第18話

 宇宙人類が使用しているジャンプゲートについて、シャビードローン達は調べた。その結果、旅行としてジャンプゲートを使う場合、かなりの金額を使用料として支払う必要があると分かった。


「うーん。3回くらいなら、捕まえた人間が持ってたお金で何とかなるけど、地球に行けるほどのお金はないな」

『我々もローグドローンもプラウラドローンも通貨という概念がありませんからね』

『稼ぐなら宇宙人類種に混じらないと無理です』

「うーん。楽して稼ぐ方法は無いものだろうか……」

『求人を探してみます』


 私は新しい義体に入り込み、地球への旅で使うフリゲート艦のコックピットに座っていた。今度の義体は吊り目に朱色の髪が良く似合うツインテールの少女だ。これは複数の人間の皮を繋ぎ合わせたりして加工し、オリジナルの造形にしたものだ。シャビードローン謹製ブランド義体となる。

 コロニーでの身分証明が出来ないのではないか、と心配はしたが、その辺りに抜かりはない。コロニー内でも、スラム街などでは住民登録の無い者が多数存在し、そういう連中は大人になったり、必要に迫られた際に商業組合や傭兵組合で身分を登録するそうだ。なので、身分の無い者であっても、警戒はされるが問答無用で捕縛されたりコロニーに入れないということはないらしい。

 使用する船は魔改造されてはいるものの、大型採掘艦の護衛任務についていた船であるため、艦船登録は正規の手続きを取っているはずだ。これでコロニーに近づいて所属不明艦として即撃沈はないだろう。中の乗組員が変わっていることに対して突っ込みが入るかもしれないが、そこはどうとでも言い訳できる。売ってもらったとか、ね。


『主様。やはり手っ取り早く稼ぐなら、傭兵稼業が最もよいようです。特に今はローグドローンとプラウラドローンによる被害が大きいため、これらの討伐任務が非常に高額で掲載されています』

「なるほど。傭兵稼業ね……ん?」


 そこで私はふと思いついた。

 宇宙人類がローグドローン、プラウラドローンと思っている存在は、シャビードローンが作った偽装品である。これらを討伐して報酬を受け取ることが可能だろうか。

 もしこれが可能ならば、シャビードローン達が自前で作った偽のローグドローンを撃墜し、その記録を報告すれば簡単に依頼を達成できる。がっぽがっぽ儲けることが出来る。なにせ、敵は自分で操作するドローンなのだから。

 それをシャビードロンたちに伝えたら絶賛された。


『主様は天才ですね』

『それは良いアイディアです』

『ガンカメラの偽造も出来ますよ』

『戦闘ログも偽造しましょう』

「これは、良い金策を思いついたかもしれない」


 その後はコロニーに到着するまでの数日の間に計画を細かく煮詰め、実行に移すこととなった。

 

 近隣ではもっとも大きなコロニー。見た目はブドウのように見えなくもない。複数に枝分かれした気管支のような先に球体のモジュールがいくつも存在している。到着ギリギリになってこのコロニーについての概要をネットで読んでいくと、あの一つ一つの球体が独立した巨大な艦船であり、万が一の場合にはこのコロニーから区画ごと切り離されるようだ。

 私は前回の反省を活かし、火器管制システムは最初からオフにしてある。特に問題もなく、無事にコロニーに到着することができた。ただ、難儀だったのはコロニーへの着艦作業だ。


『お嬢さん。コロニーへの着艦は初めてかい? だいぶズレてるぞ』

「ごめんなさーい」

『ゆっくりでいい。慌てず修正してくれ。間違っても他の傭兵の船に当てるんじゃないぞ。最近は気が立っているやつが多い』


 自分の手足を使って操縦してみると、これが意外と難しい。四苦八苦しているのは見た目が可愛らしい少女なので、入港管理官も優しく対応してくれる。これが男だったら怒鳴られているのではないだろうか。役得である。

 孫娘にでも話しかけるような声色のおじさんの話を聞きながら船の位置を調整していると、どうやら偽ローグドローンや偽プラウラドローンによる被害を抑え込むため、このコロニーには帝国内から大勢の傭兵が集まってきているらしい。そのために、普段はそれなりに空きのある駐機場もこのように満車状態になっているそうだ。


『もうかれこれ二年近く隣国と戦争が続いているだろ? その影響もあってローグとプラウラの討伐がおろそかにされていたんじゃないのかって噂だ。増えすぎたあいつらを減らさないと、この前みたいにコロニーが落とされちまう。帝国は難しいかじ取りをやらされてるみたいだ』


