第8話 地獄での業務とは?

「おはようございます」


 連日こんなに眠れていいのかと疑問に思いながら、テラスは朝を迎える。


「おはよう、テラス。朝ごはん用意できてるよ」


「うわぁ! 焼きたてのパン!」


 ほかほかの朝ごはんにテラスは舌鼓を打つ。寮生活で食事もこんな素敵なものが提供されて、最高すぎる、とボソボソと独り言を呟いている。


「体調は大丈夫? 浄化できてる?」


「できてます! ……あ、ディラン様。肩のあたり澱んでるんで浄化しますね」


 テラスがさっとディランの肩に手をかざし、浄化する。淡く光って光が消えると、ディランの表情は驚愕に染まった。


「すっごく楽になったんだけど」


「まぁ、美容の神にはマッサージ機代わりに使われてたんで、気持ちいいみたいですね?」


「あいつ、何やってんだ?」


 美容の神の話を聞いて、ディランは呆れ返った。






「この書類、終わりました。他にやることはありますか?」


「ありがとう。じゃあ、引き継ぐ予定の業務のマニュアル作っておいたから、しっかり頭に入れておいて」


「わかりました」


 ディランは最高の上司だった。細かいマニュアルも作成して、指導してくれるし、疑問点も明確に答えてくれる。そもそも、怒鳴ることがないし、“死ね”なんて天地がひっくり返っても言わない。


「お前、できるやつなんだな! ほら、かっぱらってきたお菓子、やるよ!」


 クロウもテラスに心を開き始めたようで、ちょこちょこと話しかけている。


「ありがとうございます」


「お? お前、ここの数字、計算合わない気がするぞ?」


 クロウは何気に細かいミスを見つけるのが上手く、書類仕事に向いていそうだ。


「うわ、破れた!」


 筋肉タイプすぎて書類をすぐに破ってしまうことさえなければ……。


「テラス。よければ、紅茶淹れるよ」


「そんな! ディラン様!」


「僕のついでだから、ね?」


「ディラン様が紅茶飲むの、初めて見る気がするな!」


 ディランのかっこつけもクロウによって全てバラされてしまう。クロウは首根っこを掴んで引きずられていったようだ。


「テラス、紅茶好きだよね」


「そうなんです! あれ? なんで知ってるんですか?」


「いや……引き継ぎの資料を確認したら、書いてあったから?」


「そうなんですね!」


 ディランの回答はかなり無理のあるものであったが、テラスは素直に信じ込んだようだ。




「休憩時間だ。ランチタイムはどうする? 食事をとるなら、共に取ることになるけど」


「ありがとうございます! じゃあ、ご一緒させてください」


 そっとエスコートされ、食堂の席に着く。今までは部屋に運んでもらっていたから、食堂に着くのは初めてだ。


「あれ? ディラン様。お食事っすか? 普段食べないのに、珍しいっすね!」


 覗いたクロウにバラされたディランの顔は少し赤い。クロウをこづいた後、ディランはテラスに給仕する。


「ディラン様!? 私がやりますから!」


「いいんだよ。僕がテラスにやってあげたいんだ」


 こつこつと食事を準備され、テラスはいたたまれない様子だ。今回もコース料理のような豪華さだ。テラスの好きな肉料理中心になっている。


「ありがとうございます。いただきます」


「どうぞ召し上がれ」


「すっごく美味しいです! 作った方に会う機会があったら、そう伝えておいていただけますか?」


「ありがとう。嬉しいよ」


 まるで自分が作ったかのように嬉しそうに微笑むディランにうっとりと食事をするテラス。ディランは神であるから食事は不要だが、テラスに付き合っているようだ。



「あ、そうだ。テラス。よければ、この花束を受け取ってもらえるかな?」


「まぁ! 素敵な花束ですね! よろしいんですか?」


「ちょうど余っていたものだから、気にせず受け取ってほしい」


「そうなんですね! ありがとうございます」


 花束が余るとはなんだ、と思うこともないテラスは素直に受け取って、自室の机の上に飾ることにしたようだ。







「テラス。定時だから、上がる時間だよ?」


「え? ディラン様。でも、この書類がまだ……」


「これくらいなら大丈夫。僕が後で片付けておくから。テラスが来てくれて、すごく楽になったんだよ。夕食もご一緒していいかい?」


「もちろんです!」


「夕飯はなにがいい?」


「豪華すぎると気後れしちゃうので、私だけもう少し簡単なものにしていただけたら嬉しいです。もう用意済んでますよね?」


「まだ済んでないよ。じゃあ、夕食の時間になったら、食堂にきてね」


 テラスの頭をぽん、と叩いてディランが去っていった。

 仕事をしてから食堂に行くのかな、私はいいのかな、と不安げに揺れるテラスの瞳には、頭を触られたことに対する嫌悪はなかった。ただ、テラス自身、そのことに気づいていないようだ。



「今日は簡単に牛丼にしてみたよ」


「牛! やっと食べれる! ありがとうございます!」


「ずっと食べたがってたもんね、牛肉」


「そんなことも引き継がれてるんですね! 嬉しいです! いただきます」


 テラスは、牛への恨みをぶつけるかのように、がつがつと牛丼を食べた。その様子を微笑みを浮かべてディランが見つめている。


「地獄にきて、よかったかい?」


「すっごく良かったです!」


 ちょうどそこに、食堂の前を通りかかったクロウが顔を覗かせる。


「天界なんてブラックなところから、地獄に救い出してやったんだ! 感謝しろよな!」


「クロウ。いばることじゃない。そもそも、テラスの浄化魔法がここまで高度じゃなかったら、テラスは天界に返さなきゃいけなかったんだからな?」


「すみません……」


 あまりにもしゅんとしすぎるクロウが可哀想で、テラスがそっと話題を変える。


「あの、天界では地獄は……ブラックと有名なのですが、なんでそんなことになってるんでしょう? こんなにも最高なのに」


「そもそも、神の使い人が生きていけない上に、一部肉体労働もあるからね……」


「ディラン様が業務改善に取り組まれる前までは凄惨な職場だったけど、ディラン様のおかげなんだ! あと、天界の奴らは、地獄に人手を持っていかれたくないし、ブラックに使うためにも“もっと下がある”と思わせておきたいんだろうな」


 ディランとクロウの説明に、テラスは納得する。自身の浄化魔法がなければ、地獄では生きていけなかっただろうから、普通の神の使い人にとっては、大変な職場になるのだろう。

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