第47話 魔王と地獄

「ただいま、クロウ」


「ただいま戻りました、クロウ様」



「あぁ、お帰りなさい。意外と早かったですねぇ」


 神の時間経過にすっかりと慣れているテラスも長いと感じた、今回のテラスの世界の平定。

 変化の乏しい地獄では、さらにのんびりとした空気が流れていたため、クロウはむしろ早いと感じているようだった。


「世界の平定なら、百年くらいかかるかと思っていましたよ」


「テラスといちゃいちゃするなら、すべて終わってからと、元怠惰の神に怒られてね」


「あぁ。その役割は、元怠惰の神だったんですね。よかったです」


 そのツッコミの立場をしてくれる存在がいて、とクロウは小声でつぶやいた。



「ん? まぁ、お土産があるから、事務処理と天界への報告、頼んだよ。この者たちにはこれから地獄で働いてもらうから。おいで、テラス。いちゃいちゃしよう」


「え?」


「は、はじめまして。テラス神の世界の魔王とその配下七魔族です。地獄で働かせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」


「はぁ!?」


 クロウの叫び声を横目に、テラスを抱きかかえた地獄の神は、私室へと急ぐのであった。


「クロウ様、一応聖女の力で拘束してありますので、暴れることはありません! 前に鬼さんたちが反乱を起こされた、その補充としてお使いくださいぃ」


 テラスの叫び声の引継ぎを受け、地獄の神の放り投げた書類をクロウはキャッチした。そして、手早く目を通すと、盛大にため息を吐いたのだった。


「ディラン様ぁ! 書類は完璧ですが、最高神への説明は誰がするんですかぁ!?」









「ということで、後日ディラン様が説明に参ります」


「りょうかぁい。で、かわいい子はいた?」


「最高神様……。魔族や魔王ですよ?」


「ごめんごめん。じゃあ、また報告を待っているってディランに伝えておいて?」


「承知いたしました!」



 天界に報告に来たクロウは、ばさばさと飛びながら、最高神の言葉を聞いて、脳裏をかすめた少女の姿を慌てて頭から追い出す。


「ディラン様に報告に行ってもらうように、説得しないとな」









「ディラン様! 最高神へ報告に行ってください」


 ある程度、地獄の神がテラスを摂取した頃合いを見計らって、私室の扉をノックする。


「……クロウ、もう少しだけ」


「ディラン様。いちゃいちゃが止まらなくなる前の段階で、先に大切な仕事を済ませてください」


「……仕方ない。ごめんね、テラス。我慢できるかい?」


「が、が、我慢なんて、してませんので、どうぞいってきてくださいぃ! クロウ様、ありがとうござい、ます」


「テラスを助けられたなら、よかったぞ」













「クロウ様、こちらの」


「これから同じ職場の同僚だ。様なんてつけないでいいぞ?」


 魔王は、女の子だった。外見は男性に見えるように短髪にし、立派な甲冑のようなものを着ていたから、地獄に来るまで誰も気が付かなかったが。


「しかし、テラス様もクロウ様とお呼びしていらっしゃるので……」


「あれも実は止めたことがあるんだけど、神の使い人の立場では無理と言ってな……」


 しょぼんと悲しそうな顔をするクロウの姿に、思わず噴き出した魔王は、返答した。


「では、クロウと呼ばせてもらおうぞ」


「落差がやばい。突然の魔王感」


「我は魔王だからな」


「……」


 思わずクロウが言葉を失っていると、後ろから、地獄の神の声がかかった。


「クロウ、業務の引継ぎはどんな調子だ?」


「ディラン様。問題なく進んでおります」


「あぁ、魔王か」


「ひ、ひぃい」


「いや、俺とディラン様への態度の落差よ」


「じゃあ、頼んだぞ」


「ひぃいぃ」


 立ち去る地獄の神を横目に、クロウが問う。


「そんなにディラン様はやべぇの?」


「はい、消滅させられるかと思いました。たとえ意識を失われていたとしても、勝てないと思います」


「……俺は?」


「背伸びすればなんとか相打ちにできるかと思う」


「……」

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