 もう随分と昔の話になってしまったが、私がジャンプドライブ装置欲しさにローグドローンの旗艦級を襲いにいったあの事件の後、この国は隣の国と戦争を始めていたらしい。全く知らなかった。

 その戦争がかれこれ二年近く続いていて、国内の軍需産業は大躍進しているそうだ。傭兵も戦争に駆り出されてしまい、その結果、普段は傭兵や治安維持部隊に撃滅されるはずの宇宙海賊やローグドローン、プラウラドローンが活性化したそうだ。

 ちなみにシャビードローンについて聞いてみたが、ここ数年見かけてないからくたばったんじゃないか? と言われた。残念なことにここに親玉がいますよ。


「さて。それじゃ、傭兵組合に登録しに行きますか」

『マップを表示しておきますね』

『簡単な面接があるようですので、ネットから見つけた回答例を表示しておきます』


 そんなシャビードローン達のサポートもあり、道に迷うことなく傭兵組合にたどり着いた。自動ドアを潜り抜けると、市役所を思わせるような待合室とカウンターが見える。室内の一画には日本のショッピングモールなどでよく見かけるタイプのフードコートがあり、美味しそうな食べ物屋が数件並んでいた。


「……この体ってご飯食べられるっけ?」

『食べられますが必要ありませんよ。炉に有機物を放り込んでも溶けてなくなります』

「まぁそうだけど」


 私の体の中心あたり。ちょうど胃の辺りにコアとなるシャビードローンの炉が設置されている。今の話だと、食べたモノはその炉に放り込まれてしまうようだ。つまり、いくらでも食べられるのでは?

 私はシャビードローンという謎生物になって初めて、食事をとってみることにした。宇宙での食事は初めてである。どんな味がするか楽しみだ。特にお腹が空くという感覚は無いが、食べられないことはないだろう。


 フードコート内の店には人がおらず、タッチパネル式のタブレットがあるだけだ。

 私はラーメンっぽいもの。たこ焼きみたいなもの。フランクフルトみたいなもの。それとジュースっぽいものを頼んだ。代金は携帯端末を翳すことで支払いが完了する。

 支払いが完了すると同時に、すぐ隣のカウンターに料理が提供された。ここには人が配置されており、お手拭きなどの品が必要か等を確認された。


 トレイをもって開いている席にいき、早速宇宙食を食べてみる事にする。出来立ての料理からは湯気が立ち上っており、見た目は美味しそうだ。

 ラーメンっぽいもののお味は思った以上に薄味だった。ただ食感はラーメンであり、調味料を追加すれば良く知った味のラーメンになると思えた。

 たこ焼きっぽいものはタコの代わりに良く分からない変なものが入っていたが美味しかった。

 フランクフルトっぽいものははんぺんというか、魚介系の練り物であり、それなりに美味しい。そして飲み物については南国フルーツ味であった。

 これなら宇宙食も楽しめる、と私は満足しつつ、それなりの量があった食事をすべて平らげた。だが、満腹になった気はしなかった。いくらでも食べられそうだ。


 腹ごしらえも済んだので、漸く傭兵組合での登録を行う。

 事前に調べていた面接のお手本のような回答をして、それなりの時間を経て登録は完了した。

 特に自分の技術が身分を証明するものを提示する必要も無く、写真を撮られ名前を書くだけだった。


「ではシャビド様。改めましてプーレグコロニー傭兵組合でのご登録ありがとうございます。ここから先、シャビド様は全てが自己責任となる傭兵の世界へと足を踏み入れることになります。我々組合はシャビド様の活動についてご支援をさせていただきます。何かお困りごと等がありましたら、お申し出ください」


 テンプレートみたいな回答をして私の登録はこれで終了だった。

 端末に傭兵組合で登録した事により新たなアプリがインストールされた。これにより傭兵組合からの依頼を受けたり、逆に自分が依頼を出したり、報酬の受け取りや素材の買い取りなどを船の中や出先からでも出来るようになった。

 

 私は傭兵組合から出たあとは、プーレグコロニーを見て回ろうと、コロニー内を巡回する高速モノレールに乗り込んだ。

 このプーレグコロニーは外から見たとおり、巨大な船でもある区画がいくつも接続され、ブドウの房のような形をしている。

 隣の区画に移動するにも一度今いる区画船から出る必要が生じる。区画船を出てブドウの房の部分に来たら、今度は目的地となる区画船の最寄りの房行きのモノレール等に乗る。近くの房まで到着したら最後に行きたい区画船へ行くための別のモノレールに乗る。このようにモノレールの乗り換えが非常に多い。


