第2話 同僚の尻拭い
「牛さん! 交通費は、その週の間に経費であげないといけませんっていつも言ってますよね? 昨日も言いましたけど、絶対今日中にお願いします」
テラスは、同僚の牛に依頼する。牛はめんどくさがり屋でのんびりしているが、神託を授けるにも天罰を下すにもネームバリューがあるのもあって、数字はトップクラスだ。テラスたちのサポートがあっての営業だが、牛はそこを全く理解していないのだろう。
「もー、めんどくさい……今日中ねー」
適当にかわされて、これは絶対今日中には上がってこないと誰でも予測がつきそうな返答だった。
軽くため息を吐いたテラスは、その後の事態を予想して、先回りして経理の担当者に謝罪しに行く。
「すみません……経費の書類が整っていないので、数日遅れてしまいそうで……」
「何度目!? ちゃんとやってくれないとこっちも困るんだけど」
「本当に申し訳ございません、以後気をつけます」
「全く……上司通して、苦情入れておきますから」
「はい、すみません」
上司に伝わることを考えると、胃が痛くなったようで、胃を押さえながらテラスは席に戻る。
「おい! テラス! 経理からクレームが入ったぞ! お前がちゃんと期日までに集めないから、こんなことになったんだぞ!?」
「申し訳ございません」
「……毎日、テラスはリマインドかけてて、こうなってるんですけど、あの牛には何も言わないんですか?」
テラスと同じ人型である同僚のミコが、上司に反論してくれている。イエスマンのテラスと違い、ミコは強い。ミコは仕事もできるが、見た目が美人だ。神たちによると、“顔採用”の成功例とのことだ。
「いや、牛は神託やら天罰やらで忙しいし、一番数字あげてるから」
「その牛ならそこで寝てますけど?」
「え!?」
テラスと上司が慌てて後ろを振り返ると、牛は、机で寝ていた。
「ちょ、牛さん! 領収書お願いします! 寝てる暇があるなら、今出せますよね!?」
テラスが駆け寄って、牛の肩を叩く。
「机の引き出し、勝手に漁ってー? むにゃむにゃ」
「もー! わかりました。失礼します」
牛の“もー”が移ってしまったテラスが、牛の机の引き出しを勝手に失礼して、ガサガサと探る。
「これ! 前に総務から何度も言われてた、提出期限過ぎてる書類もあるじゃないですか!」
「テラス、それもついでに総務に出して、謝ってきてやれ」
「え?」
「上司のあなたが行くべきだと思いますよ? 怠惰の神」
冷たいミコの視線からそっと上司は逃げていく。上司は“怠惰”の神だ。
「いやー……俺も忙しいんだ。それもテラスがリマインドかけなかったから悪いんだろ? テラス、頼んだぞ」
逃げ足だけは早い上司は、ミコも驚く速さで逃げ去って行った。
「なんで牛のミスがテラスのせいになってるんだー! お前がするべき尻拭いなんだから、せめてテラスに謝れ! このクソ上司ー!」
ミコが背中に向かって怒鳴ったが、遥か遠くまで逃げ切った上司の耳には聞こえていないようだ。
「ありがとう、ミコ。仕方ないし、これだけ終わらせたら、総務に謝りに行ってくるよ」
「テラス、たまには断りなよ? 私たちは身体を壊すことはないにしても、心配だよ……」
神の使い人ではあるが、元々死者であるテラスたちは、神々に消滅させられることはある。しかし、それ以外では滅多に消滅することはない。それでも、テラスの負担を心配して、ミコは声をかけるのだった。
「あ! 恋愛の神様よ!」
そこに、別部署の恋愛の神が現れた。女性たちが色めき立つ。恋愛の神はダンディーな男性だ。テラスたちよりも少し歳が上ではあるが、人気は根強い。ファンクラブもある。
「今日も大変だね、テラス。こっちに異動しておいでよ?」
「あはははは、ありがとうございます」
「テラスがこっちにいたら、ずっと可愛がってあげるのになー」
これはセクハラ発言ではないだろうか、とテラスは首を傾げる。
しかし、ふと目線を周りにうつすと、恋愛の神のファンの皆様の視線がかなり鋭い。その視線に怯えたテラスは、笑ってそっと会話を終わらせようとする。
正直、殺気すら感じる。今だって、ボソボソとテラスの悪口が聞こえてくる。
「平凡なのに、恋愛の神に色目使って」
「恋愛の神は誰にでも優しいだけなのに、絶対勘違いしてるよね」
「仕事が少しできるだけじゃん」
他の人型は大体見た目採用だが、テラスは社畜枠採用のため、容姿が平凡とよく言われ、その度に結構傷ついている。
「みんなみんなー、可愛い顔が台無しだよ? じゃあ、僕とランチデートしてくれる人はいるかな?」
「恋愛の神様ー! 私行きたいですー!」
「私も私も!」
「ははは、じゃあね、テラス」
せっかく自身のファンを注意してくれたのに、そう言ってテラスの頭を撫でていくから、テラスへまた嫉妬の視線が集まる。
「はい、ぜひみなさまと、ごゆっくり楽しんでいらしてくださいね」
二度と人前で絡むなという、テラスの念がこもった言葉が飛ぶ。もちろん、気づかれない程度の念だ。相手は上司だから、嫌だなんて言って逆らうことなんてできない。
“ただしイケメンに限る”行動をするにしても、好きでもない男に触られるのは嫌だなーと、恋愛の神とその信者たちを見送ったテラスは、そっと頭を振った。
「ねぇ、テラス。浄化して」
美容の神がテラスのもとにやってきて、いつものように浄化魔法を求める。今忙しいのに、と思いながらも素直に従うテラスであった。
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