第3話 使いっ走り

「テラスさん……最初から、持って来れるじゃないですか」


 テラスは経理部に文句を言われながら、書類を提出する。結局当日中に提出できたことも含めて謝り倒して、経理部を後にする。


「ふー……総務の方が、期限だいぶ切れてるんだよね……」


 経理でこれだけ。総務はどれだけ怒られるのだろうか。そっと胃を抑えながら、テラスは総務に向かった。





ーーーー

「これ、だいぶ前に締め切ってますよね?」


「すみません、本当に申し訳ないです。先ほど、牛の机から発掘されまして……」


「いや、牛さんには再三言っていたのに提出されず……テラスさんは悪くないと思うんで大丈夫ですよ。むしろ、あの牛さんを相手に毎日お疲れ様です」


 テラスは、総務部にも謝り倒した。しかし、牛とやりとりをした経験のある総務部ではテラスに対して同情的であったようだ。見てくれている人やわかってくれている人もいるんだ、と少し足取りが軽くなったテラスであった。






「あー! だいぶ時間かかっちゃった……」

 少し励まされたテラスも自分の部署が近づくと、心が暗くなってきたようだ。人前では表に出さなくとも、穏やかなテラスでも怒りを抱くことはあるようで、そっと愚痴をこぼしている。


「あの牛……今夜は絶対牛鍋食べてやる」

 誰もいない廊下でぼそりとテラスはそう呟く。

 死後の世界では食事が必要な動物は少ないため、地上以上に物価が高い。牛肉なんて普通に生きていては食べられない。でも、今日のテラスは、昨日支給されたボーナスを全部使っても牛肉を食べないと納得できないようだ。





 牛や上司、他の神の使いたちに押し付けられた業務の処理にかなり時間がかかったため、テラスは今日も業務が終わらない。押し付けやすくてほどほどに仕事ができるせいで、テラスは常に手一杯だ。





「テラス! この書類、恋愛の神に届けてこい!」


「ですから、長の業務ですよね?」


 テラスに上司が仕事を押し付けようとすると、ミコがいつものように上司に言い返してくれる。


「大丈夫。ちょうど、恋愛の神の部署に用事あったから、行ってくるよ」


 テラスがそう言って出ていく。また恋愛の神のあの絡みのことを思うと気が重いようだが、不機嫌な上司の方がめんどくさいから、自分がやっておこうという打算的な気持ちもあるのだろう。









「うぉ!?」


「ごめんなさい!」


 テラスは、恋愛の神のところへ行く途中で、誰かにぶつかってしまった。相手は、男性二人組のうちの一人だ。


「神!? 大丈夫ですか!? おい! お前! ぼーっとして歩くな!」


「すみません、すみません」


 神と見受けられる男性が敬語を使っている様子から、テラスのぶつかった相手は、かなり高位の神と見受けられた。

 テラスは、必死に謝り続ける。高位の神なら不敬を働けば簡単に消滅させられる。テラスも消滅はさせられたくない。


「あぁ、大丈夫だ。むしろ、大丈夫か?」


 テラスを心配して手を差し出してくれる神は、真っ黒な髪に真っ黒な瞳で、背も高くてかなり整った顔をしている。テラスも手を取ることを忘れて、思わず見惚れてしまう。身につけている手袋まで黒い。


「おい! お前、神が手を差し出してくださってるのに、なにぼーっとしてるんだ!」


 テラスを怒鳴りつけてくる神らしき人も、高位の神と揃いの黒のロングカーディガンのような服に、黒のズボンで全身黒い。その上、こちらも髪も目も真っ黒だ。白い色彩を持つ神が多い中で、真っ黒とはかなり珍しい。

 怒鳴りつけてくるこちらの方は、がっしりとした筋肉質な身体をお持ちだ。


「本当に申し訳ございませんでした!」


 慌てて、高位の神の手を取り、飛び上がるように起き上がると、ぴしりと直角に頭を下げる。


「大丈夫だから、気にしないでいい。 ほら、そんな威嚇しない」


 高位の神が、テラスを怒鳴りつけている神を嗜め、テラスに気をつけて、と声をかけて去っていく。


「あんなにも整った容姿の神がいるんだ……恋愛の神のファンクラブよりも熱心なのがいそう」


 背筋をぞくぞくさせたテラスは、足早に恋愛の神の部署を目指した。






 恋愛の神はいつものように、優しく情熱的にテラスを励ます。さすが、恋愛の神というだけある。テラスには響いているか疑問ではあるが……。


「テラス。早くうちの部署においで?」


 毎回のように、恋愛の神がそうのたまうせいで、ファンたちにはテラスが陰口を叩かれ続ける。


「本当あいつ調子乗ってるよね! 仕事できるって言っても対してできないし、数字も上げないくせに」


「神の使い人の仕事とか誰でもできるよね」


 “そう言うなら、こっちに回してる処理自力で全部やってみろ。もうしないぞ?”と、心の中で思いながら、なにも言い返せないテラスは静かに自席に戻るのだった。

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