第33話
「機械知性体のデータサーバ星を襲撃しましょう」
そんな発言がシャビードローンから出たのは、人体実験に使用する被検体の条件が緩和され、地球人がホッと胸を撫でおろした時だった。
シャビードローンの主であり、地球侵略者兼地球統治者である銀メタルシャビド。エルフ族の統括族長を務めるノージャ・ロゥリー。地球人代表、日本国首相。シャビードローンの種族代表の代理である少女姿のシャビードローン。この4人は円卓を囲んで席につき、世界中にライブ配信される会議の真っ最中だ。そんな中で、シャビードローンの種族代表代理である少女姿のシャビドが先ほどの発言をした。
もちろん、このシャビードローンは銀メタルシャビドである主様からの意向を十分すぎるほどに汲んでいる。ただ、そのことを知っているのはエルフ族のノージャ・ロゥリーとシャビードローンだけだ。
地球人はまたもや、銀メタルシャビドとエルフ族の手の平の上で踊らされることになる。
「また難儀な話を持ち出してきたのじゃ。何故そのような面倒なことを言い出すのじゃ?」
ノージャ・ロゥリーが「調整する案件が増える」と小さく愚痴をこぼす。もちろん、事前に話は通してあるので、この表情はすべて演技だ。
銀メタルシャビドは面白そうな事言い出したぞ、と少しワクワクしていた。あえて主である銀シャビドが発言せず、シャビードローン達の代表のような形で、少女姿のシャビドに発現させる意図は様々であるが、最も大きいのは銀メタルシャビドとシャビードローン達がそれぞれ個々の意志に基づいているぞ、という印象を地球人達に与えるためだ。
シャビードローン達のすべてが、銀メタルシャビドの思い通りに動くと思われてしまうのは少々よろしくない、というノージャ・ロゥリーからのアドバイスからでもある。
「近々の戦闘について、機械生命体は戦力の投入を徐々に落としてきています。これは機械生命体内の派閥争いにおいて、非戦闘派が力を伸ばしてきたことによります」
「失礼。基礎的な事で申し訳ないのですが、機械生命体と機械知性体についての違いをもう一度説明していただけますか?」
日本国首相が背後に控えている官僚たちからメモを貰って発言をする。世界ライブ配信であるので、視聴者向けに分かりやすくなるように、という取り計らいだ。
「簡単に言えば、機械の体を持って生きている者が機械生命体。機械の体に縛られず、電子の世界で生きられる者が機械知性体じゃ」
「機械生命体はロボット。機械知性体は人工知能、という例えであってますか?」
「おおむねその認識で良いのじゃ」
ノージャ・ロゥリーの補足説明が終わると、再び少女シャビドが口を開く。
「機械生命体はご説明のとおり、機械の体を持つ生命体です。体を壊されたら死にます。ですので、現在のように負け続けている場合は種としての数が減り続けてしまいます。対して、機械知性体には死という認識が薄く、我々シャビードローンが使うドローンのように、遠隔で義体や船を操作して戦闘に参加しているものが多数です。ですので、種としての数が減ることがないので、資源とコストさえ無視すれば、いつまでも戦闘が継続できます」
少女シャビドが辟易、と言った顔で答えた。
「地球人のドローンパイロット達の技術も、戦闘に耐えうるレベルに達しました。そこで、機械知性体のデータサーバ星への襲撃を、地球人主導で行っていただきたい。これにより、この戦争に終止符を打つ」
強気の発言をした少女シャビドに、カメラに映らない脇に控えていた記者や官僚たちから、どよめきが生じる。
世界ライブ配信のコメント欄も、怒涛の勢いで今の発言に対する意見が流れていった。
ノージャ・ロゥリーは少女シャビドの意向をくみ取ったように、言葉を重ねていく。
「なるほどのぅ。確かに利に適っていると思うのじゃ。実を言うと、宇宙人類側から我々エルフ族に、シャビードローンとの停戦交渉の仲介役をして欲しいという話が、少し前から出てきておるのじゃ」
「そうだったのですか!? ではなぜ、その話が今まで私たち地球人の耳に入らなかったのですか?」
日本国首相が心底驚いた、という表情で口を開いた。
