨大な廃船を持ってきて通行止めにしたりする連中みたいです』

『コロニー建造に有限な資源が使われてる事に反対! みたいなことを叫んでますね』

「どこにでも変なのはいるみたいだね。それで、そんな連中がどうして地球を狙ったの?」

『それは分かりかねます。掲示板でも色々議論はされているようですね』

『もっともそれらしいのは、かの星で軌道エレベーターの建設計画が持ち上がったため、というのはありました』

『未発展惑星保護団体の規定によると、軌道エレベーターの建設は技術レベルが未発展惑星から準発展惑星に格上げされる要件に当てはまるそうです』

「そこでどうして武力制圧をする必要が生じるの?」

『憶測の域をでませんが、おそらく保護団体としてはその星が未発展惑星という枠組みで居てもらわないと困るのではないかと』

『政治と金の問題だ、とも書かれていました』

「あー。保護団体に寄付しているスポンサーとかの意向、みたいな?」

『すべて推察ですから、そうだとは言い切れませんが可能性はあるかも?』

「いやでも、ブランクブレインのプレイヤーたちが地球に向かって移動するってことは、地球で何かが起こってるってことだから、……例えばイベントでその武装勢力から地球を守るイベントが開催されるとかかな」


 そんなシャビドの予想は大正解であった。

 ブランクブレイン達であるゲームプレイヤーは運営からのお知らせを受け取り、それがゲーム内での地球であることを知ると、早速そのイベントに間に合うようにと大移動を開始したのだ。ゲーム運営側の取り計らいにより普段は高額なジャンプゲート使用料が格安になったため、イベント関係なく、この時がチャンスとばかりにトロトン帝国から他国に行ってみようというプレイヤーも数多くいた。


 その結果、トロトン帝国にとっては最悪の形で戦力の流出が巻き起こってしまう。ただ、これが一方的にトロトン帝国の不利益になるかと言われると、そういう訳でもない。このプレイヤーの大移動はサモンラ王国側でも寝耳に水な話であり、大混乱を生じさせていた。

 それも無理からぬ話だ。さっきまで前線で戦っていた主戦力が何の前触れもなく自分達の目と鼻の先を悠々と通行していくのだから何事かと思うのが普通である。

 ジャンプゲートの使用権はサモンラ王国と機械知性体との協議により、戦争に少なからず関わるブランクブレイン勢の使用に著しい制限が掛けてあったはずだ。それが、何の前触れもなく撤回され、武装と燃料満載の戦艦や、旗艦級の移動をサポートするスタンパー艦が我が物顔で国内を通行していく。これで不安にならない訳が無い。近隣のコロニーは大パニックに陥った。それこそ、B級映画でしか見たことが無い様な避難民による大暴動が巻き起こったのだ。

 サモンラ王国側も手をこまねいている場合ではなく、これら大移動するブランクブレイン軍勢に対して攻撃を試みた。しかし、プレイヤー側は戦艦クラスだけでも数百隻規模の大船団を組んでおり、さらに機械知性体所属の護衛艦と思しき船までいたため、接敵した王国軍の軍勢は瞬く間に磨り潰されてしまった。トロトン帝国との戦闘で生ずる被害が可愛く見えるほどの大損害だった。数の暴力というのはかくも恐ろしいモノである。


 こうなってくるとトロトン帝国は戦力の減により戦争の継続が難しい。サモンラ王国は自分の国内に異分子が入り込み、さらにそいつらが背後に移動をしていく。素通りされるのか、挟撃されるのか、どういった思惑で動いているのかも定かではなく、最優先で国内の安全と治安維持を確保する必要が生じた。

 双方の思惑が交差する中で、ブランクブレイン勢の大移動が開始されて一週間とたたず、トロトン帝国とサモンラ王国は即時停戦を決定したのだった。


 そのころシャビドはプレイヤーたちの大船団に他の宇宙人類の商船と同様に紛れ込み、小さなフリゲート艦でゆっくりと地球へと向かうのだった。

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