第26話


 木星近辺での戦闘がエルフ族優勢に傾き始めると同時に、ノージャ・ロゥリーは転移魔法で地球に戻った。そして日本国首相とさらなる詳細な打ち合わせを始めた。

 彼女はエルフ族の所有する技術の提供を対価にエルフ族の保護を認めさせた。好都合なことに、この日本という国は人種の見た目による差別があまり無いらしく、耳が長いエルフ族の姿を見て目をキラキラと輝かせる者が多かった。日本国首相からも「わが国ならば貴殿たちと良好な関係が結べるでしょう」と太鼓判を押された。

 耳の造形。髪の色。体毛。そんな違いで民族浄化が当たり前の宇宙では信じられないことだった。だが、今回の場合はこれほど助かることはない。

 さらに個人的に植物の種子を貰い受ける事も確約してもらえた。これを宇宙で転売すれば、私は一生遊んで暮らせる程の資金を手に入れられる。なんなら、その種子を賄賂として使用すれば、未発展惑星保護法違反くらいもみ消すことも可能かもしれない。


 ノージャ・ロゥリーは心の中で高笑いをしつつ、笑顔で会談をこなしていた。

 そんな中、突然会場が騒がしくなる。

 ドタバタと黒い服を着た男達が私や話をしていた総理を取り囲み、どこかへ連れ出そうとした。


「何か問題でもおきたのじゃ?」


 私の周りに集まった黒服の男に聞いてみると、彼は耳に手を当てて小さく頷く。


「安全な場所に向かいますので、どうぞこちらに」


 その指示に従って歩いていると、突然天井が崩れ落ちた。

 黒服たちがノージャ・ロゥリーと首相を守るように前へ出る。だが、次の瞬間、崩れた土煙の向こうから現れたそいつが黒服たちに肉薄し、彼らは一瞬で倒されてしまった。

 目にも見えぬ早業とはこういうことか、と内心で感心しつつノージャ・ロゥリーは腰の杖にそっと手をおいた。

 土煙がゆっくりと漂う中でその女は、ノージャ・ロゥリーと首相を見比べ、にっこりと笑った。


「こんにちは。エルフのお嬢さんと日本の総理。私の名前はシャビド。お二人とも、私達とも取引をしようよ」


 長い金髪を頭の両サイドで結んだシャビドと名乗る少女の感情の無い視線が私を射抜く。

 ノージャ・ロゥリーはその少女の瞳をみて彼女が全身義体であることを察した。


「機械生命体が今更に何をしに来たのじゃ?」


 ノージャ・ロゥリーの言葉にシャビドは何も答えない。それがノージャ・ロゥリーを焦らせた。

 宇宙では戦闘の大勢が決している。このタイミングでここに機械知性体が現れる理由が分からなかった。

 ノージャ・ロゥリーはこの場は一度仕切りなおした方が良いかもしれない、と考えた。だが、彼女が杖に力を込めた瞬間、シャビドが一足飛びに近づいて杖を奪い取る。

 あっけない程に杖をかすめ取られたノージャ・ロゥリーは慌てた。これでも実戦戦闘ではそれなりに戦えると自負していたからだ。そんな自分が全く、何の反応も返せなかった。黒服を倒した時よりも、よほど素早い動きであった。


「か、返すのじゃ!」

「杖? エルフは魔法を使えるの? ウィンガーディアムレディオサーみたいな呪文はある? それとも、漆黒の闇に導かれし~、みたいな痛いやつ?」

「な、なんなのじゃ! そんなものは無いのじゃ!」


 杖を奪い返そうと魔法と体術を駆使してシャビドに接近を試みる。しかし、ひょいとシャビドに避けられ、伸ばした手をクルリと捻られると、あっけないほどにノージャ・ロゥリーは地面に擦っ転がった。

 シャビドは手にもった杖を指先で弄びながら、ニコニコと微笑む。


「無理だと思うよ。この義体は反応速度も筋力もヤバイくらい性能高いし。正直止まって見えるから」


 果敢に挑むノージャ・ロゥリーを赤子のように相手してシャビドは笑う。今度はノージャ・ロゥリーが伸ばしてきた手を軽く摘まむと、彼女の背中にくるりと回し締め上げる。


「あいたたたた! 痛いのじゃ! 離すのじゃ!」

「良いから大人しく話を聞いて。のじゃのじゃ煩い。それと総理にもお話があるので、一緒に聞いていてください」


 地面に座り込んだままの総理に微笑みかけ、シャビドはノージャ・ロゥリーを捕まえたまま、この太陽系を手中に収める話を始めるのだった。


 ノージャ・ロゥリーはシャビドの話を聞き終え、大きく息を吸ってから一つ確認をしてみた。


「お前さんはシャビードローンのボスとして、新しい国を樹立するつもりなのか? 国王になるつもりなのか?」

「え? しないけど? ただ、支配下というか管理下に置くだけ。あとは各国の自主性に任せるよ」


 ノージャ・ロゥリーはシャビドの答えにため息をついた。


「そんな大がかりな計画をしておいて、国無しで話が進むわけが無いのじゃ。それに統治しないというならば、何もしないのと変わらないのじゃ。正直、何がしたいのか全く分からないのじゃ」

