第44話 忌み子の過去と今後

「はい! 今です!」


「じょうか!」





 忌み子が眠った夜、大人たちの話し合いが行われた。


「あの子は勇者といえども、幼いことをご理解いただきたいです」


 勇気を振り絞った様子で、元怠惰の神が発言する。


「しかし、この世界の魔物の発生量は、危機的状況だよ?」


「私が浄化して終わらせましょうか?」


 テラスの発言に、地獄の神は目を細めながら、テラスの頭を優しくなでる。


「となると、銀髪が勇者であると認識されるには、弱い……」


 元怠惰の神が、地獄の神の意をくみ取って発言する。怠惰なだけで、実は、元はごますりで空気を読み、実力で上り詰めた切れ者だ。


「確かに、幼子に剣を持たせて、魔物をばっさばさとさせるのは、私も心苦しいです」


「うーん……。私とテラスで弱体化した魔物にとどめを打たせるのは?」


「結局は、あの幼子に虐殺を強要することになるかと……ひぃ」


 元怠惰の神が、地獄の神とテラスに脅威を感じながらも、忌み子のためにと発言を撤回することはない。


「あの……」


 テラスが遠慮がちに発言を続ける。


「私やディラン様がある程度弱体化した後に、とどめを浄化という形で打ってもらうのはいかがでしょうか?」


「ふむ……」


「続きをお願いできるかな?」


 地獄の神と元怠惰の神が興味津々に続きを促す。


「はい。とどめは、勇者にしかさせないと周囲に周知し、勇者の有用性を理解してもらいます。浄化という形ならば、私と同様なので、あの子も嫌悪感が少ないかと思います。また、実際に剣で刺すような行動を強要するものではありません。トラウマは、比較的少ない上に、効率的に経験値を得ることができます」


「……そうだね」


「しかし、あの子はまだ幼いのです……」


「元怠惰の神」


 忌み子を守ろうとする元怠惰の神に、地獄の神が諭す。


「あの子はすでに決意しているんだよ。この世界を守るために。もちろん、守って育てていけるのならば、それが一番だよ。しかし、この世界を守るためには、彼の決意に乗るしかないんだ」


「あの子が恐れを抱くようならば、別の方法を考えませんか?」


 地獄の神の言葉に、テラスの代替案を聞いた元怠惰の神は、折れるのだった。


「御心のままに」













「ということで、テラスと同じ浄化魔法を」


「テラス様と同じ!? 僕、やりたいです! 教えてください! テラス様みたいになりたかったんです!」


「魔物を殺すことになります。幼子にそんなことを強要したくないのですが……」


「僕は、前にテラス様に助けてもらったときまで、両親と一緒に生きていたんだ」


 銀髪の子供。捨てられても殺されてもおかしくないそんな世界で、両親は忌み子を産んで人目を忍んで育て上げてくれたのだった。


「僕を産んですぐ、母さんと僕を死んだことにして、父さんは森の奥に小屋を建てて引きこもったんだ。産婆は何も見なかったことにしてくれたよ。森の奥で隠すように育てられたけど、僕は幸せだった。ある日、魔物たちに父さんが襲われたんだ。逃げるように言われて、母さんと一緒に逃げたんだ。でも、追いついた魔物に母さんが……」


「そうだったんですね」


 その後、人里に現れた忌み子は、投石され、逃げながら過ごしてきたらしい。あの日、テラスと出会わなければ、殺されていただろうと言う。


「では、魔物を浄化魔法で殺すことに忌避感はない、と」


「はい! 僕を強く育ててください。魔物から大切な人を守れるように」


「では、私が浄化魔法の使い方をご教授させていただきます。厳しいですよ?」


「はい!」


 そう笑い合った忌み子とテラスは、訓練を始めたのだった。





「そういえば、あの子の名前って何なんですか?」


 テラスが、元怠惰の神とそんな会話をすると、言いにくそうな顔をしながら、元怠惰の神がいった。


「発音が難しいんですが……。アウグスと言うそうです」


「アウグス……もしかして、発音が難しいから、あの子の名前を言わないようにしていたんですか?」


「はい」


「全く、怠惰にもほどがあります。あの子の名前は、あの子の亡くなったご両親からの大切の贈り物で」


 テラスから元怠惰の神へのお説教は、地獄の神が止めるまで続いたのだった。






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