第19話

 シャビドが乗るフリゲート艦はプーレグコロニーから出航し、人気のない宙域へとワープで飛んでいく。シャビードローン達は先回りしてその宙域に偽ローグドローンと偽プラウラドローンを用意しておいた。


『主様のお下手くそな戦闘軌道でも倒せるように手加減します』

『電子操船術ではなく、手動で操船してくださいね。そうしないと戦闘ログを怪しまれます』

『無反撃というのも怪しいので、ある程度はこちらからも攻撃をします』

『せめて自力で一隻は落としてください』

「やってやろうじゃないか!」


 シャビードローン達にポンコツ扱いされ、シャビドはぐっと操縦桿を握りこむ。

 この宙域にワープしてくる途中、ネットの動画サイトで『ヌーブでも勝てるドローンとの戦闘法』を思い出し、レーダーと全周モニターに目を配る。

 シャビドが乗っているフリゲート艦は駆け出し傭兵が載るには高性能な機体だ。H鋼という相性で親しまれた傑作機でもある。ローマ字のHの形に骨格が組まれ、その中央に球形のコックピットがある。

 工場出荷状態の標準機体である場合、艦首にパルスレーザー砲が4門。船尾には2機の推進機が備え付けられている。標準でそこそこ優秀なシールド発生装置が付いており、宙族に囲まれてフルボッコにされるような下手を打たなければ、逃げる時間くらいは稼げる程度に頑丈な機体だ。

 それがシャビードローンに魔改造されたことで、シャビドの乗るフリゲート艦は全くの別物となっていた。

 まず艦首には2門のビームレーザータレットが取り付けられている。これはシャビードローンの旗艦級についていたゲロビ―ム砲のダウンサイジング版であり、電力はかなり喰うがDPSは相当に高い代物だった。宙族の乗るオンボロ艦なら1秒も持たず装甲を融解させ内部まで貫通させることができる。推進機についても旗艦級のダウンサイジング版が使われているため、とてもフリゲート艦の出力では収まらない代物になっていた。当然それだけの推力を発生させるメイン炉にはシャビードローンの炉が使われているため、電力に関しては戦艦並み。そしてその戦艦並みの電力でシールド発生装置がぶん回せるためフリゲート艦の癖に、巡洋艦と互角以上――下手したら戦艦をも無力化できる程度――に戦えるチート艦が出来上がってしまったのである。

 なお、操縦手はネットで動画を見ただけの初心者であるため、綜合戦力は精々駆逐艦と同程度といったところだ。それでもフリゲート艦にしては破格の強さといえる。


 ちなみに船の強さは一般的に、フリゲート艦、駆逐艦、巡洋艦、巡洋戦艦、戦艦の順に強くなっていく。空母や旗艦級の超大型艦船はその運用方法と状況により強さが入れ替わるため順番付けは難しい。ただ、戦艦の次に強いと言われる空母については、適切な運用が行われ戦艦に肉薄されないという条件であるならば、戦艦10隻を完封出来る程度の戦力を保有しているのが普通だ。その空母20隻を一撃で叩き落せるくらいの戦力を保有するのが旗艦級である。


「おらぁ!」


 シャビドが操縦桿を右に押し倒し手前に引き込むと同時に右ペダルを踏み込む。フリゲート艦は右にバレルロールしながらシャビードローンが操る偽ローグドローンを追いかけた。

 くらえっ、というシャビドの掛け声と同時に操縦桿のトリガーが握りこまれ、フリゲート艦の先端から二筋のレーザービームが照射される。

 だが光り輝くレーザー光線は偽ローグドローンの機体を掠ることはなかった。


『それじゃあ当たりませんよ。もっと先読みしてください』

『主様の戦闘センスは本当に残念ですね』

『もっとアシスト機能を盛っておいた方が良かったですね』

『もうその船の子に任せてしまったらどうですか?』

「もうちょっと戦わせて!」


 チクチクと脳内にシャビードローン達の声が聞こえてくる。このフリゲート艦の核を担ってくれているシャビードローンからも『いつでも交代できますよ』というありがたいお言葉もいただいた。

 あーだこーだとアドバイスをもらいながら、両手両足を使って船を操り続けるシャビド。さながら複数機のローグドローンと死闘を演じしてるように見えるが、実際には初心者が舐めプされている状態である。

 超高速移動をしながらの戦闘機動であるため、常に体には高負荷が掛かり続けている。通常の肉体を持つ者ならば、あっと言う間に体を壊してしまっただろう。だがシャビドは見た目は可憐な少女であるが、中身はゴリゴリのサイボーグである。一時間程度の戦闘は軽い運動にもならない。

 