「じゃあ、エルフ族で国の運営をしてくれればいいよ。外敵は私達がどうにかするから、私が楽できるようにがんばってくれたまえ。私はそういう面倒なのは無理。シャビードローン達と仲良く鉱石ホリホリして新しい技術を開発して面白おかしく、ビールでも飲みながら過ごしたいの。それを実現するために、この星系を支配下に置きたい」

「まったく、とんでもない奴なのじゃ……」


 ゴロゴロしたいがために、全方位に喧嘩を売るつもりなのか。

 ノージャ・ロゥリーは味方の艦隊から通知されるシャビードローン達の艦隊規模を把握し、頭の中でそろばんを弾いた。そして完全に蚊帳の外状態になっている日本国の首相に笑顔を向ける。

 

「日本国の総理様よ。こやつの正体は正直に言ってしまえば、宇宙人類種の敵である。シャビードローンという名の機械知性体だと思われる」

「まあ、宇宙人類とは敵対関係かな。ただ、あいつらを絶滅させてやるってつもりはないからね」


 漸く自分に話が振られて日本国の首相も会話に参加を始める。護衛も秘書もおらず、己一人で宇宙人と対話しなければいけない状態に緊張はするものの、これを上手く取りまとめられれば自分の名声が高まると考え、彼は健気に頑張った。

 きっとこの時のやり取りが記録されていれば、日本国首相の仕事っぷりは伝説となっただろう。彼はエルフという未知な種族と、さらにそれを上回る頭のおかしいシャビードローンという謎の生命体からの話をまとめ上げ、落としどころを見つけ彼女達を納得させた。

 いきなりシャビードローンなどという謎生物の統治下に地球丸ごとが置かれる状況になってしまうが、それを拒否したところで宇宙を行き交う超技術の持ち主たちに地球人が手を出せる訳もない。であるならば、統治下に納められてなお、地球人としての人権や権利などの保護を求め、それを承諾させた。若干、ノージャ・ロゥリーの手の平の上でクルクルと踊らされた感はあったが、それでも日本国しいては地球人類のために有利な条件を出させることには成功している。そして謎が多いシャビドについては、日本国内の国有地を好きにしていい、治外法権も認める、という条件で太陽系全域の防衛を担ってくれることになった。それが本当に実行できるのかどうかは定かではないが、エルフのノージャ・ロゥリーが「たぶんやれるのじゃ」と苦笑いしているので大丈夫なのだろう。

 何を勝手に話を付けているんだこの野郎、と各国から色々言われそうだが、宇宙人からの技術供与というエサをぶら下げてやれば、どうとでもなるように思えた。今の状態ならばエルフ族もシャビードローンも日本国としか話を通していない。今のうちにまとめられることはまとめて、地球の窓口に日本がなれることは、今後のすべてにおいてアドバンテージを得ることが出来る。

 この話が実現すれば、地球はシャビードローンの統治下におかれるかもしれないが、地球人類の技術力は一つも二つもすっ飛ばして高めることができる。

 日本国首相はそれだけは確信を持っていた。


「では、改めて後ほど会談の席を設けさせていただきましょう。暫定的に、今お話合った内容で動くと言う事で」

「そうじゃの。とりあえずはそれでよいじゃろう。近々また会おう」


 ノージャ・ロゥリーはシャビドから杖を返してもらい、それを腰のホルスターに納める。


「じゃ、私は本格的に太陽系へ入植を進めるね。うちの子たちが大気圏内を飛び始めるけど気にしないでね」


 そんな言葉を残してシャビドは建物に突っ込んだ状態の船に飛び乗って去っていった。

 そしてノージャ・ロゥリーも杖を一振りし、宇宙にある旗艦へと戻っていく。

 取り残された日本国首相は大きく息を吐き、肩をぐるぐると回してから、倒れたままの黒服たちを一瞥し、応援を呼ぶべく廊下を歩きだした。


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