ノージャ・ロゥリーは真面目な顔で彼の言葉に答える。
「宇宙人類だけが戦闘を止めた所で、機械知性体や機械生命体が諦めなければ戦争は終わらないからじゃ。たとえ宇宙人類と停戦したところで、戦闘は今まで通り継続する。今と何も変わらん。むしろ、落とせない宇宙人類の船が戦場に混じったりでもすれば、さらに厄介な事になりかねんのじゃ」
「で、では、どうして地球人主導で侵略行為をする必要があるのですか?」
日本国首相が手元のメモを読み上げる。
ここで漸く私、銀メタルシャビドが口を開く。
「いつまでも我々に生殺与奪を握られたままでは、困るのはそちらではないか? これはシャビードローンからの、そろそろ自立しろよ、という忠告だと私は思うのだが、そうは思わないか? いや、むしろ、シャビードローン達は地球人を漸く対等な存在であると認め始めたということだろうか。そうであるならば、これは非常にめでたい事であるな! いやはや、私含めて初期のころはちっぽけな存在であった彼女達が、このように成長しているとは思いもしなった」
芝居がかった調子で銀メタルシャビドが大仰に頷く。
「地球人が使うドローンはすべてこちらで用意しよう。替えの船は潤沢にある。倒した敵の残骸等、ドロップ品についてはこちらで回収し、すべて地球人に差し出そう。そうすれば、自由に研究材料として活用することが可能となる。もちろん、我々の監視の外で使用することを許可しようではないか」
銀メタルシャビドが日本国首相の方を向いて言葉を発する。
日本国首相は表情の無い、銀メタルシャビドの鏡面磨きされた楕円の顔を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「情報規制も、機密規制もされていない、生の宇宙技術が手に入るチャンスだと思うが? まさか、ここまできて侵略行為は良くないなどと、お花畑な発言はしないだろう? 現に侵略されている君たち地球人がだ」
「……どういう意図があるのでしょうか。地球人に技術を与えて、自立を促す理由があなた方には無いはずだ。支配下に置きたいのであれば、まともな装備を与えず、生かさず殺さず飼い殺しにするのが最も良いはず。どうしてこのような提案をされるのだろうか」
日本国首相がメモを見ず、銀メタルシャビドを見つめ返しながら口を開く。
銀メタルシャビドは肩を竦めるジェスチャーをする。
「正直に言うとだ、太陽系の支配が面倒なのだ。我々シャビードローンは元々、宇宙を放浪するただのドローンである。目の前の事だけを考え、その時その時に思いついたことをやるだけの存在だ。それが本来のシャビードローンというものだ。それがあるきっかけで今回のようなことになってしまっているのだが、本質は変わらない。我々は自由気ままに、何事にも縛られることなく、宇宙を旅する種族である。このように太陽系という小さな恒星系に2年以上も縛り付けられている現状が異常なのだ」
「はっきり言いましょう。地球人が自立する手伝いはする。だからさっさと太陽系を自分たちで守れるだけの技術と戦力を有してください」
銀メタルシャビドと少女シャビドの言葉に日本国首相は言葉に詰まる。そこにノージャ・ロゥリーが助け舟を出した。
「我々は地球を第二の故郷だと思っているのじゃ。シャビードローン達の言う地球人の自立について、エルフ族は全力でバックアップさせてもらうのじゃ。もちろん、彼らが地球を、いや、太陽系を出ていったとしても、エルフ族は地球人と共に歩むことを誓おう」
日本国首相は緊張で額に汗を浮かべ、背筋を凍らせる。この場での自分の発言一つで、世界が侵略戦争に参加することになるからだ。
その彼の元に、背後に居た官僚からメモが渡された。
走り書きされたメモを見て、日本国首相は観念したかのように口を開いた。
「その話……お受けする。ついては詳細の打ち合わせについて、次回の日程を決めておきたい」
地球人による、地球独立のための、太陽圏外への侵略が始まった。
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