『徐々に動きがよくなってきましたね』

『ここまでで3機撃墜ですよ』

『この感じなら、ガンカメラを編集しなくても怪しまれないと思います』


 シャビードローン達からもお褒めのお言葉をいただいた。


『あ。何機か接近してきます』

「こっちのレーダーにも映った」

『突然戦闘をやめるのも怪しまれるので、このまま継続します』

『状況によりどうするか考えましょう』


 レーダーには徐々に近づいてくる複数の機影が確認された。大きさ的にシャビドの乗るフリゲートと同じクラスの艦船と思われる。

 そのままシャビドは偽ローグドローンとの戦闘を続けていると、ワープで近くに飛んできた船から通信が入った。


『艦船情報を確認した! 初心者にはその数はきついだろう! よく耐えた! 助太刀する!』


 いや、要らないんだが……。とは言えず、シャビドは素直に感謝の言葉を述べる。

 現れたのは3機のフリゲート艦だ。どの船も隙の無い動きで偽ローグドローンを追いかけ始めた。中々の腕前をお持ちのようだ。


『どうします? やられておきますか?』


 シャビドローンが聞いてくる。


「みすみす落ちるのも癪だ。適当に遊んで離脱して」


 シャビドはそう答え、自分も目の前を横切った偽ローグドローンを追いかける。そして先ほど練習していた方法で一隻を撃墜した。


『だぁ! なんだこいつら、動きが素早すぎるぞ!』

『タイチョー! こいつら逃げに入ってます! あっ』

『対象のワープイン確認。逃げられました……』

『っち! ローグの癖に良い判断しやがる!』


 加勢に来てくれたフリゲート艦同士の通信を盗み聞きしつつ、シャビドはお礼の通信を相手にいれた。傭兵業界入りたてなので、こういった際のやり取りは良く分からないが、とりあえず礼を言っとけばいいだろうの精神である。


「助かりました。ありがとうございます」

『おう。あの数相手によく耐えたぞ、お前』

『艦船情報が今日傭兵登録って書いてあるが、マジか?』

「はい。先ほどプーレグ傭兵組合で登録をしてきたばかりです」

『マジか。初戦であの数相手は運が無かった……いや、生き残ってるから運が良いのか』

『まぁ機体も良いやつ使ってるしな。親が金持ちか?』

『おい。いきなり詮索するんじゃねぇ。ルール違反だ』


 相手は傭兵らしい、豪快で軽快な言葉遣いの連中だった。シャビドは練習がてら数機を撃沈したので、その残骸回収に入る。


「こういった際にどうしたら良いのか分からないのですが、助けて頂いたお礼はどのようにしたらいいですか?」


 吹っ掛けてきたらラムアタックドローンのジャンプアタックで潰そう、などと内心で考えつつ、シャビドは相手に聞いてみた。


『初心者がそんなの考えなくていいぞ。自分が落とした得物が自分の戦果だ。それ以外は無い』

『今回の助太刀の件も君みたいな初心者じゃなければ、得物の横取りと捉えられる可能性もあるからな。もし自分が助太刀する立場になったら、気を付けた方がいい』

「なるほど。ありがとうございます」

『おうよ。気にすんな。あ、ドローンの推進機は壊れてても良い値になるから積めるなら持っていけ』


 こちらのサルベージ作業を見ていたらしく、傭兵の一人が教えてくれた。こんな破損品も再利用するのか。

 それからシャビドは傭兵3機と共にプーレグコロニーに帰還した。そして数機のローグドローンの撃墜報告をした。

 傭兵組合で先ほど助けてくれた三人の傭兵と顔合わせをし、自分の容姿に大層驚かれた。


「こりゃまた、なんで傭兵やってんだ? その容姿なら町で普通に……あ、サイボーグか」

「タイチョー。いくらサイボーグだからってここまで完璧な表情筋は再現不可能だって。ほら見てよこの笑顔」

「ガチか? これガチ美少女か?」

「あ、あはははは。あの、助けてくれてありがとうございました。改めてお礼申し上げます」

 

 男三人組の傭兵がジロジロと自分を見てくることに、シャビドは背筋にゾゾっと寒気を走らせる。だが、口元が引きつるのを無理やり制御し、笑顔で頭を下げた。


「おう。礼ならいい! 変わりに一緒に飯でも食おうぜ」

「良い店いきましょうよ! 美女と同伴じゃー!」


 というわけで、断れる感じもなかったためにシャビドは傭兵3人とご飯を食べに行くことになってしまった。

 『帰りたい』と脳内交信で泣き言をいうものの、『お土産は情報で良いですよ』とシャビードローン達からエールを送られる始末。

 シャビドはサイボーグらしく表情筋を完璧に制御し、3人の傭兵にお酌をし、しこたま酒を飲ませありったけの情報を吐かせた。

 

 サイボーグの体は疲れない。肉体的には万全。精神的には満身創痍な状態で、シャビドは船のコックピットシートに深く腰掛けた。そして大きなため息を零す。

 酔っぱらいのベテランの傭兵からは、かなりの有益な情報を引き出せたと思う。

 シャビドは教えてもらった知識をシャビードローン達と共有し、あーだこーだと今後の作戦を練るのだった。

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