「あ。乗り遅れた」

『先ほどから我々が案内しているのに、どうして乗り遅れるのですか』

『その義体のパフォーマンスなら余裕で間に合いましたよ?』

「初見RTAやらされてる気分だ。もっとゆっくり見学させてくれ」


 監視も無く自由なコロニー見学は初めてだったので、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしていたらまた一本モノレールに乗り遅れた。遅れた所で誰かと待ち合わせしているわけでもないので特に問題はないのだが、案内役をしてくれているシャビードローン達からは不思議がられた。

 だが言い訳させて欲しい。このシャビードローン謹製ブランドの義体性能が良すぎて、うっかり力を込めてしまうと色々と壊してしまいそうなため、注意深く動いているのも乗り遅れた原因の一つだ。他人とぶつかった際、吹っ飛ばされるのはおそらく相手だ。こんな見た目可憐な少女であるが、こちとら体重が百kgは余裕で越えているほど、中身はムチムチガチガチのサイボーグである。

 

 数分も待たずに次のモノレールがやってきて、私はそれにそそくさと乗り込む。

 目指しているのは船に取り付ける武装などを取り扱うフリーマーケットのある区画だ。そこでシャビードローン達に分析してもらうための武装をいくつか購入する予定だった。


「ネットで見た感じ、あまり治安は良くないようだね」

『宇宙人類種に主様がどうにか出来るとは思えません』

『殺しは目立つのでほどほどにしてください』

「まだお金稼ぎも出来てないのに、そんな騒ぎを起こすわけないじゃん」


 頬を膨らませて抗議の意思を示し、私は治安の良くない区画に足を踏み入れた。そこからはシャビードローン達の案内に従い、少しばかり薄汚れた町を自動操縦の車に乗って移動し、目的の会場へと到着した。

 そこは簡単な露店が所狭しと並べられた巨大な広場だった。接続コードがむき出しの画面が至る所にぶら下げられ、そこに武装や艦船などの情報が掲載されている。艦船用のミサイルやブラスタータレットを陳列するスペースは当然ない為、このような形での陳列になっているのだろう。

 適当にプラプラと店を見て回り、とりあえず一度話を聞いてみようと近くの露店に顔をだした。


「へい、いらっしゃい、お嬢ちゃん。傭兵なら傭兵ランクを見せてくれ」

「傭兵ランク?」

『傭兵組合でもらったカードです』


 シャビードローンから教えてもらい、私は服のポケットから渡されたばかりのカードを見せた。

 露天商はそのカードに機械を当てて、あからさまに顔を顰める。


「なんだ。ヌーブかよ。船も持ってないクソ雑魚ナメクジはお家に帰りな」

「船なら持ってるぞ?」

『傭兵組合に登録したての新人が船を持っていることは稀なのでは?』

『主様の操船技術がお粗末すぎて、最下層ランクスタートになったのが原因では?』

『子どもが身分証代わりに傭兵組合に登録したと勘違いされているのでは?』


 しっし、とばかりに露天商からあっちいけサインを出され、私は少しばかり腹を立てる。

 こんなムカつく相手と話す必要もないので、さっさと別の露店に移動した。だが、どこもかしこも、傭兵ランクを確認した途端、態度ががらりと変わった。客として見てくれなくなった。


 悉く露天商から撃退されたシャビドはマーケットの少し端の一画でイライラを隠せずに腕組みをしていた。声にはださず、脳内でシャビードローン達と会議中だ。


「ムカつく。こいつら全員張り倒したい」

『主様のご命令とあらば、そちらにジャンプアタックを行いましょうか?』

『ちょっとコロニーの規模が大きいから、一度戦闘を始めたら芋ずる式に宇宙人類と戦闘になる。研究している暇はなくなるかもね?』

『札束で叩く、という手も今は使えませんし、今日の所は退散して地道に傭兵業を行ったらどうですか?』

「そうする。今日は船に戻る。気分悪い」


 ドスドスと足音を立ててマーケットを後にするシャビド。その肩に如何にもチンピラ風の男が手を掛けた。

 

「おっとぉ。お嬢ちゃん。ここを通りたければ通行料ほげぶ」


 哀れチンピラは機嫌の悪いシャビドに裏拳で頬を殴られ、地面に崩れ落ちた。華奢な腕の中身は弾丸もレーザーも弾き返すくらい頑強なシャビードローン謹製の金属である。殴られたチンピラの奥歯は上下ともに吹き飛んでいた。顎の骨もやられている。

 シャビドは立ち上がってこないチンピラを「ふん」と見下し、さっさと移動をして区画を出ていく。

 治安が悪い区画であったため、少女が男に倒されたところで、それを咎める者はいなかった。

 シャビドはさっさと自分の船に戻ると直に離陸申請をだし、プーレグコロニーから出立した。


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