第7話 本日付で配属されました
こつん、こつん……無駄に高い天井にテラスの足音が響く。
ここは宮殿か、と突っ込みたくなるような豪華な階段。姫です、とドレス姿の女性が降りてきても違和感がない。赤いカーペットがそんな雰囲気をいっそう盛り立てている。
事務受付はこちら、という矢印に従って、職場と思われる場所にテラスは向かう。
「あの、すみません」
今回は更衣室じゃないことを気をつけて確認し、テラスがそっとドアをノックして部屋に入ると、背の高い男性が出迎えてくれた。
「君は……」
「本日付でこちらに配属となりましたテラスと申します! 若輩者ですが、少しでも早く戦力となるように業務に取り組みますので、よろしくお願いいたします!」
ぺこり、と頭を下げて顔を上げると、背の高い男性は顔を真っ赤にした。
「おい、クロウ! お前! 人型を地獄に堕としたのか!? 例え浄化魔法を持っていても人型は弱いのだから、どうなるかわかってるよな!?」
そのまま、クロウと呼ばれた体格のいい男性に怒鳴りつけに行った。
「だって、ディラン様が気に入ってらっしゃったじゃないですか。別に壊れたら新しいもの用意すればいいので、気に入られたものはお手元に持ってきた方がいいかなと思っただけです」
そのまま二人は口論になる。そんな二人にそっとテラスが声をかける。
「よくわからないのですが、私のことを心配してくださっているなら、大丈夫ですよ。ほどほどの浄化魔法が使えます」
「強い浄化魔法だって、体力も使うし寝てる間とか困るに決まってるだろ! ……ってあぁ、君に怒鳴っても仕方がなかった。すまない」
「いえ、ご心配していただき、ありがとうございます。私の浄化魔法は無意識で周りを常に浄化することも可能なようで、今のところ地獄内で体調不良は起こしておりません」
「地獄の門からこの建物までの間だろう? そこは、ある程度は浄化作用が働くようにしてあるんだ」
ディランが困った様子でテラスに声をかける。テラスとしては、腫れ物扱いになってしまっている天界に戻すということになったら……と思うと、できることならここにいたいと主張するしかない。
「一応、鬼さんのところまでは行きました。迷っていたところをここまで案内していただきましたから」
「入り口の鬼だろ? ぶっきらぼうなあいつらに案内させるなんて、すごいな……」
「あの、いえ、間違えて私が鬼さんの更衣室に入ってしまって、お姉様にご案内していただきました」
「は?」
ディランとクロウが口をぽかんと開ける。何か変なことを言っただろうか、とテラスは首を傾げている。
「あいつらの更衣室って奥の方だろ? かなり澱んでいるところが多いぞ?」
「俺だってあんな奥まで行けませんよ! ディラン様が近くにいれば、行けますけど」
「ちょっと濃いなーってところは浄化しながら行きました」
「すまない、すごく疲れているだろう? 休むといい。紅茶を淹れよう。クロウ、天界からお茶菓子をもらってこい」
「わかりました! 天界からかっさらってきます!」
「あの、私、疲れてないので大丈夫です」
テラスが断ろうとするより前に、クロウが羽ばたいて天界まで飛んでいってしまった。
「あ、行っちゃいましたね……ん? この書類の山」
「すまない。でも、しっかり休んでくれ。人型の身であの濃度の淀みを浄化しながら歩いたなら、かなりきつかっただろう。その書類の山は、恥ずかしいことに事務処理をできるのが私だけだから、少し溜まってしまっているんだ……」
「じゃあ、少し片付けておきますね。お紅茶いただきます」
紅茶に口をつけたテラスが、書類を処理する。その様子をぽかんと口を開けてディランが見守っている。
「ディラン様! お待たせしました! 天界からクッキーとやらを奪い取ってまいりました!……ディラン様?」
クロウがディランの視線の先を辿り、目線を動かす。書類を手早く処理するテラスに、思わずクロウはクッキーを落としかける。
「でぃ、ディラン様クラスに仕事が早い!?」
「いや、お前本当すごい人材つれてきたな、クロウ」
「お褒めいただき光栄です。天界でぶつかってから、ディラン様が気に入られていたのは、そういうことなんですね」
「いや、そういうことではないんだが……これは、助かってしまうな」
しばらく、テラスの仕事ぶりを呆然と見つめていると、すぐに仕事が終わった。
「あ、お二人どうなさいました? 一応終わりました。他にやることありますか?」
「いや、すまない、つい見入ってしまった。疲れているのに本当に申し訳ない。今すぐ、寮に案内するから今日は休んでくれ」
「まだ大丈夫ですけど……配属初日にしゃしゃり出すぎましたね。すみません、では、ありがとうございます。お先に失礼します」
「なにここ、宮殿!?」
「人型に合う部屋はここ以外なくてすまない。私とクロウの間の部屋だから、何かあったらすぐ呼んでくれ。夕食は何がいい? すぐに持ってこよう」
「あるもので全然大丈夫ですと、お作りになる方にお伝えください」
「気遣いありがとう。では、また後で持ってくる」
ふーっと、息を吐いて荷物を整理する。聞いていた話よりもかなり働きやすい。
「すまない、待たせたか?」
テラスが部屋を整理していたら、ノックがされ、ディランが入ってきた。
「いえ、ありがとうございます?」
思わず語尾が疑問系になったのは、ディランが入ってあまりにも豪華なコース料理を運んできたからだろう。
「好みがわからなかったからすまない。あと、キッチンが少し遠いから、コース料理なのにまとめて持ってきてしまって……」
「いや。これ。私全部食べちゃダメなやつですよね?」
「これは全部テラスのために作ったものだ。問題ない」
「私だけじゃ食べきれませんよ……! お仕事が落ち着いていらっしゃったら、ディラン様もご一緒してくださいませんか?」
「あぁ、テラスがそう言うなら一緒に食べさせてもらおうか」
ディランとテラスの豪華な食事が始まった。
「すっごいところに異動してきちゃった?」
そう思いながら、翌日に向けて気合を入れ直して眠りにつくテラスであった。
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